表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第八章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

113/121

2025年5月24日(土)午前10時、マンション見学会

 午前10時、真司の運転で家を出て、途中の駅で奥田くんと吉野さんを拾う。

 まずは吉野さんの大学に一番近い、グランセキュール保土ヶ谷の見学に向かう。


 テレビで見たことはあるけれど、中に入るのはみんな初めてだ。



「大きいなあ……。何階建てなんだろう?」

 奥田くんは建物を見上げる。


「防壁もスッゴイ分厚いよ。スタンピード対策のために作られたってだけのことはあるねー」

「“要塞マンション”って別名は伊達じゃないな」

「そういえば山村さん、今日はアタシと双子ってことにしておくから、営業の人にオジサン臭い言葉遣いしないでよね」

 吉野さんが俺に釘を刺す。


「あー、そういえば……。でも、ずっと“吉野さんっぽく”しゃべるのは難しいな。ちょっとボーイッシュで口の悪い双子のお姉ちゃんって設定でいいんじゃない?」

「んー、性格の違う双子ねえ……」



 今日の吉野さんは、パステルピンクのシアーブラウスに白のフレアスカート。小さなパールのピアスに、韓国アイドルを意識したようなメイクになっている。


 俺のほうは、白いドレスシャツに紺のマーメイドスカート。メイクは控えめ。ゆるく巻いた髪をハーフアップにして後れ毛を少しだけ残し、より柔らかく女性らしい雰囲気を演出中。



「……なんか山村さん、アタシよりかわいい感じがするのは気のせい?」

「俺のことは鏡だと思え。俺がかわいいなら、今日の吉野さんもかわいいってことだ」

「そ……そうなのかしら?」



 吉野さんは自分の好きなファッションだけに意識が向くが、俺は吉野さんに似合い(脳内吉野さんのアドバイスをもらい)、なおかつ“自分の彼女だったらこういう服を着てほしい”という願望に基づいて服を選ぶ。

 なので、同じ顔をしていても、まったくオシャレの方向性が違う。



「やっぱり、なんか納得いかないんだけど……」

 吉野さんは、なおもブツブツ言いながらついてくる。


 悶々とする吉野さんに構わず、玄関ホールへ向かう。


 エントランスで、不動産屋の担当者が待っていた。

 スラッとした背の高い女性で、髪は少し明るめにカラーリングしたショートボブ。

 シルクのブラウスにベージュのタイトスカートを合わせ、ヒールで立つ姿はモデルのようだ。

 引き締まった脚や姿勢の良さから、普段から体を鍛えているのがわかる。



(……俺の知ってる不動産屋の営業マンとは、別次元の生き物だな)

 頭の中でコッソリと呟く。


『いかにも“高級マンション売ってます”って感じの人よね。あのブラウス、ブランド物だけど使い捨てなんだよ』

(はあ!? クリーニングに出さないの?)

『洗えないのよ。クリーニング店に持っていっても断られるし。いったい、いくらお給料もらってるのかしら?』

(す、住む世界が違いすぎる……)



「お待ちしておりました。本日担当させていただいます、江口です。ここでは、吉野様のお部屋ということ承っておりますが……」


 江口さんは、俺と吉野さんの顔を見比べる。


「は、はい、アタシのほうです。──よ、よろしくお願いします」

 おっかなびっくりといった様子で、吉野さんが前に出る。


「さっそくお部屋までご案内します。設備の説明もいたしますので、こちらへどうぞ」


 全員で江口さんのあとに続く。


「まず、エレベーターに乗る際ですが、不審者と乗り合わせないで済むように配慮されています。例えば、エレベーターに乗るとき、周囲に動きがあると警告灯が光ります」

「ほう」

 真司が重々しく頷く。


「降りたときに鉢合わせしないよう、エレベーター内から降り口周辺が見えるモニターもあります」

「なるほど」

「また、こちらにあるカードリーダーに部屋のカギをかざすと、どの階で乗り降りしたかわからないように、現在地を示す明かりが消えます」

「はあー、細かい配慮がされてるんですね」

 感心して息を漏らす。


「部屋からエレベーターの予約も出来るんですよ。それで、ホールでエレベーターを待つ時間を減らせます」

「そんなことすると、朝とか通勤時間が被って、待ち時間が増えたりしません?」

 俺は思いついた疑問を口にする。


「こちらのマンションは50階建てで、低層階から高層階までを3つに分け、20基のエレベーターで住人を運びます。15秒もあれば、どれかしら戻って来ますね」

「一番上の階まで行くのにどのくらいかかるの?」

「通常のエレベーターより高速で動きますので、直通なら10秒で着きます」

「「「「早っ!!」」」」

 全員で驚く。



 秒速何メートルだよ。世界最速じゃね?



