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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第四章

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2025年5月10日(土)心のトビラを

 割れたグラスの破片を片付け、一旦休憩。

 トースターでスルメを軽く炙って、ウイスキー多めのハイボールを作る。


『ウイスキーって苦い……。なんか、赤ちょうちんの居酒屋で飲んでるオッサンみたい』

「オッサンって言うな。あー……赤ちょうちんか。行きてーな……。この格好じゃ入れないか」

『アタシがおじさんしかいない店に入ったら、相当浮くわね』

「うーん、どうだろう。昔ほどオッサン臭くなくなったぜ。俺が子どもの頃は、居酒屋の壁には、必ずビールのポスターが貼ってあったけど……貝殻しか着てない女の人の……。最近は見掛けないな」

『セクハラだから、撤去されたんでしょ』

「時代は移り変わっていくんだねえ……」

『山村さん、酔ってない? 大人しく寝たほうがいいんじゃない?』

「何言ってんだ。まだ宵の口……時間はあるんだし。そうだ、映画見ようぜ。酒場が舞台の映画といえば何だ?」


 熟慮の末、俺は動画配信サービスからカサブランカを選んだ。

 キザなセリフをぬけぬけと言う映画だ。しかも、それがカッコいい。


『白黒映画に出てくる女優さんって素敵よね。みんなキレイに見えるのってなんでだろう……』

「あー、フィルムの感度が低くて、肌のディテールが飛ぶからじゃね? あとライティングの工夫。んで、──次の検証はなんだ?」

『んもう。ムードがないわね。じゃあ、山村さんがどうして風魔法が使えないかを調べる? イメージが大事って話があったでしょ。小道具を買ったら臨場感が出るんじゃないかって、魔法のステッキを買ったじゃない?』

「あー、もはや鈍器になってるやつな」


 俺は、この前魔法の検証をしようとしてメモ書きしたノートを開いた。



 ・自分は魔法が使えると信じる。

 ・疑わない。

 ・没入感が大事。

 ・小道具を揃えると臨場感が出る。



「自分は魔法が使えると信じる、か……」

 ノートに書いた文字を、指でなぞるように読んだ。


 俺は目をつぶって考えてみた。


「──信じたいとは思ってる。でも、やっぱりどこかで疑ってるし、没入もしてない。小道具は意味がなかった」

『アタシは、最初から魔法が使えると思ってたよ』

「なんとピュアな娘さんだこと。素直でよろしい。俺はひねくれてるからな」

『でも、図鑑にはグレー文字だけど、風魔法って書いてあるじゃない。ひねくれていようが、絶対山村さんだって魔法が使えるはずよ』

「最初っからねえ……」


 実技講習のときのことを思い返してみた。


 吉野さんは、自己紹介のときに魔法使いになると言い切っていた。

 そして、そのとおりになった。


 俺は、みんなの前で魔法が使いたいみたいなことを言ってはいたが、内心“そんなのムリだ”とブレーキを掛けていた気がする。



 俺の足を引っ張っているのは、──俺自身なのか?



 自分を変えたいと願っていながら、何にも変わってない。

 このままじゃダメだ。それは分かる。

 魔法を使いたかったら、新しい自分に生まれ変わらなきゃダメなんだ。


 でも、どうやって──。



 俺は図鑑スキルを開いて、吉野さんのスキルが並んでいる様を見た。

 どれも吉野さんが自分で想像して、作り出した魔法だ。



「──そういえば、一番最初の日に、“なんで図鑑は自分の情報を見ることができないんだろう”って思ったよな」


 自分のことなのに、自分ではわからない。

 自分を知るためには、吉野さんに協力してもらう必要がある。


 スキルは、自分が望んだものが発現しやすいって話だ。

 じゃあ、なんで図鑑は、こんなめんどくさいかたちでスキルを表示するんだ?


 合わせ鏡みたいに、俺と吉野さんは、それぞれ自分の違う面を見る。


 自分の中にある相手。相手の中にある自分。


「つまりだな……図鑑の本質ってのは、スキルがどうとか、そういうんじゃなくて……もっと、こう……あれだよ、アレ……」


 指をくるくる回して言葉を探す。


「──心のテレパシー装置だっ!!」

『なんか、急に雑になったわね』

「うーん、違うな。“アナタとワタシの心と心をつなぐ”……。なんだっけ? ほら、よくあるだろ、アレだよアレ……なんか眠くなってきたな」

『やっぱり、酔っ払ってるでしょ』

「うーん、あんまり小難しく考える必要はないんだよ。どうせ俺のスキルなんだし。つまり……図鑑とは──心と心をつなぐ──そう、”架け橋”」

俺は手のひらをぽんと打ち鳴らす。


『山村さん、もう寝なって。絶対酔ってるから』

「俺が? こんぐらいで酔うかよ。この姿になる前はもっと飲んでたぞ。……っていうか、俺が酔ってるなら、吉野さんだって酔うんじゃないの?」

『ぜーんぜん。味覚は共有してても、体に対する反応は別みたいだし。意識の譲渡をして、アタシが主体になれば酔うかもね。それに、いくら山村さんがお酒に強くても、“この体は”お酒に弱いかもしれないわよ』

