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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第三章

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2025年5月5日(月)午前9時 こどもの日

 昨夜は長々と遅くまで話し込んでしまったが、会社勤めのときと同じ時間に働き始めるクセがついている。手早く身支度を終え、朝食を取ると、すぐにナンブに向かった。



 午前9時、ダンジョン入口を前に立ち、昨日の会話を思い出す。

「俺と吉野さんでどこまで行けるか試してみよう」──たしかにそう言った。


 だが、よそから見れば、女性が一人でダンジョンに入るかたちになる。

 パーティーで集まってダンジョンに入っていく列を見ると、すごく目立つと思う。


 じゃあ、野良パーティーに混ざったらどうかというと、今度はスキルの検証がやりずらい。


 なので、今回は、他のパーティーがゲートに入って行くとき、いかにも同じパーティーですよという顔をしてゲートに入り、途中でさらっと分かれて、なるべく人が来ないほうへと移動した。



「意外と簡単に入れたな」

『でも、ソロだとやっぱり目立つから気をつけないと』

「そうだな」


『じゃあ、今日は2層の犬っぽい異生物の魔石を手に入れることを目標に……』

「あー、それなんだけどさ……。やっぱり魔法の練習にしない?」

 俺は吉野さんの言葉を遮って、ぎこちなく提案した。


『山村さん……』


 吉野さんに、ものすごくダメな子だと思われているのが伝わってくる。


 だが、一晩考えたが、吉野さんだけ魔法が使えるなんてズルい。


「いや、吉野さんの魔法だけ使って、ただ進むだけなのもつまんないじゃん? 俺だって風魔法が使えるはずなんだから、練習しながら進んだら良くない?」


『はー、まあいいけど……。じゃあ、早速そこのスライムで練習しよ』


 言われた通り、俺は手のひらをスライムに向けて意識を集中させる。



 出ろ……、出ろ……! 出ろ……っ!!



 しかし、何度やっても魔力が集まり始めたところで、プスッと消えてしまう。

 なぜだ。



『アタシは無詠唱でも魔法が使えたけれど、山村さんの場合は詠唱がないとダメだとか?』

「うーん、そういうこと? 吉野さんが言ってた呪文って何だっけ。一番簡単そうな、なんとかエテ? エレ?」

『アタシのイメージじゃなくて、山村さんにイメージしやすいもの。口に出してしっくりくる呪文がいいんじゃない? 呪文を覚えるほうに意識を集中しちゃうと、うまくいかない原因になりそうだし』

「それもそうだな」



 俺は小さい声で、呪文っぽい言葉を言ってみた。

「ウィンドブラスト」


 ……。



『シーンって感じ』

「いや、だって、普通に恥ずかしいでしょ。36歳の男が、真面目に厨二病みたいなことやって」


 しかし、やらねばならん。


『もっと心を込めて言ってみるとか。舞台女優になったつもりで』

「なるほど。私は女優、女優……あれ、男優か?」


 まあいい。

 よし、今度こそ。



 俺は意識を集中させ、スポットライトの当たるステージに立つ自分を想像した。


 この前見たミュージカルの、あのきらびやかなステージに立ったつもりで。


 さあ、あのときの、染谷友子を思い出せ──あの輝き……



 周りの空気が変わる。


 女優エフェクトが働き始め、キラキラと光が舞い降りてくる。



「ウィンド……」

 と言いかけたところで、誰かが喋りながら近づいてくるのに気がついた。



 俺は、慌ててポケットから非常食を取り出し、近くのスライムに餌やりをしているフリをしながら、どこぞのパーティーが通り過ぎるのを待った。



「スライムちゃんたち~、おいで、おいで。ほらエサだよ~。ニンゲンは食べちゃダメですよ~」



 再び人の気配が無くなるのを待って、俺は練習を再開した。


「ウィンドブラスト」


 ……。



 フっ、そよ風さえ吹きませんな。



『集中力が切れてるじゃないー。山村さんって雑念多くない?』

「常に頭の中に吉野さんがいるんじゃ、気が散るのは仕方がないだろ」

『少しアシストしてみようか? ほら、自転車の乗り方を覚えるときに、後ろを押さえてもらった感じで、だんだんアシストを減らしてみるとか』

「なるほど、それなら上手く行くかも」



 俺は意識の8割を吉野さんに預けて、アシスト付きで魔法を唱えてみた。

「ウィンドブラスト」


 俺の手のひらにつむじ風が現れた。


「おっ、出た! 出たっ!! 今の見た!?」

 思わず叫んだ。


『見えてるから。はい! 今すぐそれを投げる!』


 俺は壁に向かって魔法を放り投げた。

 バーンという音がして、壁から石がパラパラと落ちた。


「やった────! できたじゃん!!」


 俺は飛び上がった。

 ついに俺も魔法が……っ!