「また、電車通勤の方には、地上に出ずに電車に乗ることが出来ます。マンションの地下に専用の自動改札がありますので、直接駅に出られますよ」

「す、すごい……駅に専用の出入り口を作っちゃうんだ」

「駅の構内に出入り口があったら、かえって不審者が入ってきません?」

「部屋のカギがないと、出入り口は開きません。芸能人や各界の著名人も入居しているので、部外者が入りこまないように、入口のチェックにはかなり神経を使ってるんですよ」

「芸能人と同じマンション……誰か知ってるアイドルが住んでたりするのかしら?」

 吉野さんが呟く。


「でも、例えばファンがここの部屋を買ったら、ストーカー行為をされる可能性はあるんじゃない?」

「集合ポストは設けておらず、ドアに表札もありません。ゴミは部屋のダストシュートから捨てますので、誰がどの部屋に住んでいるか知るすべはありません」

「じゃあ、郵便とか宅急便はどうやって受け取るの?」

「荷物は受付で一括管理し、コンシェルジュが居住者専用ボックスにお届けします。宅配業者が建物内を歩き回ることもありません」

「へー、業者のふりをして潜り込む余地もないってことか」

「はい。通路に設置したカメラで常時、入館者の顔認証をしています。認証エラーが出たら、すぐに警備員が駆けつけます」

「自分の部屋に客を招くときはどうしたらいい?」

 真司が尋ねる。


「受付でゲスト登録をしていただきます」

「ということは、隠れて不倫相手を部屋に呼んだりしたら……」

 俺は、ついポロっと思ったことを口に出す。


「それは──すぐに配偶者の知るところになりますよ」

 江口さんは、微笑みを浮かべたままそう答えた。



「いいじゃん。アタシ、ここにする!」

 吉野さんは突然両手を叩き、嬉しそうな顔でそう言った。


「お、おい、まだ中を見てないぞ……わよ?」

 俺は少し慌てる。


「もう決めたの。だって、こんなにいい物件、他にないでしょ?」

「気に入っていただけて何よりです。お部屋のほうも案内いたしますよ」

 江口さんは優雅に微笑んだ。


「一応間取りとか見ておかないと。手持ちの荷物が入らない……なんてことはないか」

「150平米ありますので、お一人で住むならゆとりがあると思います。お客様の中には、リビングにソファセットとグランドピアノを向かい合わせで2台置いている方もいらっしゃいます」

「広すぎでしょ。家の中でキャンプできそう」

「実際にキャンプしているかどうかは存じ上げませんが……地下フロアを購入された方は、車で乗り付けて、そのまま部屋まで入れる専用出入り口があります」

「なにそれ。秘密基地みたいでちょっと欲しいかも」

「それはオレも見てみたいな」

「出来ればボクも……」



 地下の部屋に関しては、現在見学出来る空き部屋がないということで、とりあえずカタログだけもらった。

 SNSの専用チャンネルで中の様子を見られるというので、あとで見てみよう。



 吉野さんの部屋は15階になる。部屋の中も案内してもらったが、モデルルームのようにあらかじめ家具が入っていて、即日入居可ということだった。



「こちらにある家具をそのままお使いいただいてもいいですし、必要なければ処分して空き家の状態で引き渡すことも可能です」

「ウィークリーマンションみたいな感じか」

「そうですね。入居してすぐに生活出来るようになっています。寝具は肌触りにこだわった素材を使っているので、ここを退居するときに持って行く方も多いですよ」


 触らせてもらったが、触った瞬間このまま布団に埋もれて眠りたい衝動に駆られた。


「すごい肌触りだな。ベッドから出られなくなりそう」

「うーん、だったら家具はここのやつを使って、服とか身の回りのものだけ持ってこようかな」

「それでいいんじゃない? 学校の教科書も忘れないようにね」

「わかってますよ」

長くなったので、一旦切ります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