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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第四章

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2025年5月9日(金)午後5時 擬態スキルとは

第四章スタートです。

タイトルも変更しました。もう変えないと思う。たぶん……

 今までなかったのが不思議なくらいだが、俺はオリジナルの吉野さんとばったり遭遇してしまった。まったく不用心というか、そもそもバッティングする可能性があること自体、俺の頭から完全に抜け落ちていた。



 吉野さんは俺を見るなり悲鳴を上げた。



 それはそうだ。目の前に自分がいるんだから。



 俺は素早く吉野さんの口を塞いだ。

 何事かと集まる周囲の視線をかわいい笑顔でごまかしつつ、目を白黒させる吉野さんを引きずり、施設の地下にあるカフェへ。

 人目を避けるように一番奥のテーブルへ滑り込んだ。



「手を離すけど、大声は出すなよ。目立つから」

 そう言うと、吉野さんは無言で頷いた。


「ア、アンタ、誰。……ってアタシよね? ナニ? どうなってるの??」



(そりゃ、こうなるよな。俺だって、いきなり目の前に自分がいたら驚くよ)

『ダヨネ~』



 そして、二人の吉野美玲が、カフェのテーブルを挟んで向かい合う状況になった。

 何と言ったものかいろいろ考えたが、俺はストレートに話すことにした。



「俺だよ、山村。実技講習で一緒だった」

「は? 山村さん? って、行方不明になった人? あの人、男でしょ」


 吉野さんは、俺を上から下までしげしげと見ながら言った。



「山村さんには見えないけど……」



 少し落ち着いてきた吉野さんは、俺の顔の前で手を振ったり、顔を左右に動かしたりした。


 俺は吉野さんと向かい合って話してもまったく違和感がないが、吉野さんは鏡に向かって話しているのに、鏡の向こうの自分が違うリアクションをするという、まるでホラー映画を見ているような顔をした。



 そうされると、俺も、なんとなく吉野さんと同じように動き、同じような表情を作ってみたくなる。



 はい、右向け右。


 おっと左か。

 動きがずれるとホラー度アップだ。


 そしてお約束の──



 わざと動きをずらして、鏡の中の自分だけニッコリ。

 懐中電灯があれば、下から照らしたいところだ。



「ひいいいいっ、何だか知らないけど成仏して、山村さん! 南無阿弥陀仏……」



 あ、リアルに南無阿弥陀仏って言う人、初めて見たわ。

 つい面白くなって、怖がらせてしまった。かわいいねえ。



『アタシは、山村さんみたいに、すれてないの』

(よく言うわ)



