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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第三章

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2025年5月6日(火)勝負の行方は

「そんなに警戒しないでよ。一人じゃアブナイよって声を掛けただけじゃん」

 犬を蹴り殺した男はニヤニヤしながら、そう言ってくる。


「こっちにおいで。一緒にダンジョンを回ろうぜ」

 金髪男がそう言いながら俺の腕を掴もうと、手を伸ばしてきた。



(ど、どうする? どうするっ!)



 俺は逃げ道を探して、視線をあちこちに彷徨わせていた。

 その視線がある一点で止まる。


 さっき男たちが蹴り殺した、犬っぽい異生物の魔石だ。


 どれほどの効果があるかはわからないが、魔石で一時的に能力が上がる。



(だったら──やるしかねえだろっ!)



 とにかくソイツを拾い上げようと、俺は脇目もふらずに駆け出した。



「待てよ。逃げられるわけないだろ」

 男たちが笑いながら追いかけてきた。


「別に逃げるつもりはないぜ」

 吐き捨てるように言い、地面の魔石を掴むと迷うことなく飲み込んだ。



 一瞬、内臓に焼けるような熱が走った。

 体の芯が膨れ上がり、血液が沸騰するような感覚。指先が痺れ、今にも体から何かが溢れ出そうだ。



「レッツ・フィーバータイム……ってヤツだよッ!!」



 追ってきた男が掴みかかってくるのが見えた。

 俺は、ステッキを握りしめ、振り向きざまに男の顎を目がけて、迷わずフルスイングした。


 ガギィンッと鈍い音とともに、男の顎が不自然な角度に折れ曲がる。

 口から歯と血が飛び散った。悲鳴すら出せないまま、膝から崩れ落ちる。



 おわっ、スゲ……!



 あまりの威力に、俺自身でさえたじろいだ。



「パワーありすぎだろ……」



 だが、立ち止まっている暇はない。次の男が、もう目の前にいた。

 今度は足を狙う。ステッキが男のスネに当たる。



「グァッ──!!」


 骨が砕けた音がして、男が叫び声を上げる。


 男はその場に崩れ落ち、足を抱えてのたうち回る。

 自分の足が信じられない方向に曲がっていることに気がつくと、目を見開き、涎を垂らしながら絶叫した。



 最後に残った男と正面から対峙したところで、内側に集まっていた熱が、スーッと引いていくのを感じた。まるで風船の空気が一気に抜けるように、力がどんどん抜けていく。


 魔石の効果が、──切れた。


 指先から血の気が引いていくような感覚に襲われた。

 このまま座り込んでしまいたい衝動に駆られたが、そんなことが出来る場面ではない。


 燃え残ったアドレナリンだけが、俺を支える。

 心臓が異常なほど速く脈打ち、鼓動が耳の奥で反響する。

 あたりに漂う血の臭いが鼻腔を刺し、喉の奥が焼けつくように苦い。

 胃の底から、何かがこみ上げてきそうだ。


 俺は震える指でステッキを握り直し、無理やり口を歪めて、どうにか笑った表情っぽいものを作ってみせた。



「──まだやるつもり?」

 俺は、舌が震えないようにゆっくりと、余裕があるようにそう言った。



 魔石のドーピングは一日一回しか使えない。

 残っているのは女の細腕と、ハッタリだけ──



(っていうか、無敵時間短すぎっ! カップ麺にお湯を注ぐヒマもなかったぞ!)



 男は地面に転がる仲間たちを見て、わずかに後ずさった。

 だが、その視線は自分の仲間と俺の間を行ったり来たりしたままだ。



 ビビって、さっさと引き下がってくれれば解決なんだが。



 俺の心臓は、バクバクと鳴り続けていた。



 と、そこへ──


 意識の底から、何かが勢いよく飛び出してくる感覚が生まれた。


(……な、なんだ?)


『お待たせ~。はい、チェーンジ!』


(よ、吉野さん?)


 吉野さんが、俺の意識を後ろに追いやって、前に躍り出た。


 ブワッと、体から魔力が噴き出す。

 まるで、押し込めていた感情が一気に溢れ出すかのように。

 天女の羽衣のようなベールが、幾重にも広がっていく。



「敵の攻撃を押し返せ! ミストラル・ランパール!」


 吉野さんが叫ぶと、体を中心に強い風が巻き起こり、壁のように周囲に展開していく。

 風の渦に触れている地面はえぐれ、石礫となって弾け飛ぶ。



『え、えっと……、遅くなってゴメンね。響きのいい単語が、なかなか思いつかなくって……』


 どうやら、頭の中に引っ込んでいる間、どうしたらいいのか考え続けていたらしい。


 人間を攻撃したくないなら、防御魔法で守ればいい。

 その答えに辿り着いた彼女は、”恐怖に怯えるだけの自分”から一歩踏み出すことが出来た。


(時間が掛かる理由がそこかよ! この緊急時に細かいことをっ!)

