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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第八章

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2025年5月24日(土)心菜とココちゃん再び

 電話が終わると、真司は目を閉じて集中し始めた。

 向井さんに任せようと言ったわりに、やはり現場が気になるのか、しばらく様子を探っているようだった。


 こんなことが頻繁に起こるなら、盗聴器の件が片付くまで、車の運転は俺がしたほうがよさそうだ。



 環状一号線と旧東海道のぶつかるところを横浜駅方面に曲がり、グランセキュール横浜に到着。


「入居者数が一番多いと聞いた割に、見た目はほかとあまり変わりませんね」

 車から降りて、奥田くんが建物の周囲を見回す。


「横浜は、地上より地下を重視して作られています。電車が11路線ありますので、どの路線にもアクセスしやすいように設計されています」

「なるほど」

「地下は15階まであります。災害発生時には、駅で被災した人の一時的なシェルターとしても使えます。住民の居住区に立ち入らせるわけにはいかないので、5,800人程度ですが。もちろん快適性を顧慮した上での数字です」

「スタンピードが発生したとか、とにかく急いで人を詰め込まないと助からないような災害のときは、どうなりますか?」

「一時的でいいなら、2万人は入りますね。ただし、横になるスペースは取れませんよ」

「なるほど、住民の安全は優先しつつ、公共施設としても利用も念頭に置いてる感じなんですね」

「そういうことです」



 続いて、学校や保育施設のあるエリアを案内してもらった。

 建物の2階に病院や保育園。3階に小学生の教室と、小さい子が運動するプレイルームがあった。地下にはバスケットボールやフットサルのコートもあって、至れり尽くせりだ。

 窓越しに見える子どもたちの顔は明るく、楽しそうだ。

 病児保育や、延長保育もある。ここなら、ふみかも気に入ってくれるかもしれない。



 今回案内されたのは8階の部屋だったが、高層ビルが多いので、リビングの窓から外を覗いても海は見えなかった。

 高層階の部屋を契約出来れば見えるかもしれないが、あいにく空きがない。

 ビルの多い街中だし、少しでも見晴らしのいい部屋がよかったが、今は安全が最優先だ。



「ここにします」

 俺は江口さんに言った。



 とはいえ、ここに住むのは俺じゃない。マンションのセキュリティに引っかからないようにするには、実際に住む人間の顔認証が必要だ。


「──実は、家族だけをここに住まわせたいんですけど、顔認証はどうしたらいいですか?」


 江口さんは俺の表情から、事情があるのを察したようだが、何も聞いてこなかった。


「それでしたら、あらかじめご家族に部屋のカギと賃貸契約書を渡しておいてください。受付にそれを見せれば、認証登録出来るように手配しておきます」

「はい、ありがとうございます」



 部屋も決まったので、奥田くんと吉野さんはここで解散。

 俺と真司は車に乗って、事務所に戻った。



「さて、次はこの部屋のカギと契約書を、ふみかに渡す段取りなんだが……」


 俺は江口さんから受け取った封筒をヒラヒラとさせる。


「まず、ふみかさんに引っ越ししてくれって言うところからスタートだろ」

「そう。だが、大人しく話を聞いてくれるとも思えない」

「グランセキュール横浜だぞ? 文句は言わないだろ」

「どうかなー。保育園を変わることになるし、環境が変わるのは嫌がるかもしれない。──あ、そういえば、心菜にスマホを渡したかったんだ。ついでに、全部郵便受けに突っ込んでおくか」

