2025年5月11日(日)午前8時 怖い話
早朝までドタバタしたが、俺はなんとか風魔法を習得。すぐにでもダンジョンに行きたいところだが。
当然のように、吉野さんは腹を立てて口をきいてくれない。
なだめるように豪華な朝食を(俺にしては)用意して、化粧もいつもよりゆっくり丁寧に時間を掛けた。
寝不足なのに気分は浮足立ち、ある意味ハイになっていた。
そのうち機嫌も治るだろうと勝手に決めつけ、さあダンジョンへ行こうと家のドアを開けた。
──目の前に一人の男が立っていた。
「あ、真司」
つい口から出た一言。
『!!! ちょっと、山村さん! 今、姿がアタシ! アタシっ!』
(え? あ、ヤ、ヤバイ! ど、どうすんだよ!)
『えっと──、な、なかったことにするのよっ!』
いきなり家の前に現れた旧友の小沼真司を目にして、俺はなんとかその場を取り繕おうとした。
「しん……しんじられない~、こんな朝早くに。どちらさまですか?」
どうだ、これで誤魔化せたか?
真司は、家から予想外の人物が出てきたので驚いたようだった。
それはそうだ。
ふと、何かを見定めるかのように目を細めた。そして
「荘太郎?」
と言った。
「え?」
『え?』
「風邪を引いたって返事をよこしたあとに、全然連絡が取れないから、家で死んでんじゃないかと思って来てみたら……」
真司は、そう言いながら俺の姿を上から下まで見た。
「オマエ……、ずいぶん変わったな」
「え?」
『え?』
ちょうどそのとき、隣の住人が犬の散歩をしようと家から出てきて、チラっとこちらを見た。
「まさか、女子大生になってるなんて……、オマエそんな趣味があったのか──」
「お、おい。言い方……っ!」
(マズイ! 近所でヘンな噂が立つじゃねえかっ!)
『通報されちゃう? 女子大生を家に連れ込んでるヘンな中年男がいるって』
(……吉野さん、面白がってない?)
「──と、とにかく、家に入れ。立ち話もなんだし。今、コーヒー淹れるから!」
俺は強引に真司の腕を引いて、家の中に引っ張り込んだ。
コーヒーを淹れて、テーブルに向かい合わせで座る。
落ち着いたところで、真司が話を始めた。
「……あのさ。この前俺も、新しい会社の研修で初めてダンジョンに入ったんだ」
「は? いきなりなんだよ」
「まあいいから、聞けって。ダンジョン体験ツアーみたいなやつだよ。新人の研修と交流を兼ねたレクリエーションみたいな感じでさ。今までダンジョンなんて興味なかったんだけど、会社のイベントだったらしょうがないだろ?」
「あ、そういえば転職したいって言ってたっけ。……ちゃんと決まったんだな。で、その会社がダンジョン研修なんてやるんだ」
「そう……。そこで、すぐにスキルが生えたんだよ」
真司は、両手を顎の下で組んで肘をついた。
「もしかして、この姿なのに俺が誰だかわかってってことは、そのスキルって……」
なんとなく予想は出来たが……。
「まさかの『鑑定』だ」
「マジかよっ! すげえじゃん!!」
俺は飛び上がって驚いたが、真司のほうは浮かない顔だった。
「……鑑定って、ホントにそんなスキルがあったらすごいって評判のスキルだろ? 宝くじに当たったようなもんじゃん。その割に……、全然嬉しそうじゃないな……?」
俺は、真司の様子をうかがうように言った。
真司は何も言わずに、俺の顔を見続けた。
感情の読めない表情だが、あえて言うなら諦念と言ったところか。
「宝くじ……、まさにそんな感じだな」
真司が感情を込めずに話しだした。
「会社のイベント中だったから、俺が鑑定スキルを取得したのがみんなにバレたわけよ。そうすると何が起こると思う?」
「えっと……、アレコレ鑑定してくれって、なんか持ってくるんじゃないの? 値段のわからない美術品とか」
「そうだな、最初はそんな感じだった。でも……それがずっと続くんだぜ。業務時間内ならまだしも、帰りがけとか、挙句の果てには、週末に呼び出されたり。会社の上司、その親戚、更に取引先、その親戚……」
