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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第八章

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2025年5月23日(金)オークション落札日

 いよいよオークションの落札日がやって来た。

 吉野さんに擬態中なので、自分で朝食を用意する。


 俺はシンプルに、きゅうりの漬物とお茶漬け。真司はクロワッサンと、ハムエッグを作ってテーブルにつく。



「吉野さんに擬態すると、どうも甘いものへの欲求が強くなるんだよ。でも、心のどこかで、血糖値を気にしている自分もいる。わかる、この気持ち?」

「本来の荘太郎だったら、糖尿と痛風が気になり始めるお年頃だからな」

「そう、それだよ。桐ヶ谷さんの作ってくれる朝食が、いかに中高年にも優しいメニューになっているか……感謝しかないな。ダンジョンの外でも桐ヶ谷さんに入れ替われるか試してみようか……?」

「魔力が足りずに失敗したら、死ぬかもしれないぞ。メシのためだけに入れ替わろうとするのはやめておけ」

 真司に諭される。


「深い階層の魔水を飲めば、地上でも入れ替われると思うんだけどなー」

「取らぬ狸の……ってヤツだ。手に入れてから考えろ。そういや、昨日の午後はどうしてたんだ? 事務所に戻ったか?」

「いや、ずっと吉野さんに魔法の特訓をさせられてた」

「“犬笛”と“掃除機”か」

「そう。最初は吉野さんに試してもらったんだけど、俺もできたほうがいいっていうからさ。──で、これが難しかったんだよ。特に掃除機のほう」

「へえ。地面に落ちてるものを吸い込むだけじゃないのか?」

「チッチッチ。そんな甘いもんじゃない」

 顔の前で人差し指を振る。


「吉野さんが掃除機魔法、えっと、ヴァルス……デュなんたらって言うと、小さい竜巻がサーっと地面を回って、フワっと落ちてるものを持ち上げるんだよ」

 俺は手振りを交えて説明する。


「ほう」

「で、そこから小石とか砂をサーっと落とすわけ」

「魔石だけを選り分けるのか。そりゃいいな」

「だろ? でも、俺が同じことをしようとすると、ケルヒャーみたいな高圧洗浄機でバババっと地面を削って、石も何もかもまとめてドン──みたいな感じになるんだ」

「魔石どころか地面ごと持っていく感じか。ずいぶん大雑把だな。同じ魔法でも、性格の違いで効果が変わるのか」

「昨日は何度やっても、その状態だったよ。ずっと吉野さんにマウント取られっぱなしだし、体のいい憂さ晴らしに使われた気がする」

 俺は不満そうに口をとがらせる。


「桐ヶ谷さんに擬態してる間は、吉野さんの出番がないからなあ。複数の人格が共存してるっていうのも大変だな」

「俺にもっとプレイボーイの才能があれば、同時に複数の女性のゴキゲンを取れたり……するかも?」

「オマエには一生ムリだろ」

 真司が真顔で応える。


「即答すんな。──だったら、いっそプレイボーイっぽい探索者を探して擬態してみようか。そんで、”キミのためなら死ねる”とか言って死ぬわけよ。吉野さんの好きそうなシチュエーションだと思わない?」

「死んでもすぐ復活するんじゃ、ありがたみがないな。まあ、なんとか頭の中のメンバーで折り合いをつけてくれ」

「他人事だなあ」

 俺は食後のお茶を入れながらぼやく。


「魔法に関しては、もうちょっと、こう……繊細なイメージで魔法を使おうと意識してみたらいいんじゃないか? 魔法はイメージなんだろ? 吉野さんにあって、オマエにないものはなんだ?」


