2025年5月21日(水)最初の入札者
事務所に戻り、午後12時。ついにオークションが始まった。
終了は3日後の同時刻だ。終了間際に競り合いがあっても、締め切り時点で最高額を提示した者が落札となるルールに設定した。
「”世界初! ダンジョン攻略が変わる──ダンジョンで通話が出来るスマホ、ついに解禁! GPSを使えば危険なダンジョンも、安全地帯に早変わり!”──誇大広告のお手本みたいな文章だな。胡散臭くないか?」
俺は真司の横からノートパソコンの画面を覗き、商品ページのキャッチコピーを読み上げた。
「こういう商売は、お行儀よくやってたんじゃダメなんだよ。これなら目に留まるだろ?」
真司は自信ありげにニヤリと笑う。
「自分たちの商品じゃなきゃ、詐欺にしか見えないな」
「まあ、ライブ中継が始まれば、認識も変わるさ」
「ライブは1時から始めるんだろ? んじゃあ、昼メシを食べに行こうぜ」
俺はのんびりとした口調で真司を誘う。
「いや、さすがにアクセス数が気になる。コンビニへ行って弁当を買ってこよう」
「まあそれでいいか。コンビニメシも久しぶりだな」
俺たちは立ち上がって、ノートパソコンの前を離れた。
──その後ろで、画面の端で“閲覧数”の数字が跳ね上がったことに、俺たちはまだ気づいていなかった。
隣のコンビニで弁当を選んでいる間にも、ウォッチリストの登録者数は加速度的に増えていく。
面白半分で拡散された情報は、伝言ゲームのように形を変え、勝手に独り歩きを始めていた……。
***
革張りの社長椅子にもたれながら、有田はスマホをいじっていた。
昼メシを食べながらオークションサイトを開き、車のパーツや探索者関連の出品を眺めていると、新着コーナーに場違いな出品を見つけた。
「……なんだ、こりゃ」
思わず声に出た。
「どうしたんですか?」
机の向こうから章平が声を掛ける。
「ダンジョンで通話が出来るスマホの、オークション販売だってよ」
「ガセじゃないんですか? それとも……どこかの企業が開発したのかな?」
「出品者は匿名だ。しっかし、嘘くさい宣伝文句だな。──いや、いかにも詐欺って感じ過ぎて、逆に本物なのかも? 開始価格が100万からだってさ」
「へえ。冷やかしで入札できる額じゃないですね。詐欺だったら、もっと敷居を下げて手広くやりません?」
章平は肩をすくめる。
「このテのオークションだと、“新製品です、今だけ大特価で販売”──みたいな詐欺なら今までもあったけどな。うーん、……これはどうだろう」
「1時からライブ配信があるみたいですよ。ウォッチリストに入れてるのは……500ちょっとですね。みんな、とりあえず様子見って感じでしょうか」
「だろうな。動きがないようなら、先手を打って入札するのもアリかな」
「こんな商品に入札するんですか?」
「いや、こんな商品だからこそ、入札すれば出品者に注目が行く。詐欺を疑う連中から通報が相次げば、オークションの運営側が確認に動き出すだろ? 気の小さい詐欺師なら、怖くなって逃げ出すさ」
「善意の通報者を増やす作戦ですか。逆に本物だった場合、注目度が上がって、落札出来なくなるかもしれませんよ。本物だったら欲しいでしょ、このスマホ」
「当たり前だ。いくら積んででも落札するぞ」
***
向井は社員食堂で日替わり定食を頼み、席につくなりポケットからスマホを取り出した。
少し離れた位置で食事を取っていた部下たちの一人が、向井に気づいた。
「あれ? 主任、スマホ変えたんですか?」
「これか、知り合いに譲ってもらったんだ」
「結構年季が入ってる感じですけど」
「見た目は古いが、今まで使ってたスマホより性能がいいぞ」
「へえ、どのメーカーですか?」
「さあ、そういうのはよくわからんな」
「ちょっと貸してくださいよ。調べてみます」
部下が手を伸ばしてくる。
「すまん、俺以外には使えないようになってるんだ」
「え? 起動だけじゃなくて、操作も弾かれるんですか? めちゃくちゃセキュリティがキツいですね」
「まあ、貴重な機種なんでな。本人認証は厳しくしてある」
「主任、スマホを見ながらご飯を食べると、お行儀が悪いって言われませんか?」
女性の部下が声を掛けてきた。
「えー、そんなこと言うか? どこのお嬢サマだよ」
「ウチは、食事のときはテレビも見せてもらえなかったよ」
女性の部下が、実家での理不尽な決まりについて話し始める。
「ウチも、家内によく注意されるよ。子どもがマネするからやめてって。──ただ、ちょっと急ぎで確認しておきたい出品があってな」
向井は軽く頭を下げ、画面に目を戻した。