「吉野さん、幽霊じゃないから。スキルだよ、俺のスキルのせい」


 俺は、吉野さんに俺の擬態スキルについて説明した。


 スライムに殺されて、生き返ったら吉野さんになっていたこと。

 頭の中に吉野さんっぽい人格がいること。


 実は、吉野さんの記憶も覗けます、というのは絶対に言わないと決めていた。


 自分の記憶が他人に筒抜けだなんて知ったら、俺なら発狂する。

 考えてもみろ。自分のスマホやパソコンに何が入っているか。あるいはタンスの奥か、押し入れのダンボールの中か。


 もし自分の秘密を知っているヤツがいて、そいつが知り合いと飲みにでも行ったとしたら……。



 人間は口の軽い生き物だ。

 ショットガンでそいつの頭を撃ち抜いて、記憶のかけらすら残らないように始末しなければ、心穏やかに生活するなんて出来やしない。



 個人のプライバシーは、絶対に守られなければならない。




「山村さん、まさかアタシになりたいって思いながら死んだの? キモ。え? ヤバくない?」

「違うって。何聞いてんだよ。俺は、俺を殺した人間になれるの。吉野さんは、俺だと気が付かずにスライムになった俺を殺したんだよ」


「スライムが山村さん? ハハハ、意味不明」

 吉野さんはぎこちなく笑った。


「信じてないのか? だったら、俺の中の吉野さんと交代するから、好きなだけ質問してみて。自分の言葉なら信じられるだろ?」


 そう言うと、俺は意識の主導権を吉野さんに渡して後ろに引っ込んだ。



 二人の吉野さんの間に沈黙が落ちる。



 吉野さん(オリジナルの)は、しばらくコピーの吉野さんとにらみ合っていたが、やがておそるおそる口を開いた。


「小学校の卒業文集、テーマ何だったっけ?」

「未来の夢、だよね。で、アタシは“魔法使い”って書いた。」


「初めて好きになったアーティストは?」

「えーっと、TWICEかな」

「それは表向きよね。友だちと意見をあわせるための。自分の部屋に閉じこもって、動画を鬼リピして見てたのは?」

吉野さん(オリジナル)が詰め寄る。


「くっ……ザ・フーパーズよ」

吉野さん(コピー)が目を伏せる。


「じゃあ、好きな食べ物は?」

「卵焼き。甘いの」


「そう、わかったわ……」

 吉野さん(オリジナル)は目をつぶった。


 そして、目の前の自分が、俺のスキルで出来た存在だということを認めた。


「信じられないけど、フーパーズを出されたら信じるしかないわね……ちなみに最推しは?」

「もちろん星波様よ。進撃の舞台も見たわ」


 信用してもらえたところで、俺は、ふっと意識を前に押し出して交代する。


 吉野さんはしばらく考え込んでいたが、ふとあることを思いついたように、マジマジと俺を見て、ものすごく小さい声で聞いてきた。


「山村さんがアタシになったってことは……、オ、オフロとかどうしてんの?」

「オフロ? あ、お風呂?」

「アタシの体を全部見た?」

「……まあ、確かに見たけど」


 風呂で体を洗ってるのは9割吉野さんになった俺だ。

 俺の意識自体は隅っこに追いやられている。

 多少見えちゃったりすることもあるけれど、俺からすると、感覚的に自分の体を見てるのと全く変わらない。


 女子大生ヒァッハ~とか、全然ならない。



「自分を殺した人間になるって、どのくらいの精度で? まるっきり同じなの?」

「精度?」

「ホントに全部が全部同じなの? 例えば、む…胸の大きさが、山村さんの願望で変わってたりするとか」

「気にするところがそこ? いや、俺はもう少し大きいほうが好き……」


 吉野さんから(脳内吉野さんからも)殺気が漏れ出てきた。


「……だけど、世の中には小さいほどイイっていう人もいるからね。あんまり気にならないよ、うん。ホントに」

 俺は深く頷いた。



 俺はダンジョンに入るようになってから、弱肉強食、適者生存という言葉が頭から離れない。

 もし、胸でお悩みの女性が少数派なら、その女性たちは今頃絶滅しているはずだ。

 そうでないなら、胸でお悩みの女性のほうが多数派、ということにほかならない。


 つまり、胸がお悩みの女性は、“進化の頂点”にいる、ということだ。

 もっと自信を持っていい。




『……アホくさ』


 脳内吉野さんの否定的なつぶやきが聞こえたが、まあいい。



「そんなに気になるなら、一緒にお風呂に入って比べてみる? このスキルで、オリジナルとまるっきり同じ体ができるのか、それとも俺の願望が入った形に変化しているのか、俺も確認してみたい」


 吉野さんと今の俺は、同じ体なんだから別にいいじゃんと、ホントにやましい気持ちは一ミリもなく言ったのだが。


「男と入るワケないでしょ! 気持ちワル」

 吉野さんは全力で拒否した。


「えー、だって今の俺は吉野さんだし。たぶん、おんなじモノが見えるだけだよ?」

「ぐはあああ、信じらんない」

 吉野さんは頭を抱えてテーブルに突っ伏した。


「──死んで別の人間になるっていうなら、ちょっと外まで行ってビルから飛び降りるなりなんなり、死んで来てくんない? これ以上私の体を使わないでよ」

 吉野さんがテーブルから顔を上げ、ジト目でこちらを見ながら言った。


「“死んだら”じゃなくて、“殺されたら”別の人間になる、だから。それに、地上で死んだらスキルが働かなくてホントに死んじゃうかもしれないし」


「あ、そっか……」

 吉野さんは不満そうに目をそらしたが、納得しかけたところで、ある疑問を思いついた。


「山村さんて、ホントはアタシに擬態したスライムなんでしょ? スライムは地上に連れてくると死んじゃうって、奥田さんが言ってたよね。……でも、今こうしてアタシの姿でいるってことは、地上でもフツーにスキルが働いて、人間の見た目をキープしてることじゃん」

「……まあ、そうなるね」

「それってズルくない? 私が地上で魔法を使っても、ドライヤーくらいの風しか出ないのに。超ショボい」



 吉野さんは、地上ではたいして魔法が使えないことが不満そうだ。

 でも、ドライヤーの風量が出るなら、かなり便利なのでは。

 たぶん、キャンプに行くときとか。



「検証したわけじゃないから、あくまでも体感での話になるんだけど……。擬態スキルを発動するには、ダンジョンの魔力がいる。でも、一度変身しちゃえば、維持するのにほとんど魔力は使わない。そういうことなんじゃないかな」