 真司に言われ、俺は解決策を模索するように目をつぶる。


「……俺には、まだ女らしさが足りないとか?」

「そこか? 違うだろ。……いや、魔法はイメージなんだし、もし女性のような繊細さが必要なら、そうなのかな……?」



 しばらく二人で繊細さについて意見を出し合ったが、これという結論は出なかった。



 ***



 午前9時。事務所の鍵を開けると、真司は早速ノートパソコンを開いて、オークションページを確認。


「ヒュー。わかってはいたが、なかなかの金額だな。もう5千万を超えてるぞ」

 真司は軽く口笛を吹く。


「一台で?」

「そうだ。昼には1億5千万以上の値段が確定する」

「元は5千円のスマホが5千万円か……。ヒッヒッヒ。ボロ儲けだな」

 俺は悪徳商人のような笑顔になる。


「いやいや、これも世のため、人のため。──そしてオレたちのため。みんなが欲しがってこの値段なんだから、何も問題はない」

 真司は澄ました顔で言う。


「そう言いつつ、オマエも悪党面になってるぞ」

「失礼な。──締め切りまであと3時間。どのくらい上がるか、見ものだな」

「奥田くんと吉野さんも呼んでカウントダウンしようぜ」

「二人とも授業があるだろ。終わり次第来てもらうように連絡しよう」

「奥田くんは4年生なんだし、大丈夫なんじゃないか? タクシー代を出してやるから、すぐに来いって言ったら来るだろ」

「だったら、聞くだけ聞いてみるか」


 奥田くんに連絡を入れると、すぐに返事が来た。


「“オークションの締め切りに間に合うように行きます”──だと」

「ほらな。絶対なんかの装置を買ってくれって言うぞ」

 俺は奥田くんの顔を思い浮かべる。


「必要なら買ってもらって構わないが……」

「予算を決めておけよ。奥田くんみたいなタイプは、何でも買えるとなったら、文字通り“何でも”買うぞ」

「ふむ。そうだな。──だが、まずはみんなのセキュリティ対策に金を掛けよう」

「賛成。学生だし、安アパートに住んでそうだな。もっといい場所に引っ越してもらおうぜ。トップ探索者が使ってるマンションはどうだ? なんだっけ、グランセキュールなんとかってやつ。オートロックに警備員が常駐してて、どの通路にも監視カメラが付いてる」

「主要駅のそばにあるマンションだな。この辺りなら、グランセキュール港南台か……。セキュリティ面では文句なしだ」



 グランセキュールは、ダンジョン近郊のエリアには必ず建てられている要塞のようなマンションだ。

 かつて、異生物のスタンピード(群体暴走)が懸念された時期に開発されたもので、今では政府関係者や著名人が多く住み、最も安全な物件の象徴になっている。

 その分家賃も破格だが、安全が金で買えるならと、入居希望者は後を絶たない。



「あのマンションなら、あらゆる場所にカメラがあるなら、何かあったときにオレのほうでも対応出来るな。空きがあるか調べてみよう」

「あと、二人ともスマホは持たせてるけど、それだといきなり誘拐されたとか、そういう状況のときに使えないだろ? 何か身につけるタイプの、小型GPSみたいなものはないかな?」

「あるぞ。ベルトのバックルや、タイピン、アクセサリーに仕込むやつだ。大富豪の子どもとか、要人警護なんかでよく使われてる」

「んじゃあ、それも二人分注文してくれ」


「了解──GPSは、ふみかさんと心菜ちゃんの分も注文しておくか?」

 少し、間をおいて、真司が俺の顔を伺うように尋ねる。


 二人の名前を聞いた瞬間、胸がキュっとする。


「……そうだな、頼む。だったら、ふみかと心菜にも一部屋借りるか」

 俺は何でもなさそうに答える。


「いいんじゃないか? 今のところ、殺しても死なないオマエの弱点は、二人の身の安全だからな。でも……奥さんが納得するかな? なんて言って引っ越してもらうつもりだ?」

「うーん、“俺のとばっちりで危ない目に合うかもしれないから、安全なところに移ってくれ”──でいいんじゃないか? ホントのことだし」

「それだと、またオマエの都合で振り回してると思われないか?」

「別にそう思われたっていいよ。俺は……二人が安全に暮らせればいいんだから」


 真司に──というより、俺は自分に言い聞かせるように呟いた。


「そうか……。姿を見せずに説得出来るかどうかわからないが……うまくいかなかったら、オレに言え。口添えぐらいはしてやるから」

「悪いな。そんときは頼む」

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