『はい、どんどんやるわよ』


 喜ぶ間もなく、7割吉野さんで魔法を唱えてみた。

「ウィンドブラスト」


 弱々しいが、一応出た。


『はい、次』


 6割吉野さんで、魔法を唱えてみた。

「ウィンドブラスト」


 出ない。


 なぜだ。そりゃないだろー。

 合コンで散々奢った女の子に、次の日連絡入れたらブロックされた、みたいな感じ。


 ここまでうまくいってたのに、ナゼ!?



『山村さん、考えすぎると、魔力の流れそのものを止めちゃうのかも。構えすぎというか、“意識しすぎ”のせいかな』


 そう言われてしまうと、マジで悔しい。

 俺自身が、俺の魔力をせき止めている壁なのか。



 クッソー。



 そばで、ぷにぷにと蠢いているスライムにさえ、笑われている気がする。



 そうこうしているうちに、夕方になってしまった。


「あー、もう……ぜんぜん集中できん」


 他所のパーティーが近くを通るたびに集中力が乱れる。

 ときどき、スライムが降ってくるんじゃないかと天井を見上げる。

 怪しげな呪文を叫びながら厨二病みたいなことをして、どこかでバカバカしいと思っている自分もいる。


 不甲斐なさと、やっぱり俺にはムリなんじゃないかという気持ちが広がっていく。



 ……この場所で、魔法の練習をするのはムリかもしれない。

 どこか、もっと人目のない落ち着いた場所ならどうだ──。



 そう思ったが、今日はもう時間切れだ。

 言い訳めいた言葉が湧いてくるが、無理やり心の隅に押し込める。



 手応えくらいは欲しかったのだが……結局、魔法については、まったく進展のないまま地上に戻ることになった。



「そういえば、今日は子どもの日だっけ。スライムの写真でも撮って、ふみかに送っておくか」


 俺の“宿敵”でもあるが、スライムは子どもに人気らしいので、心菜が気に入るかもしれない。


 俺はスライムの写真を何枚か撮った。


「これも家族サービスだ」


 心菜が喜ぶ姿が目に浮かんで、すこし頬がゆるくなる。


「一緒に住んでないのに“家族サービス”ってのもおかしな話……なのかな」

『別におかしくないでしょ。心菜ちゃんと家族なのは変わらないんだから』

「そうか……」



 ふと、自分が子どもの頃のことを思い出した。


 子どもの日といっても、鯉のぼりも兜の飾りもアニキの物で、俺にはなかった。

 次男の俺は、いつもアニキのお下がりだ。

 今年こそは、俺にも何か新しいものがもらえるのではと期待して裏切られる。

 その繰り返しで、子どもの日にいい思い出はないが……。



 でも、思い返してみれば、鯉のぼりを部屋いっぱいに広げて、その中に潜り込んで遊んだり、親父が庭に飾るのを手伝ったり──“特別な日”という雰囲気は、確かにあった。


『アタシは、子どもの日って特に思い入れはないな。お兄ちゃんが主役の日だったし。普段よりちょっといいモノが食べられる日ってだけ』

 吉野さんが口を挟んだ。


「なるほど。他の家庭がどうだったかなんて、考えたこともなかったけど、それぞれ違う祝い方をしてたのかな」



 ──そういえば。俺は、父親として心菜に何かしてやれていただろうか。


 心菜が生まれたあと、家で子どもの日やひな祭りをやった記憶がない。

 保育園では、何かやってくれていたと思うが、それさえ覚えていない。


 俺は、そういう行事を“ふみかに任せておけばいい”と、どこかで思っていた。

 俺が何かを準備することなんて一度もなかった。心菜のことは “ふみかの担当”だったから。



 ……なんで、子どもの日をやらなかったんだ?


 ふみかの実家では、そういうイベントをしたことがなかったとか?

