2025年5月4日(日)午前9時 再びダンジョンへ
第三章スタートです。
再びダンジョンにやってきたけれど……。
俺はナンブにやって来た。
今日は、自分のスキルの確認が第一目的だ。
特に気になるのは『擬態』。
どうやって吉野さんになったのか、いまだにわからない。
あと、スキルの働きが、地上とダンジョンでどのくらいが違うのか──それも確かめたい。
そして、アレだよアレ。グレー文字だった“風魔法”。
吉野さんが俺のスキルを使えたってことは、俺も彼女の魔法が使えるはず。
やっぱり使ってみたいじゃん、魔法って。
そう意気込んで来たものの、前回スライムにひどい目に合わされている。とてもじゃないが、ソロで入るのは気が乗らない。説明会でも、ソロはダメだと散々言ってたし。
ベテラン探索者はソロでも入るが、それはそれ相応の実力があるからで、こっちは全身初心者装備のビギナーだ。このままダンジョンに入ったら、どうしたって悪目立ちする。
パーティーを組むのはいい。問題は、どうやって仲間を見つけるかだ。
俺は、この点をまったく考えてもいなかった。
何となく、入口前に人待ちっぽい探索者は数名いるが、声を掛けていいものかどうか……。
あからさまにガラが悪い男とパーティーを組むのは論外だが、ゲームみたいに酒場でメンバーを集めるわけでもないし、大声を出してメンバーを募集している人もいない。
吉野さんは、大学のサークルメンバーとダンジョンに来るつもりだったので、野良パーティーの入り方など知らなかった。
しばらくダンジョン入口でウロウロしていると、男性グループが声を掛けてきた。
「一人で来たの?」
「よかったら一緒に行かない?」
助かりますと言いかけたが、脳内で吉野さんが待ったを掛けた。
初心者装備で困った顔をした女の子が一人でいたから、親切心から声を掛けてくれたのかもしれない。
だが、今の俺はか弱い18歳の女の子でしかない。女性の身で知らない男だけのグループに入ると、面倒が起きる可能性もある。
吉野さんの判断は早かった。ここはスルーしろ、とのこと。
「友だちと待ち合わせてるんで、大丈夫です」
俺はかわいらしい笑顔でやり過ごした。
しばらく待つと男女4人のグループが来た。どうやら学生のようだ。
俺は、吉野さん監修のもと、精一杯甘え上手な女子大生を演じてみた。
「あのー、友だちとダンジョンに入る約束してたんですが、ドタキャンされちゃって。ソロだとまだ怖いし、この前魔法が使えるようになって、色々試したてみたいんですよ。お邪魔にならないようにしますので、同行させてもらえませんか?」
向こうのグループも魔法に興味があるようで、快く了承してもらえた。
吉野さんからもクレームは入らなかった。どうやら、女子大生らしく自然に振る舞えたらしい。
彼らと一緒にダンジョンに入る際、スキャナーの画面が他人からは見えないようするため、俺はさり気なく最後尾に並んだ。
ヤマムラ ソウタロウ
Registration Code: 14111-766732M
Achieve : 1F
Location:Konan 003, Yokohama City, JPN
2025,0504,0936 : IN
スクリーンに表示されたのは、俺の名前だった。
この本人認証システムは、深域管理機構の自信作だ。偽造や不正はあり得ない。
24時間吉野さんと一緒にいるせいか、俺はだんだん自分が山村荘太郎なのか吉野美玲なのか、わからなくなってきていた。
この認証画面を見て、二日ぶりに、自分は山村荘太郎だと証明されて、心底ホッとした。
そういえば、俺が行方不明になった件はどうなったんだろう。
あのゴッツい人、向井さんって言ったっけ。わざわざ俺を探してダンジョンに入ってきてくれたけど──、そのときにはもう、俺は吉野さんの姿になっていた。
いくら探しても、見つかるわけがない。
あのあと、退場の記録は付いたはずだから……そんな大ごとにはならなかったのかもしれない。一応、注意くらいはされるかと思ってたんだけどな。
結局、ダンジョンでは何があろうと自己責任ってことか。
向井さんも、“深域管理機構は、ダンジョン内の安全を保証する機関ではない”みたいなことを言っていたし。
まあ、放っておいてくれたほうが、こっちも助かる。今の状況で目立ちたくない。
ふと、「この人、もう人間じゃありませんよ」みたいなアラートが鳴ったらどうしようと思い、俺は足早にゲートから離れた。
***
神奈川県深域管理機構、港南支部の3階には、ダンジョンの入退場を監視するセキュリティルームがある。壁一面にいくつものモニターが並ぶその部屋に、『注意』を知らせる緑色の点滅とブザーが鳴った。
アラームには3種類ある。
要確認の『注意』と、警戒を促す『警告』、緊急時の『警報』だ。
警備員がスクリーンを確認した。
映っていたのは、小柄な女性がゲートを通過する場面だった。
入場者の記録を見ると──
ヤマムラ ソウタロウ
Registration Code: 14111-766732M
Achieve : 1F
Location:Konan 003, Yokohama City, JPN
2025,0504,0936 : IN
ヤマムラという男には、初回の実技講習で一時行方不明になったという記録があった。
当日に退場したログが残っていたため大事には至らなかったが、後日事情を聞くことになっていた。
しかし、名前からして、スクリーンに写った人物は、どう見てもバンドの持ち主ではなさそうだ。
腕のバンドを他人と交換することは規約違反だが、それ自体を取り締まる法的根拠はない。だが、ダンジョン内の犯罪を野放しにするわけにもいかなかった。
ダンジョンが出来た当初、高額なダンジョン資源をめぐって争いになり、行方不明になったり、殺害される探索者が少なくなかった。
ダンジョン内では無敵の強さを発揮する探索者でも、地上に出れば弱体化する。ダンジョンの内外を問わず、探索者には危険がつきまとうようになった。
本人になり代わって資源を売り払えば、大儲けが出来る。
ダンジョン資源を売りに来た探索者を拉致し、場所を聞き出したあとに殺害する事件も起きた。暴力団関係者の関与が疑われたが、決定的な証拠は見つからなかった。
そこで取られた対策は、採取した資源と本人を紐づけることだ。滞在した階層と売りにきた資源のデータに乖離はないか、厳密にチェックされるようになった。
不正な転売を防ぐため、厳格な本人認証が求められた。
指紋、声紋、網膜での認証では不十分だったため、新たなシステムが導入された。
魔石共鳴型量子DNA認証システム(MQD)だ。
この技術は、探索者のDNA分子が持つ微細な量子状態を検出し、個人ごとに異なる振動特性を解析する。
さらに魔石の特性を利用し、DNA配列だけでなく、細胞内の微弱なエネルギー反応もスキャンすることで、より正確な個人特定が可能になる。
このシステムは絶対に破られないと、開発会社は言い切った。
もしこの本人認証システムがハッキングされたら、誰も安心して探索業が出来なくなるだろうとも。
しかし、今、警備員の目の前で、ヤマムラ ソウタロウとは別人と思われる人物がダンジョンに入っていった。
なりすましがあれば、黄色い『警告』のランプが付いて、盛大にアラートが鳴るはずなのだ。見逃しはありえない。
一体、どうやって……。
警備員はアラームを『注意』から『警告』に切り替え、報告書にこう記した。
要注意人物:ヤマムラ ソウタロウ
監視レベル:警告 脅威度2
──と。




