2025年5月11日(日)新たな課題
交代した吉野さんはサクサクと異生物を倒していき、あっという間にサーベリオンの前まで来た。
『この前はオーバーキルしちゃったから、少し弱めに撃ってみようか』
(確かに、今までは“強ければいい”だったけど、今後はそうも言ってられないよな。15層まで行くなら、魔力の調節は必須だし。でも、弱すぎたら今度は倒せないぞ。大丈夫か?)
『うーん、考えたんだけど、金子さんはレーダーみたいなスキルを持ってるじゃない? 敵が出す魔力に反応してるみたいだった。目の前にいる敵の魔力ならアタシにも見えるから、それに合わせて、こっちも出力を調整すれば、無駄撃ちせずに済むんじゃないかな』
(なるほど。相手の魔力の見極めができれば、うまくいくんじゃないか?)
『だよね。んじゃ、いくわよ』
体からオーラが立ち上り、風を受けて揺らめくさざ波のように広がっていく。
吉野さんは、サーベリオンに向けて手をかざし、慎重に相手の魔力を見極めようとする。
サーベリオンは気配を感じて、こちらのほうを振り向いた。
「すべてを破壊する風──ヴァン・ラヴァジュール!」
走り出したサーベリオンが射程距離に入った瞬間、吉野さんの体から凄まじい風が解き放たれた。
巻き起こった嵐は、生き物のように唸りを上げてサーベリオンを飲み込んだ。
刃のような風が、その身を容赦なく刻んでいく。
サーベリオンは抵抗しながらも、魔力の渦に巻き込まれ灰に変わっていった……。
吉野さんはサーベリオンの灰の中から魔石を拾う。
『魔石ゲット~。今日はソロだから報酬も独り占めよ』
(換金できるのはまだ先だけどな。今回は周囲を巻き込むほどの威力もなかったし、ちょうどいい威力だったんじゃないか?)
『だよねー、アタシもそう思う。なんかね、離れてるんだけど、魔力同士の反発が伝わってくる感じがした』
(物理的につながってるわけじゃないけど、エネルギーの抵抗はあるのか。磁石の反発みたいなもんか)
『そう、そんな感じ』
サーベリオンも倒したことだし、地上に戻ることにした。
『ちょこちょこ異生物を倒すだけでも、それなりの量の魔石が集まったね。ちょっとカバンが重い』
(1.5リットルのペットボトルくらいの量だな。深い階層まで行って往復することになったら、ソロだと荷物を運ぶのも大変だな。有田さんみたいに身体強化がある人なら、重くても平気なんだろうけど)
『泊まりでダンジョンに潜るとなったら、これに宿泊用の荷物も追加されるんだよ。アタシの体だとムリなんじゃない?』
実際にダンジョンで寝ている人は見たことがないが、SNSで寝袋やキャンプ道具をリュックにぶら下げている探索者を見掛けた覚えはある。
(そういう問題も出てくるのか。荷物運びに男手があればラクなんだが……。真司は鑑定スキルだから、身体強化みたいなのは望めないし。やっぱり何人かでパーティーを組まざるを得ないのかな)
『そうだね』
吉野さんが同意する。
(……思ったんだけど、オリジナルの吉野さんに頼んで一緒に15層まで行ってもらえば、ダブル吉野でウルベアスを倒せるんじゃないか? 寄り道しないで最短距離で進めば、この前みたいに日帰りで帰ってこられるだろ?)