「バカ、見ないで捨てられたらどうするんだよ」

「だよなー。とりあえず、連絡を入れて様子をみてみよう」

「だな」


 俺はスマホを取り出し、ふみかに連絡をいれた。



【仕事で派手にやってトラブルに巻き込まれるかもしれない。セキュリティガチガチのマンションを借りたから、しばらく心菜とそこで暮らしてくれないか? 保育園もあるぞ】



「──これで送信っと」

「ちょっと簡潔過ぎるんじゃないか? そんな文章でいいのか?」

「長々と説明を入れたら読む気がしないだろ」

「そうか? オレはちゃんと説明したほうがいいと思うが」



 しばらくして、ふみかから返信がきた。



【いきなり言われても困ります】



「──だってさ」

「だろうな。じゃあ、どうする?」

「今から家に行って説得しよう」

「ハア? 顔を合わせて説得しようってのか?」

「俺はムリだから、真司がやってくれないか。さっきレストランで江口さんを、うまく言いくるめたじゃないか」

 俺は真司に向かって手を合わせる。


「言いくるめた……って、人聞きの悪いことを言うな」

「吉野さんの姿で、ふみかのところへ行くわけにはいかないだろ? スマホ作りとか、他の部分で頑張るからさ。頼むよ、社長」

「調子のいいやつだ……まあ、でもこればっかりは仕方がないな。口添えしてやるって約束してたし。わかったよ、オレが話してくる」

「恩に着る」




 夕方遅く、日が沈み、あちこちの家から晩の支度をしているニオイが漂う。


 車を走らせてふみかのアパートへ行き、助手席に座る真司にスマホとマンションの契約書の入った封筒を渡す。

 すでに何度も来たアパートだが、ここでの彼女の生活を取り上げることに対して、申し訳ない気持ちと、それを自分で説明出来ないことに対する歯がゆさを感じた。

 真司が車を出るとき、ほんの一瞬、やはり直接渡したいと思ったが、口には出さなかった。


 真司が階段を上り、ふみかの住む部屋の呼び鈴を押す。それを見届け、アパートの少し先に車を停めた。


 運転席側のサイドミラーに真司とふみかの姿が映ると、俺は座席に深く身を沈めてミラーを見ないようにした。



 しばらくすると、真司が車に戻ってきた。


「──どうだった?」

「なんとか納得してもらったよ。明日しか時間が取れないって言うから、すぐに引っ越し業者に連絡して、荷造りを全部お任せでやってもらうコースを予約しておいた」

「悪いな。全部任せちまって……なんか俺のこと言ってたか?」

「こういう話を急に持ってくるのが、実にオマエらしいってよ」

「だろうな」

「あと、“探索者なんて危ないことを、どうしてもやらないといけないんですか?”──って聞かれたよ。心配してくれてるみたいだぞ」

「そうか……ありがたいな」



 ***



 引っ越しの話が終わって、ふみかは玄関先まで真司を見送った。


 少し先の路肩に、見覚えのある車がハザードランプを付けたまま止まっているのが見えた。


 真司は助手席に乗り込んだ。

 ということは……運転しているのは、山村なんだろうか。



 どうして顔を出さないのかと、ふみかは不思議に思った。

 いつもなら、呼ばなくても顔を突っ込んでくるのに。

 距離を取りたいと思って別居したのに、いざ顔を見せなくなると、なぜか気になった。


 今、世間を騒がせているスマホのことは、ふみかもニュースで知っていた。

 まさか、それに自分の夫が関わっているとは思わなかったが。


「大丈夫なのかしら……」


 玄関のカギを締め、奥の部屋で遊んでいる心菜に声を掛ける。

 スマホのことをどう説明したものかと迷ったが、余計なことは言わないことにした。



「……心菜、パパがこれを持っていなさいって。どこにいてもパパにつながる電話だから、なくさないようにね」

 ふみかは、心菜にスマホを手渡した。


「ふーん。わかった」

「もう晩御飯にするから、使うのはあとでね」


 心菜はスマホを受け取ると、チラっと見ただけで机の上に置いた。


「食べる前に、オモチャはお片付けしてね。出しっぱなしにしないように」

「はーい」



 ふみかが部屋を出ると、しばらくしてスマホの画面が点いた。続いて、ピコンっと通知音が鳴る。

 音に気づいた心菜が、スマホを覗き込む。



【ここな。わたし、もじがつかえるようになったよ】

 


 心菜は、スマホの画面に現れた文字を読んだ。


「これ、ココちゃんなの? すごーい。これならお話ししやすいね」

 心菜は嬉しそうに手を叩く。


「でも、どうして急に文字がつかえるようになったの?」

【このスマホ、わたしのからだとおなじチカラでできてるんだよ。だから、これをつうじて、ものにさわれるようになったみたい】

「それってまりょくのこと? まえに、ココちゃんはパパを見て、”じぶんとおんなじ”だって言ったじゃない? ココちゃんも、パパみたいにへんしんできる?」

【へんしんはできないけど、さわらないでものをうごかせるよ】

「すごい……! みせて、みせて!」

 心菜は目を輝かせた。



 しばらくすると、床に散らばっているオモチャが、ゆっくりと浮き始めた。


「わあ……」


 浮き上がったオモチャは、ガチャンガチャンと音を立てながら、次々と箱に飛び込んでいく。



「──心菜? オモチャは投げないで。壊れちゃうわよ」

 物音に気づいたふみかが、部屋のドアを開ける。


「あら、もう片付け終わったの?」

 

 あたりを見回すが、さっきまで床いっぱいに広がっていたオモチャは、すべて箱に収まっていた。


「うん。ココちゃんが片付けてくれた」

「そう……。もうご飯よ」

「はーい。ココちゃんもいこう……いかないの? あとでお腹がすいてもしらないよ」



 心菜はスマホを机の上に置いて部屋を出た。

 ふみかも電気を消し、部屋を出る。



 薄闇の中、再びスマホの画面が光り、少しだけ部屋を明るくする。


【なにしてあそぼうかな】という文字が表示され、やがて暗くなった。

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