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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第八章

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2025年5月24日(土)お客さんが来たみたいですよ

 再び車に乗り込み、江口さんが予約してくれていたフレンチレストランへ向かった。


 海が近いだけあって、車を走らせるとすぐに潮の匂いがしてきた。

 海沿いの道に出ると、公園が見えた。子どもを連れた家族がバケツを手に、砂の上で何かを探している。貝殻か、小さなカニか──。笑い声がかすかに届いた。

 最近はダンジョンばかり見ていたせいか、ごく普通の風景が、やけに懐かしく見えた。


 枝分かれした道を左に曲がり、緩やかな坂を登る。

 海を見下ろす高台に、レンガ造りの洋館が姿を現した。玄関脇には、有形文化財であることを示すプレートがはめ込まれている。


 江口さんの車がその建物の駐車場に入ったので、俺たちもその後に続いた。


 車を降りようとすると、スタッフが近寄りドアを開けてくれた。

 玄関前でも別のスタッフが待機しており、タイミングよく入口のドアを開ける。



(……全手動の自動ドアかよ)

『スゴイお店ねえー』



 磨き上げられた床に、高そうな調度品が並ぶ待合室を見て、思わず息をのむ。


 江口さんがフロアマネージャーらしき人物と話しているうちに、待合室の隅でヒソヒソと話し合う。



「こういう壺とか美術品に囲まれると、うっかり袖とか引っ掛けて割ったらどうしようって気分になりますね」

「俺もこういう店だと思わなかった。テーブルマナー……自信ないんだよな。フォークとか、外側から使っていけばいいんだっけ?」

「ボクに聞かないでください」

「アタシだって、こんな高そうなお店に来たことないんだから知らないわよ」

「……わからなければ、オレのほうを見てろ」


 真司がため息をつきながらそう言うと、全員で真司にすがるような目を向けた。



 予約した席に通され、給仕係の持ってきたメニューを見ると、肉か魚料理に分かれているようだが、値段が時価になっていてわからない。

 ギョっとして江口さんのほうを見る。


 江口さんは、場慣れした雰囲気でメニューを眺めていた。



(どうしよう、あまり高いものだと頼みづらいんだが……)

『気にしない。値段を気にしたら負けよ』

(金があっても、貧乏人の感覚は抜けないんだよなー)



「えっと……おすすめの料理はありますか?」

 俺は恐る恐る給仕に尋ねた。


「今日のランチは、牛フィレか真鯛のポワレでございます。どちらのコースもご満足いただけると思いますが、おすすめと言われると……牛フィレのほうでしょうか。神戸牛のフィレ肉を軽くローストし、赤ワインソースとグリル野菜、ジャガイモのグラタン・ドフィノワを添えています」

