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2025年5月2日(金)そしてどうなった?

第二章スタートです。

 どのくらい時間が経ったのか。

 何か大事なことをしないといけない気がした。

 だが、何も考えられず、思考がまとまらない。体がふわついていて、自分が本当に存在しているのかも曖昧だった。



 ふと、体に何の痛みもないことに気がついた。



 助かったのか?



 体の様子を見ようとしても、体の動かし方がわからない。

 目をこらして見ようとしても、ぼんやりとした明かりがあることがわかるだけだった。

 人の気配がするのでそちらへ行こうとするが、体が泥の中に深く入り込んでいるようで、思ったように動くことが出来ない。

 近くで誰かが話している声が聞こえるが、水の中から聞いているように、くぐもった音しか聞こえなかった。



(誰か……)



 声が──声ってどうやって出すんだっけ?



 頭の中が霧で覆われているように、ハッキリと物を考えることが出来ない。ただ、何かしなくてはという思いだけが湧き上がってくる。



 一体、何を。



 腕を上げようとしても、何か分厚いものに覆われているようで、なかなか腕を動かすことが出来なかったが、俺は助けを求めて声のするほうへ懸命に腕を伸ばそうとした。



 ***



「ねえ、山村さん帰っちゃったのかな?」

 吉野は、辺りを見回しながら言った。


「いけない。もうこんな時間。すぐ戻らないと」

 長井はスマートバンドに目を落とし、時刻を確認した。


「奥田さん、もう戻りましょう~、そっちに山村さんいます?」

「いいえ、見当たりませんね」

 スライムの観察に夢中になっていた奥田は、腰を反らして大きく伸びをした。そして、荷物を片付け、二人と合流した。


「みんなで長々とスライム観察してたから、呆れて帰っちゃったのかしら」

 長井は視線を巡らせ、静かに周囲を確認した。


「面白いのにねぇ。やっぱり年の差? 山村さん、36歳って言ってたっけ。これがジェネレーションギャップっていうやつ?」

 吉野は、そう言いながら、集めた魔石を採集袋にしまった。


「探索者って、自衛隊と初期からやってるベテランを除けば、20代ばっかりなんだって。よくあの年でやろうと思ったよね」

「ボクは、何歳でもやりたかったらやってみたらいいんじゃないかと思いますけど」

「それはそうだけど……。若い人のほうが柔軟性があるから、スキルが出やすい傾向はあるみたいよ」

 長井も、荷物を片付けて帰り支度を始めた。


「スキルは生えない、バイトするのと変わらない稼ぎじゃ、探索者なんて長く続けられないよね~」

「本格的に探索者をやるなら、スキルは必須ですね。吉野さんは、魔法スキルも取得出来ましたし、このあとどうするんですか? 探索者になります?」

「えー、アタシは大学入ったばっかりだし、取りあえずは普通に学校に行くよ。サークル活動でたまにナンブには来ると思うけど、ガッツリやるかどうかは微妙。一緒に組むメンバー次第かな。バイトより稼ぎがいいなら迷わないんだけどね」

 吉野は渋そうな顔をした。


「ふむ、そうですか。探索者をやるなら、どんな人とパーティーを組むかは、とても大事ですね。魔法が使えるなら、引く手あまたでしょう。きっと稼げるようになりますよ。今回は実技講習とはいえ、パーティーとして、とってもいい連携が取れていたと思います」

 奥田くんは満足そうな顔をした。


「うん、アタシもそう思う。またみんなで組みたいねー」

「そういえば──、美玲が落ち込んでる山村さんを激励してるところは面白かった」

 長井が、思い出したように少し笑った。


「ああ、ボクも感心しました。落ち込んでいたパーティーメンバーのやる気を引き出せるなんて、吉野さんはリーダー向きですね」

「えー、そんな大層なことしてないよー。四人しかいないパーティーで一人が戦闘不能になっちゃうと、全体に影響するでしょ? 生き残るために必要かなって思っただけで。別に、慈愛の心で助け舟を出したってわけじゃないんだけど……」

 吉野は照れくさそうに笑った。


「そういう判断が瞬時に出来るのが、リーダーの素質なんですよ。吉野さんの判断力と、長井さんの冷静さ──。今回は本当に二人に助けられました。ありがとうございます」

 奥田は、二人に丁寧に頭を下げた。


「こちらこそ。奥田さんがダンジョンに詳しくて、すごく助かったわ。それに……後半の山村さんも、落ち着いてゴブリンを倒してたし。いいパーティーだったわね」

 長井も、微笑をうかべて礼を言った。


「うん。パニックから立ち直るのって難しいのに、頑張ってたと思う。山村さんって、意外と探索者向きかもねー。あ、もしかして、すっごいスキルが覚醒して、ダンジョンから飛び出してっちゃったんじゃないの?」

「まさか、それはないでしょう。年齢のこともあるし、仕事や家庭のことで色々あったみたいですけど、それでも自分を変えようとして飛び込んできた。すごい勇気ですよ。──まあ、そのぶん何をやらかすかわからない感じもありましたが」

 奥田は、山村の行動を思い返しながら言った。


「やっぱり、心配だな。黙っていなくなるなんておかしいわ。どこかで怪我をして動けなくなってるんじゃないかしら」

「ダンジョンの出入りは記録されてますから、いつまでも退出記録がつかなければわかりますよ。とりあえず、まわりを確認しながら戻りましょう。見つからなかったら実技講習の監督官の……向井さんでしたっけ、彼に報告ですね」

