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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第三章

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2025年5月6日(火)午後4時 ナンブ15層

 5層にいるサーベリオンをソロで倒せるか、これが初心者脱却の試金石だ。


「今回は、アレをソロで倒せるか試してみよう。すぐ後ろでフォローするから、最大火力で……、そうだな2発で倒せれば取りあえず合格。一撃で沈められればソロでもやっていけるだろう」

 有田さんはそう言いながら立ち止まり、周囲を見回す。


「さて……、お目当てのサーベリオンちゃんはどこだ?」



 ダンジョンは、全体を見ると巨大な蟻の巣のようなかたちをしている。

 複雑に入り組んだ通路が縦横無尽に伸び、その先々に広間のようなフィールドがぽっかりと口を開けている構造だ。

 入口に近い層は、一本道のような通路ばかりだったが、5層あたりからはフィールドが増えてくる。

 視界が開けて動きやすい反面、こちらの姿も異生物から丸見えになるため、より高い警戒心が求められる。



「……こっち」

 金子さんが、見通しの悪い通路のほうを指で示す。


「おっ、助かる。こういうとき、ホントに頼りになるよな」

 有田さんが、ヘタな声優みたいな声で言った。


 そして、ちらっと吉野さんを見た。


「あー、自分で探してたら、けっこう歩き回るハメになってたと思うよ。まあ、章平のスキルについては……詳しくは言えないんだけどさ。ともかく、無駄足を踏まなくて済むのは、かなりありがたい」


 金子さんは、居心地悪そうに眉をひそめながらも、何も言わなかった。



(メスに求愛する鳥みたいだな。孔雀とか。どう、ウチの章平スゴいでしょ、って羽を広げて猛アピールしてる感じ)

『それか、娘の彼氏が初めて家に来たときのお父さんって感じ?』



 有田さんは、あまり腹芸が得意なタイプではなさそうだ。



 そして、有田さんの言葉通り、無駄足を踏まずにサーベリオンと遭遇できた。

 どこに異生物が潜んでいるかわからないダンジョンで、待ち伏せも不意打ちも一切ナシ。

 地味だけど、金子さんのスキルは、かなりスゴい。



 ここまで来る道中、有田さんから魔法の威力を上げるアドバイスをもらっていた。

 趣味でトランペットを吹く有田さんは、魔法と音楽はよく似ているという。



「ただ音を出すだけじゃダメだ。歌うように吹くんだ。音階の練習だって、ただ順番に並べるんじゃなくて、音のつながりや意味を意識する。魔法も同じさ。怒りや悲しみ、喜び……そういう、今までに味わった感情を魔力に乗せるんだ。火力を上げたいなら、心をぶつけろ」



