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リファイン ─ 誰でもない男の、意外な選択と、その幸福 ─ そして世界は変わる  作者: かおる。
第八章

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2025年5月22日(木)盗聴器

 次の日、真司はさっそく向井さんとの打ち合わせに出かけていった。

 俺のほうは、のんびりと部屋の掃除をし、洗濯物を干す。



 午前10時。事務所に行く前に、この前注文しておいたスマホを取りに行った。

 ……が、毎回こうして店に足を運ぶのも、めんどくさい。


 なので「同じくらいのスペックのやつが入ったら、まとめて送ってくれない? 台数はいくつでもいいから」と、店員に交渉してみた。


 店員は可愛らしい顔を引きつらせ、「ちょ、ちょっと店長に確認しますね」と奥へ消えた。



 ん? なんか変な客だと思われたか?



 ほどなくして、店長らしき人物が現れた。


「法人名義であれば、そういったご注文も可能ですが……」

 店長は、そう言って丁寧に頭を下げる。


「あ、ちゃんとした法人ですよ」

 俺は名刺を出した。


 店長は名刺をじっと眺め、それから俺の顔を見て首をかしげた。



『ちょっと、山村さん。アタシの姿してるときに山村さんの名刺を渡してどうするのよ』

 頭の中で吉野さんの呆れた声がした。



 そういえば、今の俺は吉野さんの姿だ。

 もしかして、若い女がいたずらで大量発注してるようにしか見えないかも?