「そうね……、そうしましょう」


「おーい、山村さん。まだこの辺にいたら帰るよー」

 吉野は、周囲に聞こえるように大声で呼びかけた。



「……返事、ないね」



 しばらく待ってみたが、何の音も聞こえなかった。



「見て。あそこ」


 長井が声をひそめて指さした先には──



 奥まった壁際の暗がりを覗くと、スライムたちが群れていた。

 その中から、一体だけ──エサをねだるように、じわじわと体を伸ばし、こちらに近づいてきた。



「何、このスライム。こっちに寄ってくるよ」

 吉野は、興味深げにスライムを見つめた。


「エサが欲しいのかしら。他のスライムはあんまり動かないのに、この個体だけやけに行動派ね」

 長井は、周囲を警戒しながら、近づいてくるスライムを見守った。


「餌付けしたせいかな。エサのニオイに寄ってきてる……?」

 奥田は、首を軽くかしげた。


「放っておいたら生態系が壊れたりして」

「それはないですね」

 吉野が冗談めかして言った言葉に、奥田は即答した。


「さっき山村さんにも言いましたが、異生物は共食いをしません。なので、食物連鎖は成り立たないんです。人間を襲ってくるのは、食べるためではなく、縄張りに入ってきた外敵を追い払うようなものだと思います」

「でもさ、それは通常なら──、でしょ? 何事にも例外はあるじゃん。もし、特殊な個体が現れたらどうなるのかな。そこの……変な動きをしてるスライムみたいな感じで」

 吉野は、気味悪そうに眉を寄せた。


「……放置したら、事故の原因になるかもしれないわね。倒しておいたほうがいいかしら」

 長井は、そっと腰のナタに手をかけた。


「じゃあアタシがやるよ。せっかく魔法を覚えたんだし。そういえばさ、魔法って必殺技みたいな言葉、あったほうがよくない? 呪文があったほうが、攻撃力が上がりそうな気がするんだよねー。ウインドなんちゃら──とか。何か、いい言葉はないかな」


 吉野は考え込むように片手をくるくると回しながら、にじり寄るスライムを見据えた。


 さっきより攻撃力を上げたいと思ったものの、明確なイメージのないまま放たれた魔法は、曖昧な軌道を描いて飛んでいった。


 吉野が狙いを外したのか──あるいは、スライムが身をよじらせて、避けようとあがいたのか。


 それでも、スライムの体に致命傷となる一撃は入った。

 スライムは、なんとか体を保とうともがき続けていたが──


 やがて、諦めたように灰になった。



 ***



 意識が途切れていたらしい。

 悪夢でも見ていたのか、拷問のような苦痛に苛まれていた気がする。


 溺れていた人が息をふきかえすときのように、俺は何度も咳き込んだ。

 喉に違和感がある。



「ぐっ……う、ゴホっ」



 目を覚ますと、手のひらに硬い床の感触があった。不自然な姿勢で倒れたままだったのか、関節が痛む。両手を地面について体を起こそうとするが、力が入らない。目を開けても、しばらく焦点が合わなかった。


 ぼんやりとした光が収束していくように思考が活動し始め、自分の輪郭がしっかりと形作られていくのを感じた。

 まるで深海の底から、ゆっくり海面に浮かび上がってくるような浮遊感があった。


 声を出そうとすると、舌が口蓋にピタリと張りついて動かせない。

 体中のパーツが、真空パックから出されたばかりのように感じる。


 少し力を入れると、パリパリと舌がはがれ、動かせるようになった。


 軽いめまいを覚えながらも、なんとか体を起こした。両手をついたとき、手のひらに砂粒が残っていたので、腕で目の周りを拭った。ゴワゴワするジャケットの感触が感じられた。


 目を開けると、今度ははっきりと周りを見ることが出来た。湿り気を帯びた空気を肌に感じ、雨上がりの土のような匂いがした。



 どうやら意識のない間、ずっとダンジョンの中で倒れていたらしい。



「うう……、誰かいますか?」

 俺は、あたりを見回しながら声をあげた。



 ん? 声が、やけに甲高い。

 な、何だ──俺の声じゃないぞ。



 思わず手を首に当てた。

 グローブ越しに感じた感触が、他人の体のように感じた。

 自分の体を見ると、ダンジョンに入る前に着た探索者用の作業着と、手にはめたグローブが目に入った。



 こんなに小さかったか、俺の手?



 ポケットに入れていたスマホを取り出す。



「はァっ!? 何だコレ。だ、誰のスマホ??」



 スマホの外側はやたらデコられていた。

 しかも俺の黒くてゴツいカバーと違って、パープルのグラデーションが入ったシャンパンゴールド。


 まるで女子大生が持ってるスマホみたいだが──、何で??


 っていうか、さっき吉野さんが使ってたスマホがこんな感じだったような……。



 起動画面は俺のスマホと同じだが、顔認証が効かない。


 急いでグローブを脱ぐ。

 指紋認証でも弾かれた。


 震える指でパスコードを入力して画面を開き、カメラを起動して自撮りモードに切り替えた。



「はあああああァーーーーー!?」



 画面に写った顔を見て、俺は叫び声をあげた。

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