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リファイン ─ 誰でもない男の幸福  作者: かおる。
第二章

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13/209

2025年5月2日(金)そしてどうなった?(改)

第二章スタートです。

 どのくらい時間が経ったのか。

 何か大事なことをしないといけない気がした。

 だが、何も考えられず思考がまとまらない。体がふわついていて、自分が本当に存在しているのかも曖昧だった。



 ふと、体に何の痛みもないことに気がついた。



 助かったのか?



 体の様子を見ようとしても、体の動かし方が分からない。

 まるで泥の中に深く入り込んでいるようで、思ったように動けない。


 目をこらして見ようとしても、ぼんやりとした明かりがあることが分かるだけ。

 近くで誰かが話している声がするが、水の中から聞いているように、くぐもった音しか聞こえない。



(誰か……)



 声が──声ってどうやって出すんだっけ?



 誰かが俺を呼んでいる。


 そっちへ近づきたいのに、別の何かが俺をもっと深い場所へ引きずり込もうとする。


 頭の中が霧で覆われているように、ハッキリと物を考えることができない。

 俺は、引きずられまいと必死にもがいた。



 助けを求め、声のするほうへ懸命に腕を伸ばそうとした。



 ***



「ねえ、山村さん帰っちゃったのかな?」

 吉野は辺りを見回す。


「いけない。もうこんな時間。すぐ戻らないと」

 長井はスマートバンドに目を落とし、時刻を確認した。


「奥田さん、もう戻りましょう~、そっちに山村さんいます?」


 スライムの観察に夢中になっていた奥田は、腰を反らして大きく伸びをした。


「いいえ、見当たりませんね」

「みんなで長々とスライム観察してたから、呆れて帰っちゃったのかしら」

「面白いのにねぇ。やっぱり年の差? 山村さん、36歳って言ってたっけ」

 吉野はそう言いながら、集めた魔石を採集袋にしまった。


「探索者って、自衛隊と初期からやってるベテランを除けば、20代ばっかりなんだって。よくあの年でやろうと思ったよね」

「若い人のほうが柔軟性があるから、スキルが出やすいみたいだしね」

 長井も、荷物を片付けて帰り支度を始めた。


「本格的に探索者をやるなら、スキルは必須ですね。吉野さんはどうするんですか? 探索者になります?」

「えー、アタシは大学入ったばっかりだし、取りあえず普通に学校かな。サークル活動でたまにナンブには来ると思うけど、ガッツリやるかどうかは微妙。バイトより稼ぎがいいなら迷わないんだけどね」

 吉野は渋そうな顔をした。


「そうですか……。魔法が使えるなら、ベテランのパーティーから誘われるんじゃないですか? きっと稼げるようになりますよ」

「だといいんだけど」


 奥田にそう言われ、吉野は微笑んだ。


「今回は実技講習とはいえ、とてもいい連携が取れていたと思います。吉野さんも長井さんもありがとうございました」

 奥田は丁寧に頭を下げた。


「うん、アタシもそう思う。またみんなで組みたいねー」

「こちらこそ。奥田さんがダンジョンに詳しくて、すごく助かったわ。それに……後半の山村さんも、落ち着いてゴブリンを倒してたし。いいパーティーだったわね」

 長井も頷きながら礼を言った。


「うん。パニックから立ち直るのって難しいのに、頑張ってたと思う。山村さんって、意外と探索者向きかもねー。あ、もしかして、すっごいスキルが覚醒して、ダンジョンから飛び出してっちゃったんじゃないの?」

「まさか、それはないでしょう。仕事や家庭のことでいろいろあったみたいですけど、それでも自分を変えようとして飛び込んできた。すごい勇気ですよ。──まあ、その分何をやらかすか分からない感じもありましたが」

 奥田は、山村の行動を思い返す。


「……やっぱり、心配だな。黙っていなくなるなんておかしいわ。どこかで怪我をして動けなくなってるんじゃないかしら」

「ダンジョンの出入りは記録されてますから、いつまでも退出記録がつかなければ分かりますよ。取りあえず、まわりを確認しながら戻りましょう。見つからなかったら実技講習の監督官の──向井さんでしたっけ、彼に報告ですね」

