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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第八章

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2025年5月24日(土)午前4時半 坐禅会

 昨日は、オークション成功のお祝いと称して、みんなで遅くまで飲み歩いた(吉野さんは飲めないので、途中で帰った)。

 今朝はダラダラと寝るつもりだったのに、スマホが震え出してアラームが鳴る。


 ボンヤリした頭で何のアラームだっけ……と考える。

 そういえば、スーパーの掲示板で見かけた坐禅会に行くつもりだったと思い出した。


 アラームを止めながらスマホの画面を見ると、4時30分。

 ちょうど日の出の時間で、カーテン越しの薄明かりが寝室の空気をゆっくり温めていく。



「こんな時間に起きるのか……やっぱり二度寝しようか……」

 ベッドの上でウダウダしていると、頭の中の吉野さんも起き出した。


『せっかく起きたんだから行ってみようよ。アタシも興味あるし』

「うーん……、そう? だったら行ってみるか」


 朝食は後回しにして、身支度だけ整える。

 坐禅会の会場は、家から歩いて10分ほどの寺で、隣に幼稚園も併設されている。



 寺の門をくぐると、奥の広間に通された。参加者は十五人ほど。思ったより多い。

 仕事前に来ているのか、スーツ姿の人もいれば、ジャージ姿の人もいて、服装はバラバラだった。


 座布団を受け取り、庭に面した障子の前に座禅を組む。


 ……とはいえ、座り方なんて知らないので、お坊さんに作法を教えてもらう。

 教えられたのは半跏趺坐(はんかふざ)という座り方で、片足を反対側の太ももの上に乗せるらしい。

 吉野さんの柔らかい体だから出来るが、元の自分ならすぐにギブアップするだろう。


 座っている間は、何をするでもなく「自分の心と向き合う」ことが大事なんだという。

 ……俺の場合、常に頭の中に同居人がいるから、自分の心だけと向き合うのはなかなか難しそうだ。


 初心者は叩かれたりしないらしいが、希望者はお坊さんがそばを通ったときにお辞儀すればいい。



 叩かれたい人って、どんな人だよ。



 座り始めてすぐに雑念が沸いてくる。心を無にしてただ座るというのは、思っていたより難しい。

 いかに自分が煩悩にまみれた生き物なのかが、身に染みる。



『──そういえばさ、山村さん、掃除機の魔法がうまく使えなかったじゃない?』

(おい、今は静かに集中する時間だろ)

『でも、思いついたことは、すぐに言っておかないと忘れちゃうかもしれないじゃん』

(そういうこともあるな──で、掃除機がなんだって?)

 俺は吉野さんの話に耳を傾ける。


『魔法って、ラノベとかで“丹田に意識を集中して──”とか書いてあるじゃない?』

(ラノベの話かよ)

『そうじゃなくて……アタシのおばあちゃんが、ずっと気功の教室に行っててね。徹夜で受験勉強してヘトヘトのとき、ふっと体が軽くなったことがあるの』

(ほう)

 軽く相槌をうつ。


『不思議なこともあるなーと思って、あとでその話をおばあちゃんにしたら、アタシが無理してるのを見て、何度か気を送ってくれてたんだって』

(ばあさんの送った気が届いたってこと?)

『うん……ウソみたいに聞こえるかもしれないけど、そうとしか思えないの』

 吉野さんは真面目な声で言う。


(別にウソとは思わないよ。武道の達人とか、人の殺気や気配を察知する人もいるし。やっぱ“気”みたいなものはあるんじゃないの?)

『でしょ? だから、魔法を使うときも、ただ自分の力だけでどうにかしようとするんじゃなくて、なんて言うのかな……丹田から体全体に、更にもっと大きな何かにつながってるって、そう意識したほうがいいんじゃないかな』

(なるほど……気の流れか。吉野さんも、そうやって魔法を使ってるの?)

『うん。感覚的なものだけど、自然とか、自分がより大きな何かにつながってる感じはするかな。山村さんは、魔法を使うときに、自分の中にあるもので、何とかしようとしてない?』

(そう言われると、思い当たるところはあるな……。つまり、気の流れを意識すれば、魔力の使い方もうまくなるってわけか)

『そういうこと。魔力の扱いがうまくなれば、きっと役に立つと思うよ』



 うんうんと頷いていたのを、お辞儀と勘違いされたのか、俺はお坊さんに肩を叩かれた。



 ***



 坐禅会が終わって家に戻ると、真司も起きていたので、朝食を食べながらさっき吉野さんと話し合ったことを伝える。



「気功か……。再現スキルで、気功の達人の動画を見てマスター出来ないか?」

「気の流れが動画に映るか?」

「さすがにムリか。だったら、そういう道場に通うのはどうだ?」

「気功って年寄ばっかりいそうなイメージだけど。吉野さんの姿で行ったら浮かないかな?」

「オレも行ったことがないからわからんな。だったら、いっそカンフーとか、武術でも習ったらどうだ? 気の流れも見れて、オマケに強くなれるなら一石二鳥じゃないか」

「吉野さんの体だとパワー不足だが、桐ヶ谷さんの組み手やハイキックは……迫力ありそうだ」

「それは見た……いや、強くなるのはいいことだぞ、うん」

 真司が力強く頷く。


「オマエ、桐ヶ谷さんのハイキックが見たいだけだろ?」

「あるいは、もうちょっと穏やかに、公園で太極拳をやってる教室もあるぞ。覗いてみたらいいんじゃないか?」

「おい、スルーすんなよ。まあいいけど。太極拳ねえ……。遠目で見てマスターできればもうけもんだし、ダメなら見学ついでに参加させてもらうか」

 俺は席を立って、食器を片付け始める。


「その前に、今日は吉野さんと奥田くんに、マンションの内見をしてもらう約束があるぞ。一緒に行くだろ?」

「そりゃもちろん。ウチの車ならワンボックスだし、みんなで乗れるが……。そういえば、俺の免許証って使えるのか?」

「警察に止められたときにスキルの説明を出来れば、運転出来なくもない……が、やめておいたほうがいいかな」

「ダヨネー」

「いっそ、社用車に変えるか? どうせ運転する人間も家族限定とかになってるんだろ?」

「なってる」

「じゃあ、運転者の制限はなくして、保険でカバーできる範囲も最大にしておこう。保険証券を出せ」


 俺は車から保険証券を持ってきて真司に渡した。

 真司はネットから保険会社のアプリをダウンロードして、すぐに保険内容の変更した。


「へー、電話しなくてもいいんだ。便利な世の中になったねー」

「確かにスピーディーになったな。昔はよその会社に電話したら休業日で、2日待たされたことがあった」

「今じゃあり得ない話だな。そのうち、紙の書類にハンコで決済なんて、やったことのない世代が出てくるんだろうな」

「そうそう。FAXって何ですか、なんて言われるかもな」

 真司は肩をすくめた。


「そういや、よく部屋の空きがあったな。人気のマンションなのに」

「投資や転売用に押さえてるオーナーがいるんだよ。買い手はいくらでもいるからな」

「ああ、そういうことね」

 俺は頷いた。


「今回は賃貸になるが、資金が溜まれば買い取ってもいい。一応、吉野さんと奥田くん、それぞれ一番学校に近いマンションを見て、最後にふみかさんの職場に近いマンションを見る予定だ」

「うーん、職場の近くか……。俺としてはウチに近いほうが、何かあったときに駆けつけやすいんだが」

「奥さんの気持ちを考えたら、その選択肢はないな」

「はあ……わかってるって。そこはオマエの判断に従うよ」

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