「なんだ……、そうか。そういうことか。俺は吉野さんのこと、全然わかってないんだな……」

 俺は弱々しく言うと、テーブルに顔を伏せた。


『あー、もう。この酔っぱらいが。んで、心の架け橋がなんだって?』


「心の架け橋。それは、──愛」

 顔を上げ、真顔で言う。


『うん、宝塚っぽいセリフ。それで?』

 吉野さんが投げやりに先を促す。


「ハァ……、俺さ……結婚したら、もっと幸せになると思ってたんだよ。でも、結婚したってだけじゃ幸せにはならないんだよな」

 俺はため息をつきながら言った。


『話が飛んでるんだけど。まあ、それは、そうでしょうね。山村さんを見てるとよくわかるわ』

「そうそう。つまり、体験してみないとわからないことってあるんだよ」

『だよね』

「つまり、吉野さんを理解すれば、吉野さんと同じように魔法が使えるってことじゃないのかな」

『なんか話が、いろいろ飛びすぎてない? それで、アタシの何を理解するのよ』

「俺の話を聞いてたのかよ。そりゃ、吉野さんの魔法を信じるピュアな心でしょ」

 俺はニヤリと笑った。


『なんかヤバい雰囲気……。どういう意味……?』

「別にたいしたことじゃないよ。俺は吉野さんにお願いをする立場だから、吉野さんに悪いことなんかしないに決まってるじゃん」

 俺は両手を頬に添えて、お願いのポーズを取った。


『……ぐ、具体的に、何をするつもり?』


 俺は再び真顔になった。


「君の瞳に乾杯」

 精一杯、低い声を出す。


「……なーんてな。ギャハハ」

 自分で言った言葉に自分でウケて、俺は床に転がりながら腹を抱えて笑った。


「ギャハハ……はー、ダメだ、笑いすぎて苦しい……た、助け……」



 吉野さんは、意識の主導権を強引に奪い、俺の意識を頭の奥に向かって蹴飛ばすと、台所に行って水をガバガバと飲んだ。そのあと、洗面所に行き、顔を何度も洗った。



 ***



「……ハア、酒に弱いな。この体は。お手数をお掛けしました」

 少し酒が抜けた俺は、素直に謝った。


『酒の上の過ちはカンベンして。あと1リットルは水を飲んでちょうだい』

「はい」


『それで、”理解”がどうのって話はどうなったの? アタシにどうしろっていうのよ』

「だから、吉野さんの記憶を見せてほしいんだよ」

 俺はそう言いながら、台所から水を汲んできて、再びテーブルに座った。


『えー、それはちょっと……。他人に自分の日記を見られるくらいイヤなんだけど』

「なにを今さら。俺のキラキラしたホスト姿だとかお宝の入ったダンボールとか、人の黒歴史を散々見ておいてよく言うわ」

『それはアタシが見たくて見たわけじゃないし』

「だが、見たことは事実! だったら公平にいかなきゃ。図鑑スキルを使いこなすには、お互いのことをもっと知ってたほうがいいと思うんだ。一方通行じゃうまく動かないんだよ。お互い協力し合わないと」

『理屈はわかる気もするけど……』

「図鑑スキルって“共感”が鍵になってると思うんだよねー。だったら、お互いの記憶にアクセスするっていうのは、必要な儀式みたいなもんだろ」

『でも……』

「別にフルオープンじゃなくていい。吉野さんの性格がわかるような部分だけ。図鑑にあった、“真面目”と“根性”がキーワードだと思うんだ。そのへんだけでも」


 俺は床に座り直して、土下座のポーズを取った。


『真面目と根性ねえ……。あー、もう。山村さんって、ヘンに説得力があるのよね。だったら、このへんかな。他のところは絶対見せないからね』



 なんとか吉野さんから、記憶を覗く許可をもらえた。


 意外とすんなり? ……と思ったら、どうやら派生スキルの影響で、プライベートな記憶空間にがっちり鍵をかけて、差し障りのない記憶と細かく分けられるようになったらしい。


 ちなみに俺は、まだそこまでスキルを使いこなせていない。

 俺専用のスキルなのにナゼ!?




