2025年5月4日(日)スキルの検証
探索を終えるには早い時間だったが、パーティーメンバーたちが俺の体調を気にして、地上まで一緒に戻ってくれた。
彼らとは、またパーティーを組みましょうと約束しながら、友好的に別れた。
道中で手に入った魔石は参加者で均等に分配したが、一人千円分にもならなかった。
わざわざ並んでまで、小銭の換金をしに行くのも面倒くさいので、そのまま採集袋に入れてカバンにしまった。
途中のコンビニで晩メシを買って家に帰る。
なんとなく風呂に入りたかったので、掃除をしてさっさと湯船に体を沈める(吉野さんが)。
体にまとわりつく死のニオイを、早く洗い流したかったのかもしれない。
外が明るいうちに風呂に入るという贅沢。
世の中の大半の人間はアクセク働いている時間だというのに。クックック。
──いや、連休中か。
チッ。
どうにも気分が落ち着かず、すぐに何かを食べる気が起きない。
ソファに座り、アルコール低めな白いサワー(吉野さんに配慮して)を飲みながら映画を見る。
笑える話を見る気分ではなかったので、黒澤明の作品から、名作と名高い渋めの一本をセレクト。
画面の光が部屋に動きを与え、一人きりの部屋に少しばかりの賑やかさが生まれる。
たまたま選んだとはいえ、この映画。なにか自分が漠然と思っていたことの答えを、偶然引き当てた気がした。
主人公の人生に自分が重なる。
映画を見終わってから、ちょっとだけ部屋を片付ける。
なぜか居住まいを正さなくてはいけない気になったのだが、何から手を付けたらいいのか検討もつかない状態なので──ほんの気持ちだけ。
そういえば、昔、会社の新人研修で、“机の上の状態が自分の心理状態”って言われたっけ。
少し気持ちが軽くなったところで、ソファに座り、今日あったことを思い返した。
結局、吉野さんに意識の主導権を渡せば、普通に風魔法は使えた。
だが、俺が自分で風魔法を使おうとしても、どうやっても使えないままだった。
俺の意識(無意識?)がジャマをしているらしいが、特に思い当たる原因もない。
俺だって、魔法が使えるものなら使いたいのに。
ちなみに、図鑑スキルが成長したので、俺から見た吉野さんのデータは、こんな感じに変わった。相変わらず各スキルの詳しい内容はわからないが、少しは説明が入るようになった。
名前:吉野美玲
分類:女、学生
タイプ:真面目、根性
身長:156cm
体重:44kg
特性:風魔法→ゼフィール・エテレ(軽やかな風が相手にまとわりつく)(*NEW!)
|→ヴァン・ダルジャン(速くて鋭い風で相手をつらぬく)(*NEW!)
|→グリフ・デュ・ヴァン(鋭い爪のように相手を引き裂く)(*NEW!)
擬態(機能限定)(*NEW!)
