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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第三章

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2025年5月6日(火)午前8時 はじめての

 ダンジョンに入る前に道具を揃えておかなければと思い、少し早起きしてナンブの地下にあるダンジョンショップに向かった。


 さっそく、魔法使いが触媒に使うという杖を見てみたのだが。



「高っ! こんな鉛筆程度の棒きれが30万!?」



 まさかのお値段。



『でも、魔石が素材に入ってて、魔力の通りがいいって評判よ』

「いやー、俺の懐事情からしてムリ」



 いくら評価が高くても、経済的にムリなものはムリだ。



『じゃあ、こっちは? 3900円』

「それは子どものおもちゃだろ。なんかアニメのキャラクターが使ってそう」


 アニメの、魔法少女なんとかってキャラが振り回してそうなステッキだ。

 しかも、ご丁寧に火、水、風、土をイメージしたやつが並んでいる。


『魔法はイメージだから。この程度の雰囲気グッズでも、気分が上がればそれでいいのよ。ほら、振るとキラキラ光るんだって。かわいくない?』

「それをダンジョンで振って、キラキラしてる自分を想像したくないな」

『もう~、山村さんって注文が多いわね』



 いや、さすがに俺がそのステッキを振り回している姿は、厨二病どころじゃないだろ。



「もっとマシなヤツはないのか」

『うーん、首都圏だと、池袋のダンジョンショップが一番大きくて品揃えがいいって聞いたけど……』

「はあ。池袋まで行くのが面倒くさいな。また今度にしようぜ。もう今日は、杖ナシでいいや。スキルの検証を優先しよう。それにこの前言ってた、ゴブリン以外の魔石を手に入れないと」


 俺がそう言うと、吉野さんの雰囲気が変わった。


『山村さん……、昨日は予定を変えて山村さんの希望通り、魔法の練習で一日が終わったでしょ。それなのになんの成果もなかったじゃない?』

「はい、そうですね」



 その通りです。



『山村さんにとって小道具が効果を発揮するかどうか、確実に検証する必要があると思うの。そうすれば、たとえ魔法が使えなかったとしても、検証すべき項目がひとつ減るのよ』

「まあ、そういうことになるのかな?」



 確かに検証すべきことは山積みだ。



『なるの。だから、ゴチャゴチャ言わないで、そこのキラキラしたかわいらしい風魔法のステッキを持って、レジに行きなさい。わかった?』



 あ、圧が……。


「……はい」



 俺は魔法のステッキを持ってレジに向かう。



 ステッキを、そのへんの雑誌かタオルで挟んでレジに出したい衝動に駆られる。

 本屋でちょっとエッチな雑誌を買うとき、関係ない雑誌を混ぜたくなるのと同じ心境だ。



 だが、レジのスタッフは顔色も変えずにステッキを受け取り、バーコードをスキャンする。



 そうだ。

 今の俺は吉野さんの体なんだから、他人から見たら、魔法のステッキを持って歩いていても、それほど違和感はないかもしれないじゃないか。


 このくらいの羞恥心に負けてどうする。

 もっと心を強く持たなければ。



 俺はステッキを強く握りしめた。



『じゃあ、またどっかのパーティーに混ざる? それともソロ?』

「魔石を食べるところを他人に見られたくないからな。どのくらい効果があるかわからないし。浅い階層なら、吉野さんの魔法があればソロでも大丈夫だろ」

『じゃあ、初の2層を目指して行ってみよう』



 ***



「犬だな」

『普通に、黒い柴犬に見えるね』


 初めて足を踏み入れたダンジョンの2層には、犬のような異生物がいた。

 ゴブリンは人間を見かけるとすぐに襲ってきたが、こいつは人懐っこそうにこちらを見ながらじっと座っていた。黒く濡れた瞳は、何か心に訴えてくるものがある。



「これは思わぬ強敵だ」

 俺は、予想外の展開に思わず呟いた。

 腰に下げた魔法のステッキをホルダーから外して手に持ったものの、まったく攻撃出来る気がしない。



 ちなみに、魔法のステッキをもってしても、風魔法は使えなかった。

 だが、意外と強度があって、ハンマーでゴブリンを撲殺したときと変わらない成果を上げることは出来た。



 あとになって知ったことだが、この日の俺は、キラキラしたエフェクトをまとい、オモチャの魔法ステッキでゴブリンを撲殺するかわいらしい女性として、ネットの一部で話題になっていたらしい。


 シュールすぎる。



『ネットにも上がってたけど、愛犬家だったら、絶対この先に進めないって』

「愛犬家に対する、踏み絵みたいなもんだな」


 ここまで順調に進んで来たものの、俺は次の一歩が踏み出せなくなってしまった。


『アタシがやろうか? アタシ猫派だから、あんまり気にしないよ。魔石を取るだけだし、風魔法でサクっと』

 吉野さんがあっさりと言う。


「バカ。何言ってんだ。かわいそうだろ。あの子から取った魔石なんか食えるかよ。そうっと横を通り抜けられないかな……」

『山村さん、愛犬家なんだ』

「ガキの頃に、柴犬を飼ってた。大学の卒業前に死んじまったけどな」

 しんみりとする。


『もし、娘さんが、犬を飼いたいって言ったらどうする?』


 その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に、愛犬だったテツが、尻尾をフリながらこちらを見上げている姿が目に浮かんだ。