『どうでもいい単語で呪文を作ったら、使う気が失せるじゃない!』

(だったら、日本語を使え────っ!)

『イメージは大切なのっ!』



 吉野さんが考えていた魔法は、敵の攻撃を押し返したり、飛来物や魔法を逸らす効果があるらしいが──



 ちょっとばかり魔法が展開するときの勢いがありすぎたようだ。



 残っていた男が、突風に鷲掴みにされたように宙へ吹き飛んだ。

 悲鳴すら追いつかないような勢いで、後方の岩へと叩きつけられると、鈍い衝撃音とともに、岩肌に亀裂が走った。男は口から血を吐き出しながら、ゆっくりずり落ちるように倒れると、ピクリとも動かなくなった。



 そうして、風が巻き上げた瓦礫が飛び散る音と、地面に転がっている男たちのうめき声だけが、ダンジョン内に響いた。




(めでたし、めでたし……なのか? 全部倒しちゃったし)

 俺は茫然としながら言った。


『あー……痛そう、やり過ぎちゃったかも』

(人は攻撃できないとか言っておいて、コレかよ)

『一応防御魔法なんだけど……。山村さんがヤバそうだったから、強さの調節までできなかったの』

 吉野さんが弁解する。


(なるほど──。まあ、車のエアバッグだって、事故ったときは、乗ってる人が骨折する勢いで飛び出すっていうから……、そう考えると同じようなものか)



 俺は地面に転がる男たちを見下ろした。



(──しっかし、どうするよ、コイツら。まだ生きてるけど、動けないみたいだし、放っておくと死ぬかも)

『長時間動けないでいると、スライムのエサになっちゃうね。これだけ血のニオイを振りまいてると、確実に寄ってくるよね』



 積極的に殺す気はないが、吉野さんの体で男三人を運べるわけもない。このまま放置すれば確実に死ぬという状況で、出来ることは何か。



(うーん、半端に助けても、逆恨みされるかもしれないな。ここで確実に息の根を止めてから、警備の人を呼びに行く。実は暴漢に襲われまして──と報告して、正当防衛を主張してオシマイにする)

 俺が提案する。


『それはダメでしょ? 過剰防衛っていうか。人としてどうなの?』

(ダンジョンの中で、倫理観みたいな曖昧なものに自らの生存を掛けるほうがどうかしてる。それに、襲われたのは俺……っていうか、吉野さんなんだぜ。どうせ女の敵だ。余罪もありそうだし、気にするな)

『えー、ダメでしょ、それは』



 ふと、俺はある疑問を感じた。


(──そういえば、この体で生殖活動ってできるのかな。気にならない?)

『なりません。そんなことまで検証しないでいいから』

(いや、気になるだろー。妊娠して生まれてくるのがスライムだったらどうしようとか)

『思いません。もし検証しようとしたらコロスわよ。それにスライムだったら分裂して増えるだろうから、生殖活動は必要ないでしょ。必要に応じて体を切ったらいいんじゃない?』

(自分を真っ二つに切るのは、ちょっとなあ……)



 俺がスライムなら、そのうち勝手に増えるようになったりするんだろうか。



『……あのさ、スライムの話をしてて思ったんだけど、擬態スキルって解除できないのかな? 擬態って、他人に変身するんだから、解除したら元の山村さんの体に戻ったりしない?』

(!!! あああーーーっ!? もしかして、そういうこと?? い、いや、でもどうだろう……)




「これってどういう状況?」

 俺たちが(脳内で)話し込んでいると、見覚えのある背の高い男が現れて、声を掛けてきた。


 不意を突かれて慌てたが、男の顔に剣呑な雰囲気はない。むしろ倒れている男たちなど目に入っていないといった様子。


(あ、忘れてた。転がってる男たちをどうするかって話の途中だったな。……っていうか、誰だっけ、この人)