今までと変わったのは、風魔法の詳細が載ったのと、グレー文字だった『擬態』スキルが、機能限定とは書いてあるけれど、普通の白文字になった。
擬態スキルは俺のスキルだから、吉野さんには使える機能が限られているとか、そんな意味だろう。
どうでもいいけど、魔法名に、ジャンとか、ヴァンとか付いていると、字面からして風魔法っぽく見える気がするのが不思議だ。
日本語でウワンって言っても、風がうねるような感じがするもんな。……オトマトペって言うんだっけ? 音に意味が生じるって意味では、実に呪文に向いた言葉だ。
そして、吉野さんから見た俺のデータはこうだ。
名前:山村 荘太郎
分類:無職
タイプ:こだわりが強い
身長:──
体重:──
特性:擬態→図鑑→人格形成→オートアシスト→丸投げ(完全におまかせ)
|→特殊効果→女優エフェクト(狙った人をキラキラさせる)
|→能力吸収→風魔法(グレー文字)
|→大食い(とにかく死なない)
相変わらず無職かよとツッコミたくなるが、自分でもどうせ探索者なんて長く続けられないと思っているので、そのせいかもしれない。
こうして改めて自分のスキルを眺めてみると、自分の密かな願いもスキルとして可視化されてしまうことに、居心地の悪さを感じる。
どうしても人に見せられないようなスキルが生えたとき、吉野さんにどう言い訳をしたらいいのか。
……まあ、そのときはそのときだ。
政治家がよく言う“丁寧な説明”をすれば、わかってもらえるはずだ。
つまり、“上手にごまかせ”ってことなんだけどな。
吉野さん相手に、全然通じる気がしない。
「どうせなら、全項目に詳細を載せてくれればいいのに。中途半端だなー」
居心地の悪さをごまかすように、不満を口にする。
『表示する幅がないからじゃない? 改行したらレイアウトが崩れちゃうでしょ』
「それはまた、面倒な設定を……。スキルが増えていったら、どうやって表示するんだよ。こんなの設計ミスだろ」
ブツブツと文句を言い続ける。
『それって……山村さんが設計してることになるんじゃないの?』
「──あ。そうか。ふ~ん、……そうだな」
一瞬でブーメランが返ってきた。
「だったら、タップしたら詳細表示とかに変えられないかな……」
少々気恥ずかしく、髪をいじってごまかす。
『そこは次回までの宿題ね。ぜひ改善してみて』
吉野さんがクスっと笑いながら言った。
「んで、吉野さんの魔法……ゼフィールとか、バンってのは何だ?」
『バンじゃなくてヴァンね。上の歯で唇を軽く噛んでVの音、そのまま鼻から抜けるようにアとオの中間みたいな音を出してみて』
「……鼻に抜ける“ヴオァン”? えーと、ヴァ〜ン……ダル……グシュン、みたいな?」
『ちがう。くしゃみじゃない』
俺にフランス語の才能はないようだ。
『ヴァン・ダルジャンは空気銃みたいなやつで、一番最初にできた魔法。でも、音がうるさかったから、もっと静かな魔法を作ろうと思ってできたのが、ゼフィール・エテレ。グリフ・デュ・ヴァンは、山村さんのリクエストで作った、今のところ最強の魔法ね』
そういえば、講習会のときに、既に二種類の魔法を使い分けてたな。
マジで、吉野さんって天才かよ。
「最初から魔法に名前付いてた? グリフ・デュ・ヴァンしか命名してなかったんじゃないの?」
『後付けだけど、ちゃんと名前は考えたわよ。名前がないとイメージがブレるから。魔法って、使うときのイメージが大事なの』
「はあ、そういうもんかね」
ネーミングセンスのない俺にはわからない、吉野さんなりのこだわりがあるらしい。
『それより、山村さんのスキルの表示順に違和感があるなー』
「ん? どんなところ」
『最初に風魔法だけが表示されてて、あとから能力吸収が追加されたでしょ? それが変だなって思って。アタシの場合は、段階的にスキルが増えてるのに』
「つまり?」
『アタシのは規則正しく成長していく感じだけど、山村さんのはランダム設計っていうか、欠陥住宅みたいに、あとからポコポコ出てくる感じ』
「おい」
『山村さんの素直じゃないところ。やっぱ性格って、スキルにも出るのかもね』
人を欠陥住宅に例えるとは失礼な。
スキルの話が一段落したところで、もう一本映画を見ながら晩メシを食べる。
後片付けをして、歯を磨くか迷う。このまま寝るなら歯を磨くが──
時計を見ると、まだ9時半。
一日がやけに長い。
歯を磨いたあとに何か食べるのがイヤなので、歯磨きは後回しにする。
梅酒の炭酸割りを作って、ぼんやりテレビを眺める。
連休中なので、イベント関連の話題が多い。
「俺が地面の下にいる間も、世の中は動いてんだよなー……」
改めてダンジョンに入ってみて、やはり自分が一度死んだ身であることを確信した。
死ぬという経験自体はショックだが、自分の中に「今、死んでます」と自覚する瞬間もないし、朝起きて目が覚めるのと何も変わらない。
悩んだところでどうしようもないので、その部分はまあいいかと思った。
最後に強く願った、“もっとマシな人間になりたい”というイメージが、文字通り“今の俺じゃない、他の誰かに姿形を変える”スキルとして発現した。おそらく──スライムに襲われた、あの瞬間に。
だが、それを叶えるための“俺の体”は、スライムに喰われて、きれいさっぱりなくなった。
つまり、俺の体は存在しない。
もう二度と山村荘太郎には戻れない。
「はああああ……、そういうことなんだよなああああ──……」
俺はソファの上でひっくり返って天井を見上げた。
「スライムにかかれば、人間の体なんてあっさり消えちまうんだなー。36年も生きてきたのに……」
別にイケメンってわけでもなかったが、長年慣れ親しんだ自分の体に愛着はあった。それが無くなったことに対して、無念というか、なんとも言い難い感情が沸いてくる。
今の俺は、スライムになった人間だ。──いや、人間になったスライムか?