『倒すだけならできると思うけど……、山村さん、重要なことを忘れてるわよ。女の子二人で暴力団の縄張りのど真ん中を通れると思う? 絡まれるに決まってるじゃない』
(あっ、くそ。それがあったか──。絶対ちょっかい出されるよな)
『その通り。この前は、有田さんが一緒にいたからトラブルが起きなかっただけだから。ナンブで有名なベテラン探索者って看板は大きいわね』
(いいアイデアだと思ったんだけどなー)
『金子さんがいれば、最少人数で15層まで行けると思うけど、そうすると山村さんのスキルのことを説明しないといけないし』
(そうだよな。実は人間じゃないんですけど、なんて言えるか? 俺の正体については、なるべく伏せておきたい。でないと、あっという間に討伐対象になりそうだぜ)
『それか、檻に入れられて、珍獣として研究対象よ』
***
スーパーで買い物をして家に帰る。
風呂の掃除をして、晩メシの用意をした。今日はカレーだ。
『晩ご飯は各自って真司さんには言っちゃったけど、しばらくホテル暮らしだったなら、カレーは食べたくなるんじゃない?』
「どうだろ、味の好みがうるさそうなヤツだし。まあ、いっぱいあるから、食べたかったらお裾分けするし、余ったら焼きカレー、カレーうどんにアレンジすればいいか」
俺の実家ではカレーの肉といえば豚だったが、ふみかは断然鶏肉派だった。
こういうちょっとした習慣の違いは、夫婦の間に亀裂を生む。
俺が豚肉がいいなあと言えば、次に作るときは豚肉にしてくれたが、ふみかの機嫌が悪いときは、毎回鶏肉だ。
『ウチの実家は牛だけね。お父さんが好きだから』
「それだけで、吉野さんちの家庭の雰囲気がわかる気がする」
豚肉じゃないカレーは認めないとか、鶏肉じゃないカレーなんてあり得ない、とか言ってはいけない。
『それは、奥さんが出ていってから山村さんが学んだことね』
「はい、そうです」
牛乳にクエン酸を少量入れ、カルピスを混ぜてラッシーもどきを作った。
「さて、いただきます」
テレビでニュースを見ながらカレーを食べる。
一番の話題は、アメリカの銃器製造会社が発売した新型銃のことだ。
まだ一般探索者の手には入らないが、米軍が実際に使ってみたところ、かなり成果をあげているらしい。
「剣と魔法の世界に、銃が入ってくるのか……。ダンジョンの中が、ますます物騒になるな」
『今でも、ライフルやマシンガンを持ってダンジョンに入ってる人はいるじゃない? そんなに変わるかしら?』
「今まで自分の力では倒せなかった異生物が、新型銃で倒せたら、獲物の取り合いが起きないか?」
『あー、それはありそうね』
吉野さんが同意する。
「他に起こりそうな問題は……、例えば、銃の力を過信して弾切れを起こす。ムダに銃をぶっ放して、かえって異生物を呼び寄せる。魔石のニーズが増えて、買取価格が上がるかもしれんが、そうすると今まで安定していた他の商品の値段が上がるかもしれない」
『銃があれば魔法なんていらないって、言われそう』
「魔法使いの肩身が狭くなるか……そういうこともあるかもな」
せっかく魔法が使えるようになったのに、台無しにされたような気分だ。
「剣と魔法の世界のはずが……気づけば銃と弾丸の飛び交うサバゲーか。なんだかなあ」
ついグチっぽくなる。
『そういえば、金子さんが魔石も魔力を帯びてるようなことを言ってたじゃない?』
「ああ、散らばった魔石を拾うときにそんなことを言ってたな」
『──ということは、新型銃って、その魔石の魔力を使って弾の威力を上げてるってことなんじゃないかしら』
「そうだな。エネルギー源として使ってるなら、理屈の上ではそうなる」
同意する。
『だったらさ、魔法に強い──例えば、魔力そのものを無効化するような異生物がいたら……。新型銃でも通用しない──って可能性もあるよね?』
「……確かに。弾が魔力を帯びている以上、完全な物理とは言えないもんな」
『有田さんが使ってた弓は魔石で強化されてたけど、矢のほうは普通だよね……? アレはどうなんだろう』