「そ、それは大変だな……」
「そうだよ、大変だったよ。それが一段落したと思ったら、今度は友だちだと思ってたヤツがあれこれ持ってくるんだよ。しかも決まり文句みたいに、どいつもこいつも『友だちだろ? タダで見てくれよ』って言いながらっ……!」
「あ、そっか……タダでやってもらえるなら、俺も見てもらいたい物あるか……」
『山村さん……、空気読んでよ』
(あ)
「友だちだったら、タダで見ろなんて言わないだろ? 普通」
真司が低い声で言う。
「そ、そうだな。当然だろー」
俺は焦って相槌を打った。
「そうだろー。八百屋の友だちに向かって、タダで野菜くれって言うか?」
「言わないな」
首をブンブン振る。
「大工の友だちに『タダで家建てろ』って言うか? 言わないだろ? なのに──なんで俺には言うんだよっ!」
「そんなヤツは友だちじゃないだろ。俺だったら倍料金払うぞ、ハ、ハハハ……」
俺はなだめるように言った。
「そいつは、いいアイデアだ」
真司は大きくため息をつくと、椅子にぐったりともたれかかった。
(こりゃ、相当ストレス溜まってんな)
『うーん、かわいそうだけど、一度広まっちゃったものをなかったことにはできないし』
「……そういえば、なんか俺に相談があるって言ってたけど、アレもスキルの話だったのか?」
俺はこの場の雰囲気を変えようと、違う話題を出した。
「あー、あのときは……妹からオマエが探索者の講習にいたって聞いたからな。もしかしたらヘンなスキルでも生やしたんじゃないかと思ったんだけど」
「まあ確かに、ヘンなスキルと言われれば、その通りだけど……。で、結局相談ってなんだったの?」
「聞きたいか?」
真司の目が凍りついた刃物のように光る。
「い、いや、あんまり……」
「まあ、聞けよ」
(……! どっちみち拒否権ないじゃん)
『まあまあ、聞いてあげなよ。それで気分が落ち着くかもしれないし』
「今からすっげえ怖い話を聞かせてやる」
真司はそう前置きすると、その怖い話とやらを始めた。
「毎日いろんなヤツに呼び出されて、正直、精神的にも肉体的にも限界ギリギリだった。そんな状態で家に帰って、嫁と子ども二人の顔を見たんだよ」
「ああ……、修羅場から帰ってきて子どもの顔を見ると癒やされるよな」
俺は心菜の顔を思い浮かべ、ウンウンとうなずく。
「鑑定ってのは、意識して見たときと無意識で見たときで、見え方が違うんだよ」
「へー、そうなんだ」
「パッと見たときに、なんか違和感を感じて、意識してよくよく見てみたら……」
「見たら……?」
「二人とも、俺の子どもじゃなかったんだよ」
あまりの衝撃に、俺は掛ける言葉が出てこなかった。
「……、そ、そうだったのか。まさか……あの奥さんが……」
俺は、なんとか言葉を絞り出した。
「オマエ、俺の嫁を見たことあるよな」
「結婚式で見たし、そのあと写真も見せてくれただろ? すごい美人でグラマーな」
真司はゆらりと立ち上がった。
「クックック。そう思うだろ。実は、アレも、全っ部ウソ」
「ま、まさか……」
「顔は整形、胸も豊胸手術でデカくしただけ。得意だと言ってSNSに上げてた手料理は、全部よそで買ってきたやつ! 俺の家族──、いや“家族”だと信じていたものは、全部嘘っぱちだったんだーーーーっ!!」
真司はそう叫ぶと、床に崩れ落ちた。
(これは……なんとも凄まじい悲劇だ)
『か、かわいそうすぎる……。これじゃ、人間不信になっちゃうね』
(鑑定の悲劇か……そういえば、Wの悲劇って映画があったな)
『今それ関係ないから。友だちなんでしょ。なんとか力になってあげられないの?』
(そう言っても、俺にできることなんかないぞ?)
『今どこで生活してるのかな。まさか、奥さんと同じ家に……?』
ちょっと長かったので、半端なところで切れてスミマセン……