 吉野さんの記憶の奥に意識を沈めていく。

 締め切っていた記憶のドアを開けると、講習会の日の吉野さんの様子が思い浮かんできた。


 “……今日は魔法が使えるようになるまで帰らないつもりです”


 吉野さんは、最初から魔法が使えるようになると信じて疑わなかった。

 ダンジョンの中で魔法が発現したときの喜び。

 その感情に直接触れた瞬間、俺は、子どもの頃に大事にしていた宝物を見つめていたときの気持ちを思い出した。


 吉野さんの心の中は、魔法が使えるようになった喜びと、もっと魔法をうまく使えるようになりたいという向上心で溢れていた。



 なんとまぶし過ぎるピュアな心。目がくらみそうだ。

 18歳でこの心の清らかさ──。

 こっちが恥ずかしくなって、消えそうだぜ。


 ……どうしたら、こんなふうに真っ直ぐに思えるんだろう。


 この“まぶしさ”の裏に何があったのか、確かめたくなった。

 俺は、彼女の記憶のさらに奥深くへと潜っていった。



「ママ、この模試を受けたいんだけど、受験料くれる?」

「あら、6000円もするの? 何も、そこまで頑張らなくたっていいんじゃない?」

「全国模試だから、このくらい掛かるの。いいでしょ?」

「でもねぇ。お兄ちゃんだって受けたことないわよ、そんな模試。お父さんに相談してみてくれない? ねえ、あなた」

「ん? いらん、いらん。そんなもの。浩一の学費だって掛かるのに、女の子にそこまで金を掛けられんよ。そんなに勉強したところで、大学なんて、うちはムリだぞ」



 両親は、兄の教育にはとても熱心だったが、父親は吉野さんに向かって、“女の子なんだからそこまでしなくていい”と、面と向かって言い切った。


 吉野さんはとても努力家だったが、“性別”という努力ではどうにもならない壁に、このとき初めてぶち当たって泣いた。



(女の子だからってダメって……、なんという保守的な親だ)



 このとき吉野さんが感じた絶望は、そのまま俺の絶望になり、俺の心をえぐった。


 ダンジョン災害のあと、大学のあり方は大きく変わったが、親の意識は旧態依然のままだったらしい。


 そんな環境でも彼女は独力で優秀な成績を修め、再度親に進学の希望を伝えたが。

 父親は、そんなに行きたいなら奨学金で行けと言った。


 俺の心は怒りに燃えた。

 まるで自分の娘が同じことを言われたような気がして──。


(おのれ、このクソ親父め……。親が子どもを応援しないでどうする! 俺は、自分の娘に絶対そんなことは言わないぞ。娘に行きたい大学や、やりたいことがあれば、全力でバックアップする。東大でも、ハーバードでも行って来い!!)



 吉野さんは、色恋沙汰にうつつを抜かしている同級生とは距離を取り(つまり、記憶に出てきた、いい感じだった男の子とは付き合わなかったらしい)、高校生活の全てを勉強に費やして国公立に受かった。


 今の彼女が派手に見えるのは、高校デビューをし損なったため、大学に入った途端にハジけてしまったせいだ。

 高校の3年間で我慢していたことを、卒業後の3週間で成し遂げようとした。



 いや、努力家なのはわかるけど、そんなところまで努力しなくたっていいと思うけどね。



 ともあれ、高校の同級生が今の吉野さんを見たら、驚くような変貌ぶりだろう。

 脇目もふらずに勉強していた子が、今じゃパリピみたいになってるんだから。


 一見苦労知らずでふわふわと軽く見える吉野さんに、こんな背景があったとは驚きだ。

 頑張れば夢を叶えることが出来るというのは、彼女にとってリアルな体験だったのだろう。

 魔法を使える環境があって、実際に魔法を使える人がいるなら、自分にも出来ると素直に思ったに違いない。


 俺みたいに、やる前から“どうせ無理”と決めつけていては、ダンジョンの神様は振り向かない。

 彼女のように、素直に、まっすぐに魔法を信じられれば──



 俺にも、出来るんじゃないか?



 吉野さんの記憶の海から抜け出すと、俺の心はすっかり彼女に感化され、涙を流していた。



 今この瞬間なら、魔法が使える気がする。

 そう思えた。



『あー、もうやだ。なんで泣いてんのよ』

「言っておくけど、泣いたのは俺じゃないぞ」

『わかってるわよ。余計なこと言わなくていいの。そういうのを、デリカシーがないって言うのよ』

 吉野さんはふてくされたように言う。


「でも、吉野さんがどれだけ頑張ったかは、世界中の誰より俺が一番知ってるよ」

『……うん』

「よく頑張りました。──吉野さんは、親にこう言ってほしかったんだろ? 遅くなったけど、俺が代わりに言っておくよ」


 俺がそう言うと、吉野さんはしばらくしてから、長年のわだかまりをそっと手放すように囁いた。


『……ありがとう』

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