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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第三章

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2025年5月4日(日)魔石

「なんか、考えすぎて腹が減ってきたなー。カップ麺でも食うか」


 あれこれ考えているうちに、いつの間にか午後11時をまわった。

 寝るにはいい時間だが、あれだけ考えたのに、まだなんの成果も出ていない。


『こんな時間に食べると太るわよ』

「あー、それは大丈夫だろ。なんせスライムだから。昨日ドカ食いしても、胃もたれもしなかったし」

 そう言いながらお湯を沸かしに行く。


『それって、絶対に太らないスキルを持ってるのとおんなじじゃん。世の中の大半の人を敵に回しそう。スキルって他人に譲渡とか、伝授?できないのかしら。それができれば、すっごく儲かるのに』

「そりゃいいアイデアだ。面白いスキルを集めて売り買いできたら、ビッグビジネスだな」



 世の中には変わったスキルを持つ人もいるらしいが、どんなスキルなのかを公開する探索者は少ない。元になるスキルが同じでも、派生スキルは人それぞれだ。

 スキルがどう変化しながら伸びていくのか。その枝分かれした先は、誰にも予想がつかない。


 俺の持つ擬態スキル。

 これって、相当なレアスキルだと思う。

 体を変化させるスキルなんて聞いたこともない。


 いや──、もしかしたら、他にも体を変化させるようなスキルはあるのかもしれない。

 例えば、性別だけ変えるとか、年齢を変えるとか。



 他人になり代わることが出来るなんて、スパイにとっては最高のスキルだ。

 だが、絶対、表には出てこないはずだ。それこそ国家機密級の扱いになるだろう。



「あれ、もしかして探索者なんかやらないで、そっち方面の仕事をすれば儲かるんじゃないか?」



 ミッション・インポッシブルのトム・クルーズみたいに、華麗にミッションをこなす俺──。



 だが、もし本当にそういうスパイ組織があったとして、そこに入ったらどうなる?



 スパイの最後は、足抜けしようとして組織に殺されるのが定番だ。

 俺自身は逃げ切れても、──もし家族を盾にされたら?



 俺の脳裏に、牢屋に閉じ込められた妻(まだ離婚していないために巻き込まれた)と娘の姿が思い浮かぶ。



 ダメだ! 二人をそんな目に合わせられない。

 家族を守るために、妻や娘に二度と会えないような生活をするのもゴメンだ。

 スパイ組織に就職するのはダメだ。俺のスキルを表沙汰にするのは、絶対NG。

 ネットで情報を探すのもやめたほうがいい。


 もし迂闊にネットで“スライム 擬態 スキル”みたいなキーワードで検索したら、Gxxgleの社員が、「おい、こいつ変なスキルを持ってるみたいだぞ。広告に、ミドリムシのサプリとか乗せてやろうか? ハァッハッハ」みたいなことを言いながら、俺のスマホに表示される広告を、全部ミドリムシサプリにするかもしれない。


 ……自分でも馬鹿げていると思いつつ、どうにも妄想が止まらない。


 ミドリムシサプリから俺に行き着いて、しかも俺がスライムだということがバレたらどうする!?


 え? スライムからミドリムシサプリが作れるの?

 逃げようとドアを開けたら、目の前にエージェント・スミスが!!




 ……いや、そこまではないな。さすがに。



『山村さんって、ときどきわけのわからないこと考えてて、頭おかしいんじゃないかと思うんだけど。あと、いきなり考えが飛ぶのもやめてほしい。山村さんの中では整合性が取れてるのかもしれないけど、アタシからみたら、考えてることに前後の脈絡がないのよ。何かというと、「そういえば」って思考が脱線してさ』

