2025年5月2日(金)青年の望みとは
「ボクは嫌ですよ、不老不死なんて。死にたいときに死ねない不便なスキルみたいなものだと思いますし。まあ、それより……」
章平はそう答えながら、チラっと横目で時計を見た。
すでにニューヨーク市場はオープンしている。
彼はダンジョン資源関連のニュースを流し読みしながら、モニターに関連銘柄のチャートを開いていった。
米国のスプリングフィールド・アームズが、魔石を使って銃火器の威力を上げる実験に進捗があったと発表し、市場は大いに盛り上がっていた。
「そろそろ、ダンジョンも弓から銃の時代になるのかな……」
章平は叔父との会話を切り上げ、モニターに集中しはじめた。
現在、ダンジョンで主に使われているのは、鈍器や剣、弓といった武器だ。
いずれも、魔石を素材に用いるほど威力が増すといわれている。
より深い層に進むと、通常の銃火器ではまるで歯が立たなくなる。そのため、魔石を用いた新型銃火器の開発が急ピッチで進められていた。
NYダウは、一気に869.22ドル高へ。
章平は素早くチャートをチェックし、椅子の上で体育座りの格好になり、淡々と売買を始めた。
章平の日常は、株取引と事務仕事、たまにダンジョンだ。
外部との交流がない章平にとって、株の世界だけが自分の存在意義を感じられる場所だった。
章平は、叔父と一緒に探索した際の売却益の一部を、取り分としてもらっている。それを原資に、株は章平が自分の裁量で自由にやっていた。
ダンジョン災害の前、銀行で10年定期を組んでも金利は0.012%、株取引での平均利回りは10%にも届かない程度だった。
現在、ダンジョン資源を扱う会社の株は、一時期の混乱を抜け出し、概ね順調に伸びている。章平が運用する株も、この2年は運用利益が年率35%を超えていた。
といっても、章平も、ここまで順風満帆に資産を増やしてきたわけではない。
通信教育で高卒の資格は取ったが、株取引はまったくの素人だった。
初めて買った会社の株がたまたま高騰し、大勝ちしたことがあった。気を良くした彼はさらに大きく勝負に出たが、相場が反転し、ほとんどの資金を失ってしまった。
叔父が命がけで稼いだ金を溶かした章平は、そのストレスで胃に穴が空いて緊急入院した。
「そんなのはした金だ。すぐ取り返せる」
探索者として順調にキャリアを積んでいた叔父は、そう言った。
実際、たいしたことはなかったのかもしれない。叔父は趣味の車に大金をはたき、どこかのクラブの女に入れ込んでは金を使い果たし、またダンジョンに潜る。その繰り返しだ。
亡くなった母が生前、叔父にも結婚を考えていた女性がいると話していた。ダンジョン災害の後、その人とどうなったのか、叔父本人に聞いたことはないけれど。
退院後、章平は叔父からダンジョン探索に誘われた。
暴力沙汰が多いとはいえ、世間的には、ダンジョンは魔法が使えるレジャーランドのような扱いになりつつあった。
叔父は、章平の気分転換になればと思ったのかもしれない。
だが、臆病な性格の章平は、ビクビクしながら叔父の後ろを歩いただけだった。
ダンジョンでスキルを取得できる人は少ないが、予想外なことに、章平はすぐにスキルを取得した。
しかし、希望していたスキルではなかったため、章平のダンジョンに対するモチベーションはすっかり冷めてしまった。
スキルを駆使してダンジョンで戦う叔父は、章平にとってヒーローそのものだ。
叔父は章平のスキルこそ“最高のスキル”だと何度も言ったが、章平自身にその自覚はなかった。
武器を手に敵と戦うわけでもなく、危険が迫れば逃げるだけのスキル。
叔父は自分のスキルを絶対他人に漏らすなと言ったが──もとより、誰にも話す気などなかった。
堅実だが地味過ぎる。それが、彼の正直な気持ちだった。
攻撃スキルのない章平には、ダンジョンに居場所はなかった。
叔父の足手まといになっているのではという思いもあり、自分から積極的にダンジョンに足を運ぶことはなかった。
叔父が将来のことを考えてくれていることは理解している。
だが、今の自分は、まるで箱の中に閉じ込められているようだ、と思っていた。
株取引なんて、数字を動かすだけの作業に過ぎない。
災害前も、今も、人の価値観なんてたいして変わっていない。
「若いうちは外に出て働かなきゃダメだ」
「株とか、ラクして儲けようとすると失敗するぞ」
何も知らない連中が上から目線で、同じような言葉を無遠慮に浴びせてくる。
そういう言葉に囲まれるたび、息苦しくなる。
自分のやり方を全否定されているみたいで。
彼にとって、株取引も、人生も、感情で動かすものではない。
決めた値でキーを押す。熱くなったら負けだ。
彼が守るのは、自分が決めたルールだけだ。
それさえ守っていれば、余計なものに振り回されることはない。
章平は、自分の人生をコントロールすることを望んでいた。
誰にも心を乱されずに、自分だけの世界を守れればいい。
彼は、そう信じていた。