オークションサイトを開いて、探索者向けの商品が並んでいるカテゴリーをクリックする。
12時にオークションを開始した商品は多く、少しスクロールしただけでは探している商品は見つけられなかった。
向井は少し考え、検索窓に「ダンジョン 通話可能 スマホ」と入力。検索結果から探していた商品を見つけた。
オークションページに移動して、商品の宣伝文句をじっくりと読む。
ウォッチリストを見ると、2000近い数になっていた。
***
「荘太郎、見てみろよ」
コンビニから戻って、パソコンの画面を確認した真司に声を掛けられる。
「ウォッチリストは──5190か。10分くらいだよな、目を離したの。ペースが早くないか?」
「おそらく誰かがこのページを見つけて、それをSNSで拡散してるんだろ」
「一躍人気者になった?」
「いや、どちらかというと、詐欺師を見つけて、みんなでぶっ叩こうと待ち構えてる感じかな」
数字の伸びを見ていると、ゆっくり人数が増えるのではなく、何かのタイミングで一気に数字が伸びる。
俺は、他のオークションページのウォッチリストを確認してみた。
新着なら、せいぜい一桁、どんなに良くても数十といった数字しかない。
「地道にいい商品を売ろうと頑張ってもアクセス数は伸びず、詐欺みたいな商品だと思われたほうがアクセスが伸びるっていうのは、皮肉だなあ」
「どんなにいい商品だろうが、埋もれてしまえば売ってないのも同然だろ」
「だな」
しばらく二人で画面を見ながら弁当を食べていると、宅急便が届いた。
昨日真司が注文したレッグホルスターだ。
真司が受け取りのサインをしたところで、ノートパソコンから通知音が鳴った。
「お、来たぞ。最初の入札者だ」
俺は真司に声を掛ける。
「ファーストペンギンか。ついに勇者が現れたな」
「誰だろう。相手の情報は?」
「自己紹介欄には何も書いてないな。入札者としての評価欄を見ると、おそらく探索者だろう」
「装備品の売買と、たまに車の部品に入札してるみたいだな。金払いはよさそうだ」
一人が入札すると、ピロリピロリと続けて通知が鳴りだした。
とはいえ、上げ幅は千円刻みくらいのペースだ。
「軽くジャブの打ち合いって感じだな」
「見てるだけっていうのも、なかなかじれったいなあ」
お茶のおかわりを入れようとしたところで、真司のスマホが鳴った。
「おっと、オークションの管理者からだ」
真司はスマホの画面を俺に見せる。
「スピーカーにしてくれ」
俺がそう言うと、真司は電話に出てスピーカーのボタンを押した。
「オークションハウスの白石です。ディープレイヤー代表、小沼様でしょうか?」
「はい。小沼です」
「えー、実は、小沼様がオークションに出した商品について、問い合わせというか……、詐欺じゃないかという通報が相次いでおりまして」
白石は、言葉を選びながら話し出す。
「詐欺とは穏やかじゃないですね。商品説明に書いた通りの商品ですよ?」
「──では、このままオークションを継続してもよろしいでしょうか? もし、その……商品の正当性を証明出来ない場合、詐欺として刑事事件になるかもしれませんが……」
「”詐欺なら落札前に消せよ”ってことですか? ──でも、その心配は無用です」
「そうですか。では、このままオークションを続けさせていただきます。失礼いたしま──」
「ああ、そうだ。今回のオークションが成立したときの手数料は、結構いい額になると思いますよ。サイトのトップページに、ウチの商品へのリンクを貼っていただければ、そちらにもメリットがあるんじゃないですかね」
真司は口を挟む。
「……ご提案ありがとうございます。検討させていただきます」
白石は丁寧な口調で礼を言い、電話を切った。
「“メリットがあるんじゃないですかね”──だって」
俺は真司の言い方をマネする。
「こっちはアクセス数が上がる。向こうは手数料が上がる。ウィンウィンじゃないか」
真司はすました顔で弁当を食べる。
「ウォッチリストを見てみろよ。すごいことになってるぞ」
「開始から20分で1万超えか。ライブ配信が楽しみだな」
「みんなに期待されてるようだし──んじゃあ、そろそろライブ配信を始めますか」
テーブルの上を片付けると、俺たちは荷物を持ってナンブに向かった。
久々の有田さんと金子さん登場。覚えてます?
自分でも忘れそうだ。人物相関図も作るべきか。
有田さんは、ナンブのトップ探索者。
金子さんはその甥で、山村が擬態した吉野さんと色々ありましたね。
第八章を公開するので、見直したてたら不自然に感じた書き方があったので直しました。
話の筋は変わってません。