 どうしようか──



「あの……専務に買ってこいって言われたの。買ってこないと、アタシが怒られちゃうんです」


 ふと思いついて、俺は精一杯かわいらしい声を出し、上目がちに店長の顔を見た。

 そして、ほんの少しだけ──”女優エフェクト”をキラキラと飛ばす。



 店長の表情が「なるほど」と緩む。



 クックック。チョロイもんよ。



 俺は細かいことは店長に丸投げして、ある程度の台数が揃ったら事務所に送ってもらう契約をした。



 よし、これで次からは自分で動かなくていい。

 何事も、臨機応変に──だ。



 ***



 俺は事務所に着くと、真司に連絡を入れた。


「予約しておいたスマホを20台買ってきたぞ。ついでに、同じようなスマホがあれば、宅急便で送ってくれとお願いしておいた」

「そりゃいい。──ところで、今日はナンブが混み合っててな、桐ヶ谷さんに入れ替わるのはやめておけ。誰かに見られるかもしれん」

 真司が声を潜める。


「ああ……ライブ配信の影響か」

「ナンブで撮影してたのがわかったんだろ。大勢で“カメラに映っていた謎の女性を探せ”──みたいなイベントになってる」

「うーん、だったら、どうせ今は吉野さんの姿だし、この前の犬笛みたいな魔法を覚えてみるか」

「じゃあ、奥田くんリクエストの掃除機みたいな魔法も考えておいてくれ」

「掃除機ねえ……、まあやってみるよ。そっちはどうだ?」

「今、向井さんが施設の説明をしてくれてるところだ」

「なるほど。んじゃあ、何かあれば連絡してくれ」

「了解」



 ***



 施設の案内が終わると、向井と真司は建物の裏口から外に出た。

 盗聴器の掃除が終わらないうちは、外で話したほうがいいと、二人は人気のない搬入口のそばを歩きながら話し始めた。



「そういえば、深域管理機構はオークションには参加しないんですか?」

 真司は向井に尋ねた。


「俺から上司に進言はしたんだけどな。そんな詐欺みたいな商品に金は払えないだと」

「あー、そういう扱いですか。ライブ配信も見てない?」

「見てないと思うぞ」

「……とすると、あとからゴチャゴチャ言ってきそうですね。“本当にダンジョンで通話が出来るスマホがあるのなら、まず深域管理機構に売るべきだろう”──みたいな」

「それは……ありえるな。ちなみに、政府筋から、動画に映っていた探索者は、ナンブで活動してるのかという問い合わせはあった」

「何て答えたんですか?」

「個人情報はお答えできません──だ」

「あんまり有名になり過ぎると、やりづらくなるな。しばらくよそのダンジョンに行くのもアリかな」

「よそへ行きっぱなしになっちまうと、こっちが困るんだが」

 向井が真司のほうを向く。


「もちろん、ナンブの“掃除”が優先課題です。これが終わるまではどこにも行きませんよ」

 真司は軽く笑って応えた。



「さて──じゃあ、どうやって盗聴器を見つける?」

「部屋の外から見るだけでもわかります。ただ、外してしまうと、また付けに来ると思いますよ。どうします?」

「どうって……放ってはおけないだろ。全て回収して、新しく取り付けに来たところを捕まえたほうがいいだろう」

「確かに、“盗聴器を見つけました、犯人の住所はここです”──なんて、警察に言えませんからね」



 二人は無言のまま、建物の中の部屋を一つひとつ見て回った。

 薄暗い会議室に入ると、かすかに空調の唸りだけが響く。


 真司は部屋を見回すと、指でエアコンの吹き出し口を示す。

 向井が脚立を立ててカバーを外す。裏に黒い小型のチップが貼り付いていた。

 それを回収袋に放り込み、次の部屋へ。


 照明の裏、火災報知器、本棚の背面、内線電話の受話器──。

 回るたびに袋が重くなり、ガサゴソと音を立てる。


 すべての回収を終えると、二人は向井のオフィスに戻り、無言のまま机の上に横浜市の地図を広げる。

 真司は回収した盗聴器を手に取ると、スキルで発信源をたどり、赤ペンで地図に印を付けていく。


 地図の上に、次々と浮かび上がる赤い点。

 この点の下に、悪意を持った人間がいる──。

 向井は真司の作業を見守りながら、無意識に拳を握りしめていた。



 真司がペンを置くと、向井は黙って内線電話を取り、部下を呼んだ。

 部屋のドアを開けた部下に、盗聴器の詰め込んだ袋を渡す。


「コイツを処分してくれ」


 部下は袋を受け取ると、一礼して去っていった。



 重苦しい静けさを破るように、真司が明るい声を出す。


「──どうでした、今日の成果は?」

「思っていたより多かったな。こっちでも定期的に点検はしていたんだが……」

 向井は地図の上の印を見つめた。


「ナンブ周辺の印は、ほぼ、港南区の暴力団──石川組と黒虎幇だろう。だが、市内の地図に入らなかった盗聴器もあったな」

「建物のルーターに仕掛けてあったやつですね。そっちは政府関係です」

 真司が答える。


「なんでわかる?」

「誰かと通話している内容が聞こえました」

「おま……それはヤバいんじゃないか? どんなスキルを持ってるんだよ」

「何を今さら。スキルについては、ノーコメントです。誰かにウチのことを聞かれても、知らなければ喋りようがないですから」

「……了解した。俺は何も聞かなかったことにする」

 向井は苦笑し、深く息をついた。


「で、新しく盗聴器を仕掛けに来たやつらはどうする?」

「こちらで()()します。怪しい動きがあれば、向井さんに連絡するかたちでいいですか?」

 真司が尋ねる。


「どう監視するつもりなんだか知らないが……まあ、その点は任せるよ。連絡をもらったら、すぐに現場に向かう」

「出来れば、さっき盗聴器が見つかった部屋の周辺に、監視カメラを増やしてもらいたいんですが。そのほうがやりやすいので」

「そっちも、すぐ対応しよう」

 向井は受け合った。



 自然と、二人の視線は地図の上に落ちた。

 しばらくの間、言葉を交わさず、ただ赤い点の群れを見つめ続けた。

 それらの点は単なる印ではなく──街に潜む“悪意”の居場所を、はっきりと指し示していた。

※スマホ作り、吉野さんが一緒じゃないと難しいのを忘れてました。セリフを一部変更します。

真司が「そりゃいい。──ところで、今日はナンブが混み合っててな、スマホ作りはやめておけ。誰かに見られるかもしれん」というところを


「そりゃいい。──ところで、今日はナンブが混み合っててな、桐ヶ谷さんに入れ替わるのはやめておけ。誰かに見られるかもしれん」に変えました。

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