「そうね……」


「おーい、山村さん。まだこの辺にいたら帰るよー」


 吉野は周囲に聞こえるよう、大声で呼び掛けた。




 しばらく待ってみたが、何の音も聞こえなかった。



「あ、あそこ見て」


 長井が声をひそめて指さした先には──



 奥まった壁際の暗がりを覗くと、スライムたちが群れていた。

 その中から一体だけ、エサをねだるようにじわじわと体を伸ばし近づいてきた。



「何、このスライム。こっちに近寄ってくるよ」

 吉野は興味深げにスライムを見つめた。


「エサが欲しいのかしら。他のスライムはあんまり動かないのに、この個体だけやけに行動派ね」

「餌付けしたせいかな。エサのニオイに寄ってきてる……?」

 奥田は首をかしげた。


「放っておいたら生態系が壊れたりして」

「それはないですね」


 吉野が冗談めかして言った言葉に、奥田は即答した。


「さっき山村さんにも言いましたが、異生物は共食いをしません。人間を襲うのも、食べるためではなく縄張りを守るためだと思います」

「でもさ、それは通常なら──でしょ? 何事にも例外はあるじゃん。もし、特殊な個体が現れたらどうなるのかな。そこの……変な動きをしてるスライムみたいな感じで」

 吉野は、気味悪そうに眉を寄せた。


「放置したら、事故の原因になるかもしれないわね。倒しておいたほうがいいかしら」

 長井は、腰に下げたナタにそっと手をやる。


「じゃあアタシがやるよ。せっかく魔法を覚えたんだし。そういえば、呪文があったほうが攻撃力が上がりそうな気がするんだよね。何かいい言葉はないかな……」


 吉野は考え込むように片手をくるくると回しながら、にじり寄るスライムを見据えた。


 だが、急に呪文を思いつくこともできず、明確なイメージのないまま放たれた魔法は曖昧な軌道を描いて飛んでいった。


 真っ二つに切られたスライムは、なんとか体を保とうともがき続けていたが──


 やがて、諦めたように灰になった。



 ***



 意識が途切れていたらしい。

 悪夢でも見ていたのか、拷問のような苦痛に苛まれていた気がする。


 溺れていた人が息を吹き返すときのように、俺は何度も咳き込んだ。

 喉に違和感がある。



「ぐっ……う、ゴホっ」



 目を覚ますと、手のひらに硬い床の感触があった。不自然な姿勢で倒れたままだったのか、関節が痛む。両手を地面について体を起こそうとするが力が入らない。目を開けても、しばらく焦点が合わなかった。


 ぼんやりとした光が収束していくように思考が活動し始め、自分の輪郭がしっかりと形作られていくのを感じた。

 まるで深海の底から、ゆっくり海面に浮かび上がってくるような浮遊感。


 声を出そうとすると、舌が口蓋にピタリと張りついて動かせない。

 体中のパーツが、真空パックから出されたばかりのように感じる。


 少し力を入れると、パリパリと舌がはがれ、動かせるようになった。

 軽いめまいを覚えながら体を起こす。腕で目元をぬぐうと、ゴワゴワしたジャケットの感触がした。


 目を開けると、今度ははっきりと周りを見ることができた。

 湿り気を帯びた空気を肌に感じ、雨上がりの土のような匂いがした。



 どうやら意識のない間、ずっとダンジョンの中で倒れていたらしい。



「う……だ、誰かいますか?」

 俺は、あたりを見回しながら声をあげた。



 ん? 声が、やけに甲高い。

 な、何だ──俺の声じゃないぞ。



 思わず手を首に当てた。

 グローブ越しに感じた感触が、他人の体のように感じた。

 視線を落とすと、ダンジョンに入る前に着た探索者用の作業着とグローブが目に入った。



 こんなに小さかったか、俺の手?



 ポケットに入れていたスマホを取り出す。



「はァっ!? 何だコレ。だ、誰のスマホ??」



 スマホの外側はやたらデコられていた。

 しかも俺の黒くてゴツいカバーと違って、パープルのグラデーションが入ったシャンパンゴールド。



 女子大生が持ってるようなスマホだが──何で??

 っていうか、さっき吉野さんが使ってたスマホがこんな感じだったような……。



 起動画面は俺のスマホと同じだが、顔認証が効かない。


 急いでグローブを脱ぐ。

 指紋認証でも弾かれた。


 震える指でパスコードを入力して画面を開き、カメラを起動して自撮りモードに切り替えた。



「はあああああァーーーーー!?」



 画面に写った顔を見て、俺は叫び声をあげた。

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