 実家でやらなかったら、結婚後もやらないよな、たぶん。



 ふみかの実家に行くと、いつも“お客さん”のような扱いで居心地が悪かった。

 俺は面倒なことからはすぐに逃げる。

 一緒に行かなくてもいいようにわざと用事を入れたり、俺だけ別行動することが多かった。


 ふみかの両親は、ダンジョン災害のときに亡くなってしまったので、“優しそうな人”くらいの、あやふやな印象しか残っていない。


 今となっては、ふみかがどんな子ども時代を送ったのか教えてくれる人はいない。



『アタシは、ふみかさんはやりたくてもできなかった、と思うわよ』

「え?」

『だって、フルタイムで働いてて、毎日クタクタになってたんでしょ? そんなイベントに力を注げないでしょ』

「でも、ウチの母親だって働いてたけど、年中行事は全部やってたぜ?」

『山村さんが子どもの頃とは、時代が違うでしょ。手伝ってくれる親戚が近くにいるわけでもないし。しかも、ふみかさんはご両親がいないんだから』



 時代が変わったというのは、確かにある。

 俺が子どもの頃、親が仕事で遅くなる日は、じいさんの家に行った。


 ふみかには、頼る場所も手伝ってくれる人もいない。そんな中での子育ては、どんなに大変だったか。



『山村さんが気にするべきところは、どうしてふみかさんが心菜ちゃんに子どもの日のイベントをしないか、じゃなくて、どうして自分がそれに関わってこなかったか、なんじゃないの?』


 吉野さんの言葉は、俺の胸に突き刺さった。


「……そうだな」



 地上に戻ってから、スライムの写真をふみかに送信した。

 過去に俺がしたことは消せないが、せめてこれからは──と思いながら。



 ***



 駅近くの洋服屋で、吉野さんの指示に従って、色々と着回し出来そうな普段着を3パターン買った。そのあと、ドラッグストアでシャンプーやらメイク道具やら細々とした日用品を買ったら、大荷物になった。



「一度に買いすぎだろ」

『しょうがないじゃない。全部必要なんだから』

 俺が文句を言うと、吉野さんが澄ました声で応える。



 スーパーに寄って晩のおかずと柏餅を買ったら、両手がふさがった。

 普段の俺ならともかく、吉野さんの華奢な体だと荷物が重くて引きずりそうだ。


 なんとか家にたどり着き、一息ついてから、風呂の掃除を始めた。

 お湯が沸くまでの間、日本茶を入れて柏餅をつまむ。



「美味い。久しぶりに食べたな、柏餅」

『和菓子って甘すぎないのがいいのよね。ケーキだと罪悪感が強すぎて、夜に食べようと思わないし』

「確かに。洋菓子だと、カロリーの暴力に負ける感じはするな」



 風呂に入ったあと、説明会のときにもらった資料を見直した。



 ★攻撃魔法の使い方


 “意識を集中し、スキルをどういうふうに使いたいのか、具体的にイメージする。

 自宅でスキル発動の練習をし、実際の戦闘時に役立つよう意識することも大切です”



「ん? これだけ?」



 シンプル過ぎるだろ。まったく、お役所仕事だな。チッ。


 よし、困ったときは、ネットだ。人類の叡智を見せてみろ。



 スマホでさっと“ダンジョン 魔法の使い方 コツ”と検索してみた。



 今度は検索結果あり過ぎ。



「世の中、どんだけヒマ人がいるんだか……」



 さて、いくつかのハウツー動画の要点をまとめると、こうだ。



 ●自分は魔法が使えると信じる。

 ●疑わない。

 ●没入感が大事。

 ●小道具を揃えると臨場感が出る。



 なるほど。なにひとつ出来てないな。



『抽象的なものって山村さん苦手そうだから、杖とか、小道具を買ってみる? ダンジョンショップに売ってたよ』

 吉野さんが教えてくれた。


「確かに。俺の場合、信じろと言われても、はいそうですかとはならないな」

 腕を組んで考え込んだ。


「まず、形から入るのもありか……。明日は、小道具を見に行ってみるか」



 そのとき、スマホにメッセージが入った。

 見ると、ふみかからだ。



【スライムの写真ありがとう。心菜が大興奮で、“ココちゃんがピカピカした”ってはしゃいでるよ】



「ココちゃんがピカピカ……、ココちゃん?」

『心菜ちゃんの空想の友だちって言ってたやつでしょ』

「ああ、あれか。放電するような友だちなのか?」

『……それじゃオバケよりたちが悪いじゃない』



 危なくないのかと問い返す。

 ふみかから、私には”何も見えない”んだけど、と返信がくる。



 そういえば、別居後、ふみかと事務的な連絡以外をするのは初めてじゃないか?



「普通の父親と母親みたいなやり取りだな」



 昔、自分の両親が、テーブル越しに何かを話し合っていた場面が頭をよぎる。

 あのときの自分は、ただその様子を眺めるだけの“子ども”だった。


 いつの間にか、自分が“親”の側になっていることに、改めて気がついた。

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