 吉野さんが極めて冷静に言った。


「うっ……、そっちこそ遠慮もなしにズケズケと言いやがって……。そ、それは、あらゆる状況を瞬時に考えてしまう、天才的な頭脳の持ち主と言えるかもしれないだろ」

 苦し紛れに言い返す。


『ああ、なるほど。なんとかと天才は紙一重ってやつね』

 瞬時に切り替えされた。


「口の減らねえやつだなー。だいたい、お互いの頭の中は覗かないルールだったろうが」

『スキルでドアを作ったって、それが開きっぱなしで丸見えなのよ。しかも、山村さんって頭の中で考えてることをいちいち音声にしてるでしょ。丸聞こえよ。なんて言うのかな……。ちっちゃい子が、トイレのドアを開けっ放しで実況中継してるみたいな感じ』


 もっのすごくダメな子扱いされた気がする。


「クソっ。スキルでドアを作っただけじゃダメってことか。思考の制御ってのは、なかなかうまくいかねーな」

『なにかで読んだんだけど……、何か新しいことを習慣化するには三ヶ月掛かるんだって。まだ脳内同居して3日じゃない。まだこれからよ』



 あー、自己啓発の本に、そんな話があったような気がする。



「気の長い話だ。俺には向かないかもな。でも、それなら吉野さんの考えてることだって、丸聞こえになるはずなんじゃないの?」

『アタシは、スキルの使い方を完璧に覚えたから。やっぱり想像力の差よ。──それに、女は舞台裏は見せないようにできてるの』

「マ、マジで?」


 こっちの考えてることだけポロポロ出ちゃうのって、ズルくない?




 はあ……。擬態スキルの検証方法から目をそむけたくて……、つい余計なことばかり考えてしまう。


 アレだよ、アレ。

 テスト前に掃除をしてから勉強しようと思って、机の上や本棚の整理をしているうちに手に取ったマンガを読み始めてしまう現象。


 まあいい。



 “擬態”か。


 他人をコピー出来るという点だけを見れば、チート級のスキルだと思う。

 だが、そういう破格の能力を使うには、それ相応の犠牲が必要になる。


 俺が思う、他人に擬態する正しい方法とは──



 まず、俺は、スライムに殺され、スライムになった。

 次に、そのスライムを殺した吉野さんになった。


 最初の時点で、本当に俺がスライムになったかどうかは確定じゃない。

 だが、状況的に見れば、そうだったと考えるのが自然だろう。

 今のところ2回も死んでるのに、生きていられるのは、スキルのおかげと言うしかない。



 つまり、“俺は死ぬと、俺を殺した相手に擬態する”能力がある。


 これはもう確定と言っていいと思う。今の俺の姿がその証明。

 一昨日まで36歳のしょぼくれたプーだった俺が、今や18歳のピチピチした女子大生だぜ?


 超笑える。

 ……いや、笑えない。


 マジで嫌な仕様だ。検証するには、“もう1回死ぬ”しかないなんて。

 自分に針を刺す程度の痛みにも耐えられないのに。


 保留だ。保留。

 死ぬって、マジで、文字通り、死ぬほど苦しいから。

 簡単に実行出来ないので、これは後回し決定。

 今度死にそうな目に遭ったときに考える。



 結局、スキルの検証には──



 擬態→死んでみればわかる

 物理耐性→攻撃を受けてみればわかる

 再生→怪我をしてみればわかる

 能力吸収→風魔法を使えるようになるまで修行すればわかる?