「魔石を使った何かを鏃の先に付けて、爆発効果を付与するみたいに言ってなかったか?」
『そうすると……、どっちみち弓でも、魔石を使わないと威力は上げられないのか』
吉野さんがガッカリしたように言う。
「──もしくは、弓そのものに含まれてる魔石の量を増やすとか。それなら、純粋に物理攻撃力だけを底上げしたことになるだろ?」
『でも、有田さんの弓に含まれてる魔石の含有量は、たしか50何パーセントとかだったよね。今のところ、それが最強なんでしょ?』
「それ以上の含有量を実現できてない。つまり、加工技術に壁があるんだろうな」
『人間の手じゃ、それが限界ってことか……』
しばらく沈黙が続いた。
『……でも、山村さんのスキルで、その限界を突破できたりしないかな?』
「突破って……、具体的に何をどうするんだよ」
吉野さんのイメージしていることがつかめないので聞き返す。
『山村さんは魔石を飲み込んだとき、すぐに反応が出るじゃない?』
「確かに。人間みたいに時間をかけて消化してるわけじゃないな」
『そうそう。スライムに餌やりしたときと同じよ。すぐに体の中で分解されて、変化が起こるの』
吉野さんが声をはずませる。
「さすがに、魔石を飲み込んだだけで、武器が作れるとは思えないが」
『うーん……まだ思いつかないけど、なんか突破口になりそうな気がするのよね。仕組みをイメージできれば、派生スキルでヒョイっとできたりしないかな』
「それができれば、命がけで魔水を奪い合うより簡単に大金持ちになれるぞ」
そんな話をしていたら、玄関のドアに鍵を差し込む音がして、真司が帰ってきた。
「お、カレーのニオイがするな」
「おかえりー。カレー作ったんだよ。食べるか?」
「軽く食べてはきたんだが、つまみ代わりにもらうわ。ビールも買ってきた」
真司がビールの入った買い物袋を広げる。
「お、猫ちゃんビールじゃん。吉野さんが好きそう」
『お酒はハタチになってからなんですけど』
「いいじゃん、別に。それは普通の人間が基準だろ。だいたい、毎日俺の晩酌に付き合ってて何を今さら」
「ん? 誰と話してんだ? ああ、“中の人”か」
「あー、そうそう。今朝は紹介しそびれたな。吉野さんとは、頭の中だけでもやり取りできるんだけど、口に出したほうが余計なことを考えないで済むんだよ」
『山村さんは、ただでさえろくでもないことを考えがちだしね』
「その一言は余計だ」
「へー、自分の中にもう一人いるのって面白いな」
「はたから見たら、ブツブツ独り言いってるヤバいヤツだけどな。性格が正反対で、性別も逆となると苦労も多いんだぜ」
「そりゃ、そうだ。女性が家にいると思うと、うかつなことが出来ないな」
「オマエ……、同居すると言っても、俺に邪なことをするなよ」
俺は両腕でバツ印を作って拒否のポーズをとった。
「アホ。どんなにかわいい子に化けてても、中身がオマエだと思うと、そんな気にならんわ」
「意識を譲れば俺と入れ替われるし、ホンモノの女子大生にお酌をお願いすることもできるぞ」
「オマエは、すぐにそういうロクでもない考えを……。っていうか、吉野さん……なんか面と向かうと、どっちに喋ってるか混乱するな。えっと、”中にいる吉野さん”からすれば、オレは全然知らないオッサンなんだから、気を使わせるようなことはしなくていい」
混乱した様子で額を押さえながら、真司が手を振る。
『わー、山村さんと違ってジェントルー』
「吉野さんがオマエのことを『ジェントル~』とか言って褒めてるぞ」
「そりゃ光栄だ」
「食べ終わったら風呂に入れ。もう沸いてるから。今日は吉野さんがフルパワーで掃除をしてくれたから、どの部屋もキレイになってるぞ。隣の和室を使ってくれ」
「そういや……、ずいぶんキレイに片付いたな。ありがとう」
真司は、俺に向かってさわやかな顔で礼を言った。
「いやあ、それほどでも」
まっすぐにそう言われると、なんかテレる。
「……今のは吉野さんのほうに言ったからな」
『山村さんはなんにもしてないじゃん』
「なるほど、これは混乱するな。日本語は主語がなくても通じるから、余計にややこしくなる」