 どこかで見た男だなと思い、しばし記憶を探る。

 吉野さんはダンジョン関連のニュースをよく見ていたので、すぐに誰だかわかったらしい。


『ナンブのトップ探索者の有田さんよ。ソロで深階層まで行ける人』


 そう言われて、探索者登録した日に見かけた、自由業っぽい格好の男のことを思い出した。


「すっごい音がしたから来てみたら──、これだもんね」


 有田さんは、三人組より、吉野さんの魔法でえぐれた地面や吹き飛ばされた瓦礫のほうが気になるようだ。


 この場所で威力のある魔法が使われた形跡が、ありありと残っている。



「えっと……先程この人たちに絡まれて、返り討ちにしたんですけど……、そのあとどうすればいいのかわからなくて」

 吉野さんは状況の説明を始めた。


 もちろん魔石のことは省く。


「あー、なるほど。キミ一人で男三人をやっつけたの? そりゃスゴイね」

 有田さんはそう言いながら、つま先で地面に転がっている男たちを突っついた。


 俺が殴った二人は痛みで動けず、吉野さんが倒したほうは気絶しているようだ。


「アハハ……、それほどでも……。ただ、運ぶにしても一人じゃ運べないし、助けを呼びにいってる間にスライムに食べられちゃったらどうしようかと思いまして……」

「うーん、確かに自分の足で歩けないとなると、ダンジョンの中じゃ致命的だねぇ」


 そういうと、有田さんはカバンから小さい容器を三つ取り出し、中身を怪我をしている男たちに振りかけていった。


 すると、みるみるうちに裂けた皮膚がふさがり、腫れ上がった肉が元に戻っていく。

 まるで最初から何もなかったかのように、男たちの体が“修復”された。



『あっ! ……あれって魔水だ。すごい!!』


 俺たちは、初めて見る魔水の威力に度肝を抜かれた。



「オラ、起きろ。自分の足で立って歩け。出口に戻るんだ」

 有田さんは、三人組を足で蹴飛ばして起こした。


「俺は女の子以外には優しくないぜ。今の魔水代が、いくらか知ってるか?」

 そう言いながら、三人組の顔の前に空の容器をヒラヒラと見せびらかす。


「これ一本で800万だ。それを、見ず知らずのオマエらに使ってやったんだ。地上に戻ったら、警備のところまで行け。“私は女の子に悪さをしようとしました”って言うんだ。何か文句あるか?」


「し、知るかよ……、魔水はテメエが勝手にやったんだろ。俺が頼んだワケじゃねぇ」

 リーダー格の男が有田さんを睨みつけ、血の混じったツバを地面に吐き出す。


「ほお。悪態をつく元気はあるようだな」



 こちらから有田さんの顔は見えなかったが、一瞬背筋を氷の指でなぞられたような殺気を感じた。


 有田さんに睨まれた三人組は見る間に震えだし、完全に戦意を喪失した。


「す、すいません……でした」

 強がっていた男は、土下座せんばかりの勢いで頭を下げた。



「そうだ。オマエら、スマホと腕のバンドを寄越せ」



 有田さんは、三人組からスマホとバンドを取り上げると、画像や動画のデータを確認した。


「ハハハ──。やっぱりここで始末しておくべきかな。クソみたいなデータばっかりだ」


 有田さんが殺気のこもった目で睨みつけると、三人組は小動物のように肩をすぼめ、怯えきった顔で視線をそらした


「……こういうの見ると、吐き気がするんだよ。証拠を残しておかなきゃいけないとはいえ、ヤダヤダ……」


 有田さんは、男たちのズボンのベルトを外して首に巻きつけた。カバンから出したロープを首のベルトに通し、順番にくくりつけて数珠つなぎにした。

 最後尾の男のベルトに通したロープを手綱のように握ると、そいつのケツを蹴飛ばした。



「ほら、とっとと歩け。逃げたら絞め殺すぞ」



 3人は文句をつける意地もなく、よろけながら一列になって歩き出した。

 まるで見世物のようだ。


 たまたま通りがかったパーティーが、何事かと振り返る。



「──というわけで、一緒に地上まで戻ってもらっていいかな。たぶん警備のほうから事情を聞かれると思うし」

 有田さんはこちらを向いて、そう告げた。


「は、はい。わかりました。助けていただいて、ありがとうございます。あの……魔水代、もしかして、私がお支払いするべきなんですかね、この場合」

 吉野さんが恐る恐るたずねた。


「いやいや。とんでもない。俺が勝手にやったことだから、気にしないで」

 有田さんは何でもなさそうに言った。



『すっごい。さすが“ダン爵”様。庶民とは格が違うわね』

(……ナニソノ、ダン爵って?)

『 “ダンジョンで貴族的なふるまいのできる特権階級”のことよ。普通、まったく知らない人に、800万もする魔水を3本も使えないでしょ』

(なるほど……確かに)




 地上に戻って三人組を警備スタッフに引き渡した。

 細かいことは有田さんが全部代わりにしてくれたので、吉野さんは、ただ「はい」と言うだけで済んだ。

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