「痛い思いしかしねえじゃんかよっ!!」

 思わず叫んだ。


 あまりの鬼畜仕様に涙が出そうだ。


『まあまあ、能力吸収は痛くなさそうよ……たぶん。早く風魔法が使えるようになるといいね~』

 吉野さんがのん気そうに言う。


「はー、自分は魔法が使えるからっていい気なもんだよな」

『ホホホ、まあね』



 しっかし、能力吸収か──。これも謎が多いスキルだ。

 大食いと風魔法という、まったく関連のないふたつのスキルの親ツリーとなっている。


 これって、他の能力も発現させられるということなんじゃないだろうか。

 風魔法は、今のところ使える気がしないし、なにか別の……



「能力吸収だけどさ……、異生物を食べてみたらどうなるかな?」

『それはムリでしょ。異生物は、倒したら食べる前に消えちゃうし』

「それかー。あ、でもスライムは食べたな。一口だけ」


 ダンジョンでは、異生物は死ぬと灰になって消える。この事実は揺るがない。

 だが、俺はスライムに襲われたとき、口に入ってきたスライムを押し返そうと、食いちぎっていた。


 あの一口はどこへ行ったのか。


『えー、ホントに?』

 吉野さんがギョっとした。


「──そのあと自分が食われちまったからなあ。それで何か変化があったかどうかはわからん」

『ウエっ、イヤな死に方……』



 異生物を倒しても、マンガみたいにその肉が切り身になってポロンと落ちたり、宝石や金貨に変わることはない。


 だが、“魔石”ならスライムを倒しても手に入る。



「そういえば、奥田くんが魔石を食ったよな」

『あー、ATP合成がどうのこうのって話があったわね』


 奥田くんは、“魔石が消化できたら、エネルギー生産が加速し、疲れにくくなったり、超人的な体力が得られるかもしれない”と言っていた。

 奥田くんが魔石を食べても、何も起こらなかったが……。普通の人間の体では、魔石は消化出来ないのかもしれない。

 だが、俺の場合は違う反応があるのでは。



 問題は──



「無職の身で、貴重な現金収入になるモノを、バクバクと食えるだろうか……」

 俺は真剣に悩んだ。


『そこは、山村さんの経済状態次第だけど……、先行投資と割り切って食べちゃう?』

「ふっ、俺の銀行残高か。半年は働かなくても……と言いたいところだが」


 家のローンがあって、お国から税金の払込通知書が大量に届いてる時期でもある。

 探索者になるための出費もあったから、せいぜい二ヶ月……。いや、失業保険が入れば、もう少し延命出来るか──


『つまり、あんまり余裕がないって感じね』

「はい」

 素直に認めた。


『じゃあ、取りあえず1回だけ実験してみよ』

「そうだな」


 そのくらいなら構わないだろう。



 俺は、採集袋に入っている、スライムとゴブリンの魔石を取り出した。

 テーブルの上に並べてみると、スライムの魔石は米粒サイズ、ゴブリンの魔石はピーナッツサイズだ。

 ただし、ゴブリンの魔石は……臭い。


「何か……、ダンジョンで拾ったときより臭くなってないか、コレ。腐ったのか? うさぎのフンを魚醤に付けて、長期間発酵凝縮させたような感じだな」

 顔に近づけると、思わず顔がゆがむ。


『うーん、でも、この世で最も臭いと言われる、シュールストレミングまではいかないかな。アタシ、テレビでアレを見てさ、面白半分で買ったのよ』

「まさか、食ったの?」

 イヤそうな顔をしたまま聞いてみた。


『友だちと食べようとしたんだけど、絶対ムリ。だってちょっと穴を開けただけですっごいニオイがするんだよ。家の中で開けたら大惨事じゃん』

「屋外で開けるべきだろ。俺、ニオイがキツイのダメなんだよ。くさやを、一度だけ騙されたと思って試してごらんと言われて食べて、その場で吐いた」


 食べ物をムダにするなと言われても、アレは別だ。


『それを珍味として喜んで食べる人もいるんだから、人間って不思議な生き物よね。まあとにかく、スライムの魔石から試してみようよ』

「うーん、こっちは臭わないな。試してみるか」


 俺はスライムの魔石をつまむと、慎重に口に入れてみた。

 まず、舌の上で転がしてみる。

 特に何も起こらない。


 そのまま飲んでみた。

 米粒サイズの上、無味無臭なので、すんなり飲み込めたが──


 飲んだ瞬間、内臓の奥がジュワッと熱くなる感覚に襲われた。


「んんっ!!?? お、おい、まさか、火がついた? 体の中で爆発しないよな?」

 俺は慌てて飛び上がった。


『えっ!? シュールストレミングみたいに噴き出すの??』

「発酵食品かよ!」


 その場で固まったまましばらく待っていたが、特に何か起こった気配はない。


「はー、何だったんだろう、今の。思わず、変な汗が出たぜ」

 俺は、手元にあったノートで顔を扇いだ。


『その疑問にお答えしましょう。たった今、派生スキルが生えました』

 吉野さんが得意そうな声で知らせる。


「はっ? マジで。どんなスキルだった?」


 特性:擬態→図鑑→人格形成→オートアシスト→丸投げ(完全におまかせ)