「なんだ。普通に地上でスキルが使えるような秘密でもあるのかと思ったんだけど……」


 吉野さんは目に見えてガッカリした。


「まあ、俺だって地上じゃたいしたスキルは使えないし。ドライヤーの風でも出るんなら御の字ってところだろ?」

「……ちぇっ」


 吉野さんは不満そうに頬を膨らませたが、納得したのかそれ以上は言わなかった。


「でも、可能性がないってわけじゃないかもな……。この前、有田さんってベテランの人とパーティーを組む機会があったんだけど、あの人は身体強化を自由自在に使ってた。地上でダンプに轢かれても、ダンプのほうが壊れたって言ってたし。あれは、俺とは違う魔力の使い方だな」



 よく考えたら、地上でダンプを跳ね飛ばすって普通じゃないよな。



「地上でも普通にスキルを使ってたってこと?」

「そういうことになるのかな」

「練習次第でできるようになるってことなのかな。そういえば、この前探索者の集まりで建物が壊れたってニュースがあったわ。ガス爆発のせいだって言ってたけど、ホントは探索者が壊したんじゃないかしら」

「ベテラン探索者が何人か集まって暴れれば、ビルくらい吹き飛ぶかもな。もしかしたら、魔力の使い方に長けていれば、瞬間的にスキルを使えるようにするとか。そういうことができるのかもしれないな」



 スキルの使い方は自分で調べて身につけていくものだ。

 世間には知られていないような秘密があったとしても、不思議じゃない。

 だが、どちらにしても、俺たち初心者には、まだまだ遠い世界の話だ。



「スキルを自由自在に操るか……、山村さんも自由に変身、っていうか擬態スキルを解除したり戻したりできるの?」

「できると思う。そうする機会がなくて、まだ試してないんだけど」



 擬態スキルをオフにしたら、山村荘太郎の体に戻るのではという思いつき。

 一度試さなくてはと、思っていたが──


 頭の中の吉野さんが倒れたとき、魔力が残りわずかになってヤバい感じがした。

 まるで、命の危険を感じて、体が悲鳴を上げるような……。


 大食いスキルで食べ物を魔力に変えてピンチを乗り越えられなければ、あのまま地上でスライムに戻って、そのまま灰になって消えていたかもしれない。



「できると思うけど……、ヤバい結果になるな」

「どうして?」

「擬態スキルは、発動には魔力がいるけど、維持はほとんど消費しない。でも、一度解除したら、再起動するにはまた魔力がいる。ダンジョンの中ならともかく、地上じゃ魔力の供給がないから、オフにしたら最後、もうオンにはできない……」

「ってことは、地上では異生物は生きられないから、山村さんがこの場で擬態スキルをオフにしたら、灰になって消えちゃうかもしれないんだ」



 俺はこんな姿になっても、普通の人間として生きているつもりだった。

 だが──改めて考えてみると、本当は魔力のおかげで人間のかたちを保っているだけの存在なんだと気がついた。

 魔力のない地上で、ただ一人、わけのわからない生き物として……



「それは……命を賭けてまで検証するメリットはないわね」

「確かに。うっかり地上でスキルを切ってみようとか、思わなくてよかった」



「スキルと言えば……、吉野さん、魔法使い生活はどう? 派生スキルも増えたかな」

 俺は気分を変えようと、明るい声で言った。


「楽しいよ~。範囲攻撃もできるようになったし」

「もう5層のサーベリオンは倒した?」

「昨日、学校帰りに来て倒したよ。あっさりっていうか、意外と簡単だった」


(いや、アレをあっさりは倒せないだろ)

『できるわよ~。さすがアタシ』



 俺はふとした疑問を感じた。

 吉野さん(脳内の)は、最初の頃、俺の意識が邪魔で魔法が使いづらいと言っていた。


 オリジナル吉野さんの魔法は、脳内吉野さんの魔法と何か違うんだろうか。



「ちょっと見てみたいな。よかったら、一緒にファン層を回ってもらえないかな」


 吉野さんは、今日は友だちと約束があると言うので、明日、時間を作ってもらうことにした。



 ***



『結局、擬態スキルの解除は検証しないでおく?』

 家に帰るため、バスに乗ったところで吉野さんが聞いてきた。


(うーん、地上じゃ試せないし、ダンジョンの中で、もし本当にスライムになったとしたら、今度は元に戻らない気がしないか? そのままずっとスライムとして生活するハメになるかもしれないし。まあ、検証する意味はないかな)



 内心、また検証を先延ばしにしてと言われるかと思ったが、吉野さんは「そう」とだけ、言った。

まさかの、主人公の名前を間違ってた……。何度も見直してるのに、痛恨のミス。

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