 吉野さんは、有田さんの教えの通り、目を瞑り魔力を練り上げる。


 今までに味わった怒り、自分ではどうしようもない理不尽な出来事、言葉に出来なかった感情──そのすべてを、魔力に込めていく。


 静寂の中、吉野さんの体からオーラが立ち上り、風を受けて揺らめくさざ波のように広がっていく。

 感情が高まるにつれ、魔力は脈を打ち、内側から熱を帯びていった。

 吉野さんはゆっくりと、サーベリオンに向けて手をかざす。


 浮かび上がってくる、ひとつの呪文。


「すべてを破壊する風──ヴァン・ラヴァジュール!」



 叫ぶように呪文を唱えた瞬間、吉野さんの体から凄まじい風が解き放たれた。


 空気が震え、魔法によってえぐり取られた地面から、瓦礫が舞い上がる。

 巻き起こった嵐は、まるで生き物のように唸りを上げ、轟音とともにサーベリオンを飲み込んだ。


 とっさに逃れようとしたサーベリオンだったが、直撃を避けたところで意味はなかった。


 嵐の渦はすべてを吸い寄せ、刃のような風が、その身を容赦なく刻んでいく。

 なすすべもなく肉体はズタズタに裂かれ、呻き声を上げる間もなく、サーベリオンは舞い上がりながら灰に変わっていった。



 その存在が風の中に溶けて消えると、静まり返った空間に、カツーンという乾いた音が響いた。

 地面には、ひとつ──淡く、脈打つように光る魔石が落ちていた。




 嵐が止んでも、有田さんと金子さん(と、俺も)、しばらく呆然としたままだった。



「……彼女、ダンジョンに入って、5日目って言ってなかった?」

 有田さんがかすれた声でつぶやく。


「火力、ヤバいですね……」

 金子さんが機械的にうなずいた。



 ***



 吉野さんは、ソロでもやっていけると、有田さんからお墨付きをもらった。

 実力は十分なので、15層まで行ってみようということになり、かなり気楽なノリで先へと進んでいった。


 昨日まで一層にいたのに、大丈夫かよと思ったけれど、サーベリオンのあとは強敵というほどの異生物もいなかった。


 ……というか、ほとんど敵に出会わなかった。

 金子さんのスキルの影響か。


 複数の異生物が出てくれば吉野さんの範囲魔法で殲滅。

 特殊な個体が出れば有田さんが瞬殺。

 実質、歩いているのと同じ感覚で、目的地に近づいていった。


 三人組とのドタバタした対人戦が、はるか遠い出来事のように思える。



 アレって今朝の出来事だったよな?



(ベテランにキャリーされるとラクだな~)

『ホント。途中で何度か休憩したけど、5時間で15層って、普通できないから』

(金子さんのおかげだよ。ほとんど異生物にあわなかっただろ? やっぱり探知系のスキル持ちなんだよ、彼。敵を避けて進めるなんて、超便利じゃん)