 そう言って、給仕が頭を下げる。


「私は牛フィレにしようかしら。前菜の“鴨の自家製スモークとビーツのマリネ”が気になって。ここのお店は、ソースが上品でとっても美味しいんですよ」

「じゃあ、お……アタシも牛フィレにします」

 俺は江口さんの選択に便乗する。

 吉野さんと奥田くんも、俺に続く。


 真司だけ魚料理をチョイス。

 我が道を行くやつだ。



 コース料理なので、一皿ずつ順番で料理が運ばれてくる。

 俺と吉野さんと奥田くんで顔を見合わせ、真司のほうを見る。


 真司は、上品にナイフとフォークを使って食べていた。


 全員で真司のマネをする。


 確かに味はよかったが、場違いな感じで落ち着かないランチが終わり、2階のラウンジに移動。

 食後のコーヒーとデザートをいただく。



「次はグランセキュール横浜だが……、吉野さんと奥田くんは、ここで解散するかい? 引っ越しの準備をする時間がいるだろ」

 真司が二人に声を掛ける。


「えー、ここまで来たら全部見たいー。だって、横浜が一番大きいんでしょ?」

「そうですよ。またすごいギミックがあるかもしれないじゃないですか」


 奥田くんの言葉を聞いて、江口さんが横浜の説明をしてくれた。


「グランセキュール横浜は、神奈川県では最大級の大きさです。入居者数も多いので、施設内に、病院や幼稚園、小学校が併設されています」

「学校まであんの!?」

「親の勤め先と子どもの学校が離れていると、なにかあったときの対応が遅れますから。塾や、病児保育、学童の代わりにお子さんを預かる場所もありますよ」

「小学生までの子どもを持つ世帯なら、理想的だな。誘拐される心配もない」

「地元の方からすると意外かもしれませんけど、横浜駅って、利用者数が全国4位なんですよ。新宿、池袋、東京の次って聞くと、皆さん驚かれます」

「へー、渋谷より多いんだ」

「そんな場所でスタンピードが起きたら……ってことか」



 デザートが終わりそうなのを見計らったタイミングで、会計のスタッフがトレーに載せた伝票を持って脇に控える。


「こんな素敵な店に連れてきていただいたんですから、ウチで出しますよ」

 真司が財布からカードを取り出す。


「いえ、お客様に払わせたりしたら、上司に怒られてしまいます。私がご招待したので、こちらで」

「古い男だと思われるかもしれませんが、ビジネスの場とはいえ、女性に払わせるのは気が引けるんですよ」


 真司は江口さんに向かって軽くウインクし、会計スタッフに合図をすると、トレーの上に自分のカードを置いた。



 こういうときの真司のスマートさは、さすがだと思う。

 だが、スマート過ぎて少々ムカつくので、嗜虐的な妄想が沸く。


「江口さん、コイツに言う事を聞かせたかったら、ヒールで蹴り上げてください。すぐに服従しますから」──みたいな。


 言わないけどな。



 レストランを出て、グランセキュール横浜へ向かう車の中。

 ふみかと心菜がこれから住む場所だと思うと、急に不安が胸に広がった。


「──やっぱり横浜じゃなくて、上大岡のマンションにしたほうがいいんじゃない? ウチから遠いし、万が一のことを考えると不安になる」

「おいおい、ふみかさんと心菜ちゃんの安全のためだろ? 勤務先と子どもの保育園が離れてるのは、リスクになるぞ」

「それに、奥さんの立場からしたら、元ダンナにそこまで心配されても……って思うかも」

「元をつけるな。まだ離婚してないだろ」

「横浜駅なら、山村さんよりアタシのほうが近いわよ。そんなに心配なら、何か起こったとき、アタシがすぐに行くから」

「うーん……そうか。スマン、頼む」



「チッ──」

 突然、真司が難しい顔をして舌打ちをした。


「どうした?」

「……タイミング悪いな。どうやらナンブで仕事を始めそうなお客さんが来た。集中したいんで、運転変わってくれ」

「今かよ!?」

 俺はギョッとする。


「ボクはムリですよ? こんな交通量の多いところを走るのは」

「アタシはまだ免許ないからね」


 真司は信号待ちのタイミングで、ドアを開け助手席の俺と入れ替わる。


「はー、なんつうか……車に死体を乗せて走ってる気分だ。警察に止められたら、どうやって説明すんだよ。“ちょっと整形したけど、この免許証はアタシのです”……とか?」

「さすがに骨格が違い過ぎます。それは、ムリですよ」

「安全運転してれば、お巡りさんに止められることもないでしょ」

「挙動不審だと余計に目立つ。堂々と運転してろ」


 真司はスマホを取り出し、向井さんに電話を掛けた。



「──はい、向井です」

「小沼です。盗聴器の件で……来ましたよ。5階のエレベータに近い会議室……今、その隣の部屋に入りました。保安部の制服を着てる男性です」

「……保安部。そうですか、すぐに向かいます」

「気をつけてください。武装してるかどうかまでは、見えなかったので」

「警告、感謝します。では」



 ほんの短い会話のやり取りが、余計に緊迫感を感じさせた。

 車内に緊張が走る。



「……向井さん、大丈夫かな」

「元警察官だぞ。捕物はお手の物だろ。それに内部の人間相手なら、いきなり撃たれたりはしないだろ」

「せっぱつまった人間は、何をしでかすかわからないぞ」

「まあな。だが、オレたちに出来ることはお膳立てだけだ。どうやって捕まえるかは、向井さんに任せよう」

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