2025年5月26日(月)いざ、箱根へ
家事を片付け、装備品を取りに事務所に寄って、国1から箱根へ向かう。
西湘バイパスに入ると、大磯ロングビーチが見えた。
「──まだプールは営業してないか」
俺はハンドルを握りながら、プールを指差す。
「7月に入らないと始まらないだろ」
「高校のときに、原付きでここまで来たんだよ」
「堂々と校則違反の告白をするな」
「真司だって同じ日に免許を取ってたじゃないか」
「……オレは、箱根に行きたかったんだ」
真司は不承不承といった雰囲気で口を開く。
「原付きで峠でも攻める気だったのか?」
「っていうか……好きなときに、好きなところへ行きたかったんだ」
「ほう、反抗期か」
「茶化すなよ。……当時読んでた小説の主人公が、バイク乗りとしての才能はあるけど、私生活はただのろくでなしでさ。最後は事故で死ぬんだけど……そういう破天荒な生き方に憧れたのかなあ」
「なるほど」
「んで、いざ自分がそいつの死んだ年齢を越えてみると、たいした波風もなく過ごして……全然大人になった気がしないんだよ」
「真司……学校じゃ参考書ばかり開いていたと思ったのに、影でそんな本を読んでたのか」
「はしかみたいなもんだよ。敷かれたレールをはみ出したいって思いは、誰にだってあるだろ?」
開き直ったように言う。
「昔のオマエは、レールから外れたくても外れ方がわからなかっただけだろうけど、そもそも探索者なんて選んだ時点で、相当外れてるぞ。サラリーマンをやめて、自分で生き方を選んでる。十分大人になってるじゃないか」
「選べてる……のかな。こういうレールの外れ方は、自分でも想定外だったんだが……」
「まあ、探索者については、俺がそそのかした部分はあったかもしれないよ。でも、最終的に選んだのは自分自身だろ? もしあのままサラリーマンを続けていたら、どうなってたと思う?」
「……鑑定スキルを利用され、誰かに搾取され続ける人生にウンザリしてただろうな」
真司は、ため息をついて座席に深く座り直す。
「ちょっとした選択の違いで、人生は変わっちまう。今朝の話にも通じるけどさ、普通に生きてるつもりで、いつの間にか犯罪者になってるとか、あり得るんだよ。それこそ、テーブルに積まれた山札から、目をつぶって適当にカードを引くか、あらゆる可能性を考えて覚悟を決めて引くか──どちらにしろ、アタリを引いてしまう確率は変わらない」
「暴論だろ、それは」
真司が苦笑する。
「いや、そんなもんだって。俺は犯罪者になるつもりはないが、もし誰かがふみかや心菜に手を出そうとしたら、犯罪を犯すことを躊躇しない」
「言い切るんだな」
「もちろん、そうならないように努力はするよ。でも、俺はもう従順になるように育てられた羊の群れからは外れてるんだ」
「……羊の群れか」
真司は海岸線の向こうに目をやった。
『……もし、山村さんが犯罪者になったら、アタシも巻き込まれちゃうんだけど』
頭の中で、吉野さんが声を掛けてくる。
(あ? 言われてみれば……そうなるな)
『アタシは、一生部屋の壁を見るような生活をしたくないからね。山村さんが事件を起こしそうになったら、全力で止めるわよ』
(そりゃいい。身近なところにストッパーとなる存在がいてくれるのは、ありがたいね)
『真司さんにも、支えになってくれる存在がいればいいのよ』
(それが俺じゃないのか?)
『山村さんは、火事が起きたら余計に油を注ぐタイプでしょ?』
(おっと、手厳しい)
俺はしばらく黙って車を走らせた。
何もない海岸線が続き、早川と箱根の分岐が見えてくる。
漁港を左手に見ながら、箱根方面へと進んだ。
***
箱根ダンジョンの特徴は、その圧倒的なスケールにある。
2020年のダンジョン災害では、彗星の破片が落ちたと思われる地点を中心に、大規模な陥没が起きた。日本に落ちた破片の中で、最大級のものが落下した……と推測されている場所が箱根だ。
山の中腹には巨大なクレーターが口を開け、縁に立つと、硫黄と鉄の混じった匂いが鼻を刺す。あちこちで水蒸気が吹き上がり、中央には地の底へと続く巨大な裂け目が口を開けている。
箱根は首都圏に近く、しかも活火山地帯だ。万が一の災害を恐れ、いまでは自衛隊による常時監視区域になっている。
ダンジョンの周囲には管理棟や補給所、休憩用の施設が並び、自衛隊と探索者たちが共同で利用している。駐車場もあるにはあるが、ほぼ自衛隊の前線基地みたいになっていて、常に満車だ。
なので、俺たちは小涌谷の駐車場に車を停め、そこからシャトルバスでゲート前へ向かった。
更衣室で着替えを済ませ、真司と合流する。
「こりゃまた……デカいゲートだな」
俺は巨大な扉を見上げた。
スタンピード対策に設置された扉は、到底人力で開け閉めできるサイズではなく、大型のクレーン車が2台待機していた。
「ダンジョンの中も広いぞ。5層までの地図を買ってきたんだが、1層だけ見てもナンブの倍はありそうだ」
「そりゃスゴい。さっそくスマホのGPSが役に立ちそうだ。えーっと、マップを開いて……入口と、曲がり角にマークを付けていこう」
俺はスマホを開いて、真司とマップを共有する。
「これだけ広いと人目につかない場所も多いだろう。隠れてスマホを作るには、もってこいだな」
真司もスマホを開き、マップを同期させた。