『だよね~』




 そして、15層に足を踏み入れた瞬間──景色は一変した。

 とても地下にある空間とは思えない広がり。


 まるで、アフリカの観光名所にでも来たみたいに。

 太陽もないのに、眩しいくらいだ。



「いいだろう、この景色」

 有田さんは自慢するように言った。


「気に入ってるんだ、この階層。……いいことばかりあったわけじゃないけどな」



 見渡す限り、岩と砂漠しか存在しない風景。

 生き物がいるはずなのに、奇妙な静けさが満ちていた。風は吹かず、耳に届くのは自身の呼吸と足音だけ。


 魔力を帯びた霞が空気の中を淡く漂い、地面に落ちる影の輪郭が柔らかく滲んでいた。

 周囲を覆うかのようにそびえる崖は、まるで巨人の手で描かれた抽象画のように複雑な地層を作り出していた。

 自分がどこにいるのかを忘れそうになるくらい、美しく、静謐で、現実離れした空間。


 この世界の理とは、明らかに違う場所にいると思い出させたのは──



 大地を震わせるような咆哮。

 ウルベアスと呼ばれる禍々しい異形の獣だ。


 動く山、という表現が、むしろ控えめに思えるほどの巨体。

 全身を覆う黒褐色の毛皮は分厚い筋肉の隆起を隠しきれず、立ち上がった姿は、天に伸びる巨木のようにそびえ立つ。

 獲物を追って、自ら前へと這い出してきたかのように湾曲した牙。

 一歩ごとに地面が鳴り、足元の大地が僅かに沈む。肉を裂く爪は鋼よりも硬く、顎は岩をも噛み砕く。


 だが、何よりも恐ろしいのはその目だ。

 生きるためではなく、ただ“殺すために存在している”──そんな冷たい意思が、黒い瞳の奥に潜んでいた。


 この美しい風景には、明らかにそぐわない。

 遠くに点在する異生物の中で、ただ一体だけ、別の掟に従って動いているようだ。



 ウルベアスは、15層に現れるフィールドボスのような特殊個体だ。

 こいつを倒せないと、深部層には入れない。


 有田さんに、ソロでは難しいと言われるウルベアスの倒し方を見せてくれるという。


「吉野さんの魔法でも倒せそうな気がするけど、まあ今回は見学ということで、取りあえず俺のやり方を見ておいてよ」

 有田さんは、装備を整えながらウルベアスを倒す手順を説明し始めた。




 有田さんは『身体強化』の使い手で、そこから『シールド』っていう防御に特化したスキルを使っていた。


 正直、なんで身体強化から“防御系”のスキルが出るのか、よくわからなかった。

 俺の感覚だと、パンチ力とか足の速さみたいに、攻撃や機動力の方向に伸びる気がするし。


 スキルは一人にひとつだけだが、そこから派生するスキルには様々なバリエーションがある。


 派生スキルは、自分の思った通りに伸ばすことが出来る。

 本人の性格や、戦い方、戦闘スタイル──、そういったものが色濃く出る。


 一口に“身体強化”と言っても、何をどう強くしたいかは、人によって全然違うってことなんだろう。



 シールドは、30秒間物理攻撃から無敵になるというスキルで、地上でも猛スピードで突っ込んできたダンプに跳ね飛ばされても傷ひとつ負わなかったと言う。


 ぶつかってきたダンプのほうは、めちゃくちゃに壊れたらしいが。



(……ちょっと、今、何かサラッと怖いこと言いましたよ)



 ダンプ?



『ダンプが突っ込んできたって、……殺されかけたって意味?』

(ダンジョンの中だけでなく、地上でも狙われるのかよ)

『あんまり目立つと暗殺対象になるのかしら』

(おっそろしい。思ってたより遥かにヤバくない? 探索業って)



 道中、ハンマーで異生物を撲殺するだけの有田さんだったが、ここからは弓で敵を釣って、シールドを展開している間にハンマーで撲殺というスタイルに変わった。


 まず、弓でウルベアスの注意を引く。ヘイトを取るだけなので、外れても構わない。

 猛烈な勢いで走ってきたウルベアスが、近くまで来たらシールド展開。



 高速道路を暴走しているダンプが、見えない金属のバーにぶち当たったらこんな感じになるだろう。

 ものすごい衝突音と共にシールドが派手な火花を散らし、ウルベアスの首の辺りにシールドがめり込んだ。

 スピードが乗ったまま、プロレスの技でいうウエスタンラリアートが決まった感じで、ウルベアスが地響きを立ててひっくり返った。



 有田さんは、シールドで体全体をカバーしていたわけじゃない。

 派生スキルで、シールドを出す場所や形状を、自由に変えて使っていたのだ。


 そして、身体強化で力を上げると、ハンマーを振り下ろし、ウルベアスの頭部を叩き潰した。

 潰れた頭部はかなりグロいが、それも一瞬で灰となり、跡形もなく消えた。



 灰の中に残されたウルベアスの魔石は、吉野さんの握りこぶしひとつ分の大きさだった。



(ゴブリンの魔石がピーナッツサイズで300円じゃん。アレっていくらぐらいするんだろう)

『さあ。大きさだけで比較するなら、数百万とか?』



 ベテラン探索者の計算された、ムダのない動き。


 シールドというと、大きな盾が出てきて体全体を守ってくれるイメージだが、カバーする範囲を広げれば、それだけスキルの持続時間も短くなる。

 スキルのクールタイムを極力減らすように工夫していったら、このスタイルになったんだとか。



 一見簡単そうに見えるが、かなり直前まで来ないとシールドを張らないので、見ているこっちがヒヤヒヤした。

 かといって、早く展開してしまうと、敵に気づかれて避けられるらしい。


 体力のある敵の場合、最初の弓で少しでもダメージを与えておきたいので、ダンジョン素材で出来た爆破効果の付与された鏃に変える。

 鏃は衝撃を与えると爆発するので、保管には気を使うという。



(そういえば、なんで弓を使ってるんだろう。ダンジョンって銃火器の持ち込みできるんだろ? 普通にライフルで倒せばよくないか?)

『山村さん……ダンジョン関連のニュース見てないでしょ。ウルベアスくらいになると、戦車でも持ってこないと倒せないわよ』

(戦車……持ってこれないかな)



 ムリか。あんまりデカいと、途中の通路でつっかえそうだな。



『それに、拳銃の弾に魔石を使おうとすると爆発しちゃうから使えないって』

(衝撃で誤爆するパターンか。なるほど。そうすると、鏃に魔石の効果を乗せられる弓のほうが、長距離から安全に攻撃できて、使いやすいってことか。でも、射程がめちゃくちゃ長くなかった? 弓って、あんな距離届くもんだっけ)

『うーん、確かに。きっと何か特別な仕掛けがあるのよ』

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