「どっちでも変わんねえか……」
そういえば、さっき見た映画は、ハエと合体しちゃった男の話だ。リメイクじゃない古いほうの。
スライムよりハエのほうがマシか?
だが、あの死に方……。
まあいい。
「もう元の体には戻れないんだな、あー……クソ」
ソファにひっくり返ったまま、手のひらで顔を覆う。
『そこは、まだ確定じゃないでしょ。スキルが成長すれば、どうにかなるんじゃないかな』
落ち込む俺を見かねたのか、吉野さんが口を挟んできた。
「そう……思いたいけどな」
俺は、飲み終わった白いサワーの缶を手で潰し──
……潰れない。
『プロレスラーじゃないんだから、手で潰せないわよ』
場の雰囲気を変えるように、吉野さんが明るい声を出した。
「アルミ缶だぞ? 潰せるだろー」
『真ん中は潰せても端っこはムリでしょ』
「んなわけあるか。単にこの体が非力なだけだろうが」
俺は強めに反論した。
何しろ、この体は華奢すぎる。
『普通は足で踏んで潰すんです。いつもゴミ出しするときどうしてたの?』
吉野さんがすかさず突っ込んできた。
「あー、潰さず、そのまま捨ててたな」
声が少々小さくなる。
『山村さん……ゴミ出しのルール読んでないでしょ。潰さずに缶を捨てると、かさばるでしょ? 回収する人が大変だなって思わない?』
……まるで、母親に小言を言われてるみたいだ。あるいはふみかか。
「……なるほど、そういう理由があったのか」
『これで、山村さんの生活レベルが上がったわね。あ、あと潰す前に水ですすいでね。そのまま捨てると臭うわよ』
ク、クソっ、言い返せない。
まあいい。
台所に行って、缶を水ですすぎながら、視界に映る自分の手を見る。
俺の認識と違う、女の子みたいな白くて細い指。
「いや、女の子か──今の俺は」
この先どうなるかわからないけど、少なくとも当面は、この“吉野さんの体”で生きていくしかない。
見慣れない体。肌や髪の感触も、俺の知っているものとは違う。
ふと、奇妙な違和感を感じた。
肌が……キレイ過ぎないか?
小さな古傷さえ見当たらない。
少し不思議な気がした。まるで生まれたての卵のようにツルンとした肌に見える。
女性が理想とする、毛穴の見当たらない陶器のようなスベスベ肌と言うべきか。
「吉野さんも貴族のご令嬢ってワケじゃないんだから、体に小さい傷ぐらいありそうなもんだけど」
『それなら……、ダンジョン災害のときに転んでできた、大きめの傷跡が右膝にあるはずよ』
すぐに右膝を見てみたが、それらしい傷跡は見当たらなかった。
ちょうどいいところで切れずにすみませぬ……