 庭のあちこちにデカい穴を掘って、母さんを困らせているテツ。


 冬の寒い日、玄関の中にダンボールを置き、そこを寝床にしてもらったのに、玄関のたたきに置いてある靴を全部噛みまくったテツ。


 散歩中にリードが外れて行方不明になり、散々探し回っても見つからず、泣きながら家に帰ったら、普通に家にいたテツ……。



 動物を飼うと、楽しいことだけでなく面倒なことも起こる。

 そうした悲喜こもごもとした思い出がよみがえり、目頭が熱くなる。



「うっ…ム、ムリっ……! もう飼えない! 俺はこれ以上、大事に育てた生き物と死に別れることに耐えられないっ!」

 俺は手のひらで顔を覆った。


『山村さん……そう言いながら、ゴブリンは撲殺してるんだけどね』

「アレはいいんだよ。こっちに害意を持って襲ってくるヤツは別だ」

 瞬時に言い返した。



 俺たちが犬っぽい異生物を前に逡巡していると、後ろから靴音が近づいてきた。



 見ると、三人組の男が歩いてきていた。


「あれ~? 何かお困りですか?」

「バカ、キショい喋り方すんなよ」

 男たちがふざけながら話しかけてきた。


『あー、なんかイヤな展開になりそう』

「俺もそう思う」



「一人でこんなところまで来たらアブナイよ」

 金髪でピアスをジャラジャラ付けた男が近づく。


 他の二人は、ハンマーを手に取ると、尻尾を振っている犬っぽい異生物のそばにいき、なんの躊躇もなく蹴り飛ばした。


 犬は、歯をむき出しにして蹴った男に飛びかかろうとしたが、反対側にいた男がハンマーで横っ腹を殴りつけた。犬は口から泡を吹いて、その場に倒れ込んだ。


 男たちは、そのまま犬が灰になって消えるまで蹴り続けた。



『ひどい……。サイアク』

(こっちも人ごとじゃない。金髪がさりげなく後ろに回ろうとしてる。集中しろ。意識の主導権を8割渡すから、ヤバそうになったら魔法で牽制しろ)


 俺は吉野さんと入れ替わる。


『人間相手に魔法を使うなんて……こ、殺しちゃうかもよ……?』

(あんなふうに生き物を殺す奴らが“人間”だと思うか? 忘れたのか、ここはダンジョンなんだぞ)

『でも、でも……っ』


 吉野さんの思考が、揺れているのがわかる。

 いつもは強気な彼女が萎縮している。息が乱れ、呼吸が浅くなる。

 意識を譲渡しても、手も足も動かせないままなのが伝わってくる。



 ダンジョン内で起こる犯罪件数は、発覚することが少ないが、地上より遥かに多いという。ダンジョンに入るなら、いずれ対人戦はあるだろうと思っていたが、こんなに早くその機会が来るとは思っていなかった。


 元々、治安が悪いと聞いていたし、集めた魔石をカツアゲされるくらいはあるだろうと思っていた。

 だが、吉野さんのような外見の女の子なら、それだけでは済まない場合があることは容易に想像がつく。



(俺がステッキを振り回しても、3人も相手にできないぞ。吉野さんの魔法なら、殺さない程度にズタズタにして、牽制するくらいできるだろ?)

『そ、それも……だ、だめ……かも』


 吉野さんは魔法を放つために意識を集中させようとするが、恐怖心のせいで集中力を保てない。


 彼女は学生サークルで、娯楽としてダンジョンに来ていただけだ。

 エンタメ目的だった者に、この状況は荷が重すぎる。


(当てるフリでいいんだよ。ゲームだと思え!)

『山村さんだって──こんな暴力沙汰に遭ったことはないくせに』


 正直、その通りだが、俺がビビったら吉野さんに影響する。

 俺は内心の恐怖心を追い払い、強気のフリだけは崩さないようにした。


(対人戦ならネトゲで散々やった)

『ワー、タノモシイデスネ……』

(マジで人殺しなんかしないよ。ハッタリかまして逃げればいいんだ。こういうときは、ビビってるのを相手に悟られたら負けなんだから)



「そんなに怖がらなくたっていいだろう?」

 金髪の男が笑いかけるが、その目はまったく笑っていない。

 長い飢えの末にやっと見つけた獲物を見る──そんな捕食者の目だった。


『──っ!』


 人生で、はじめて他人からむき出しの悪意を向けられた瞬間。

 心拍数が跳ね上がり、声も出ず、逃げるという判断すら出来なくなる。


 ただ、その場に立ち尽くす。


 まるで、自分の顔に“的”でも貼ってあるかのように。

 尊厳も、意思も、何もかも無視され、ただの“モノ”として見られる感覚。



 吉野さんの意識が、──砕けた。



 さっきまで確かに“ここにいた”はずの存在が、霧のように薄れていく。



(お、おい……吉野さん!?)



 ついさっきまで吉野さんのものだった手のひらが、“自分の感覚”を取り戻していく。

 魔法のステッキを持つ指先に、現実の重みが戻る。



「……意識の譲渡が、切れた……?」



 俺は、まがい物の武器だけを手に、敵の前に置き去りにされる。


「うーん、何が切れたって? 誰か来るのかい?」

 金髪男がニヤニヤしながら言う。



 視界の隅で、三人組の男たちがジリジリと間合いを詰めてくる。



 風魔法という強力な武器はあっても、吉野さんでなければ使えない。

 いつも頭の中にいる吉野さんの存在感は微かだ。

 協力プレイどころではない。



(今の俺って、ちょっと──いや、かなりピンチじゃね?)



 3人の男に囲まれたまま、完全にひとりきりの“俺”に戻っていた。

はじめての対人戦ですよ。どうやって切り抜けましょうか。

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