2025年5月23日(金)奥田くんのほしいもの
「1回のオークションでこんなに稼げるなら、あっという間に億万長者になれますね」
奥田くんが呆然としたまま呟く。
「まあ、スマホの性能を考えれば、最初からこうなるってわかってたよな」
「だよな」
俺と真司は顔を見合わせて頷く。
「……だったら、ムリしてダンジョン入る必要がなくなっちゃいませんか?」
ふと思いついたように、奥田くんが尋ねる。
「うーん、それを言われると身も蓋もないというか……。でも、俺の場合は、魔力がないと生きていけない体になっちゃったからなあ。どうせダンジョンから離れられないなら、楽しくやりたいじゃん、みたいな感じ?」
俺は軽いノリで答える。
「別にダンジョンに限った話じゃないが、”何のために働くのか”──ってところが大事なんじゃないか? 金を稼ぐことを目的とするとキリがないんだよ。いくら稼いでも、もっと先がある。延々と金を追い求めるだけなんて、むなしい生き方だと思わないか?」
真司は真面目な顔で奥田くんに答える。
「お、なんだよ……。カッコイイこと言うじゃねえか」
俺は冷やかすように言う。
「金はただのモノなんだよ。生きていくのに必要なものではあるが、金のために生きてるわけじゃないだろ?」
「……まあ、そりゃそうだな」
「そもそもスキルがなければ、ダンジョンなんて危険な場所には入らない。オレは自分の能力を最大限に活かす場所として、ダンジョンを選んだだけだ」
俺と真司は、再び奥田くんに向き合う。
「奥田くんだって、研究なんてしないで、一生遊んで暮らすことが出来る」
「確かに。就職する必要すらないな。だったら、奥田くんはこれから先どうする?」
奥田くんはしばらく目をつぶって考え込んだ。
「……ですよね。これだと大学を卒業する前にFIREしちゃいます。でも──、だからといって、ボクは自分が知らないことをそのままにして、ただ遊んで暮らすなんて出来ません」
奥田くんはゆっくり顔を上げる。
「ボクは、お金のためじゃなくて、自分のために研究を続けます。大学だと基礎研究にはなかなか予算がつかないんです。でも、自分で資金を調達出来るなら、余計な気遣いをしなくてすみます」
奥田くんはそう言うと、俺に向かって微笑んだ。
「──それに、山村さんが元の姿に戻る秘密が、ダンジョンに隠されているかもしれません。ボクには解き明かしたいものが、まだたくさんあるんです」
「奥田くん……」
俺はじわっと来た。
自分でも忘れていたが、俺が元の身体に戻る方法はあるんだろうか……?
「そういえば昔、“明日世界が滅ぶとしても、私はりんごの木を植える”──って話を読んだことがある。生きるっていうのは、そういうことなんじゃないかな。最後の瞬間まで、自分の信じることを日々積み重ねていく」
「おー、いいじゃん。そういう話」
俺も真司の話に頷く。
「そうですね。ボクもそういう生き方がしたいと思います」
奥田くんが迷いを振り切ったような顔になったところで、真司が現実的な話に切り替える。
「──あと、インセンティブだけど、もらっても全額使うなよ? さっきの金額から所得税と住民税が引かれるからな。確定申告の用意もしておけ」
「あ……はい。現実は厳しいんですね」
冷水をかけられたように、奥田くんの声がしぼんだ。
「だが、毎回スマホを売るだけでこんな金額を稼ぐと、さすがに人生が狂いそうだな。……何か、金の使い道を考えないと」
真司がシブい顔をする。
「さっき話してた要塞マンションのほかに、緊急時に使える隠れ家みたいな場所があったほうがよくないか?」
「そうだな。それもすぐに対応しよう」
「ボクは研究用の機材がいろいろ買いたいですよ。──っていうか、いっそのこと研究所を建てるのはどうでしょう?」
奥田くんが目を輝かせる。
「だったら、奥田くんが自分で会社を起こすのもアリじゃないか?」
「会社ですか……。でも、それだと研究に専念出来なくなりません?」
少し考えて、奥田くんが応える。
「経理や事務は、人を雇えばいい」
「そういう人を探して面接したり、仕事を割り振ったり……それが難しいんですよ」
「じゃあ、マネジメントを代わりにやってくれる人を見つければいいだろ?」
俺も畳み掛ける。
「だが、スキルのことを明かす必要がある。適当に人を雇うわけにはいかないぞ」
真司が口を挟む。
「……あー、そうだった」
俺は額を軽く打った。
「そうすると、自分のやりたい研究だけやって、適当に大学に顔を出して過ごせる今の環境が、一番いいってことですね」
「確かに」
「理想的だな」
三人で金の使い道について話し合ったが、他の探索者が必死に買い集めている高価な武器や防具は、俺たちには必要ない。
結局、マンションや隠れ家以外にこれといった金の使い道も見つからず、奥田くんが「どうしても研究に必要だ」と言い張る機材の購入を検討することになった。
「しっかし、どれも高いなあ。こういう機材って、オークションに出てたりしないのか?」
「たぶん、不用品になるころには壊れてると思います……。あっても、数は少ないんじゃないですかね」
「なるほどな。国の予算で買ったやつなんか、勝手に処分できないか」
「ですね。研究室の備品って、廃棄にも手続きがいるんですよ」
奥田くんが軽くため息をつく。
「ところで、落札したスマホは、どうやって相手に送るんだ?」
俺は真司に尋ねた。
「え? オークションだから、普通に宅急便で送るつもりだったんだが……」
「一億近い商品を宅急便で送るのかよ!」
「落札者がわからないんだから、手渡しってわけにいかないだろ」
「まあ、普通は、コンビニとか宅急便の集配所に行って、バーコードを貼るだけですしね」
奥田くんも頷く。
「だったら、せめて中身がバレないように、偽装したほうがいいかな?」
「玄関先に置き配されたらシャレにならんぞ? ホントに宅急便でいいのか?」
俺は真司に詰め寄る。
「ちょ、ちょっと待て、慌てるな。ちゃんとマニュアルを確認しよう!」
そう言って真司が机の横のゴミ箱につまずいて、派手にひっくり返す。
「慌ててるのはオマエのほうだろ」
俺は冷静にツッコむ。
「しょうが無いだろ。想定してなかったんだ」
ゴミ箱を戻しながら、真司が少しむくれた声を出す。
「……いつも冷静な真司さんが慌ててるの見ると、ちょっと親近感わきますね」
奥田くんがコッソリ耳打ちしてきた。
「そうだな」
奥田くんの言葉に、俺は思わず笑った。