  |→特殊効果→女優エフェクト(狙った人をキラキラさせる)

  |→能力吸収→風魔法(グレー文字)

        |→大食い(とにかく死なない)

      |→魔石摂取(一定時間全ての能力が上がる)(*NEW!)



「うおおお!!! マジかよ。“能力が上がる”って──何かすごそう!」



 これは無双出来るスキルなんじゃないの~。

 ついに、俺の時代がキターーー!


 ……のか?



『うーん、そうなんだけど、一定時間ってところが微妙ね。今スライムの魔石を飲んで、何がどのくらい変化があった?』

 吉野さんは冷静に聞いてきた。


「あー……1秒くらい体が熱……暖かくなった……かな?」

『それって何か役に立つ?』

「……思いつかないね」

『うん、私も思いつかない』

「……じ、じゃあ、ゴブリンの魔石を試してみるか」


 ただし、臭い。

 検証のためとはいえ、これを口にするのは──



「ちょ、ちょっと待って。心の準備が……」

『鼻つまんで一気に飲んじゃいなよ』

 完全に人ごとのように言う。


「そう言いながら、いつの間にか意識の主導権を、俺に8割振ってあるのはどういうつもりだよ。さっきは控えめに変えておいて、今度はガッツリかよ」


 安全ピンを刺すときは、そっと俺に主導権を押し付けていたのに、今回は最初から丸投げだ。


『えー、だってピンで刺すより臭いものを口にするほうが勇気がいるじゃん。それに、山村さんのスキルなんだから、山村さん主導でやったほうがいいでしょ? アタシは影から優しく見守っていればいいかなって。──わざわざ臭いの食べたくないし』



 なんという言い草だ。



「俺だって、こんなもの口に入れたくないよ」



 だが、能力が上がるというなら、試さざるを得ない。クソッタレ。



 俺は決死の覚悟で、ゴブリンの魔石を口に入れ、一気に飲み込んだ。




「……何も起こらないな」


 俺は涙目になりながら、込み上げてくる吐き気に耐えた。

 目元を手のひらで拭おうとすると、指についたニオイに悶絶した。


 ソファに倒れ込んだまま、吉野さんに図鑑の内容を確認してもらうと──



『あー、なるほど。そういう理由が……』

「なんだよ、一体」

『今、こうなってるの』



 特性:擬態→図鑑→人格形成→オートアシスト→丸投げ(完全におまかせ)

  |→特殊効果→女優エフェクト(狙った人をキラキラさせる)

  |→能力吸収→風魔法(グレー文字)

      |→大食い(とにかく死なない)

       |→魔石摂取(一日一回、一定時間全ての能力が上がる)(*NEW!)



「一日一回って──なんだよ、おい! 最初から書いておけよ!! ムダにツライ思いをしただけじゃねえか!!!!」


 コンチクショー、ふざけやがって!


『そこは今ゴブリンの魔石を飲んだ結果、わかったわけだしー。せっかく頑張って飲んだけど、魔石代の300円ムダにしちゃったね。明日、もう一度試してみる?』


 吉野さんがかわいらしい声で慰めてくるが、なんか余計に腹が立つ。


「ウェーっ、もうヤダ……。二度とやりたくない。口の中が気持ち悪いし。何か飲みたい……」

『牛乳飲んだらいいんじゃない? ニオイ消しになるよ』


 俺は、ヨロヨロしながら冷蔵庫まで行き、牛乳パックを取り出す。

 牛乳をコップに注ぐ手間を省いて、そのまま全部飲んだ。

また、キリの悪い……

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