陰陽師 (終)
アオが住処である小屋に着いたのは二日後だった。
かわらずミツキはゼーゼーと苦しそうにしていて、出発時より明らかに衰弱している。
アオもヘトヘトの体であったが、息子への心配のが先であった。
奥さんも寝ずに看病していたらしく疲労が見てとれた
アオ着いたその夜にミコトが小屋に姿を見せた。
「やーどうもどうも なんかエライところから呼んでいただいたみたいで・・・
「でも、どうしたんですか? 私まだあの酒を買えるような金は手にいれてないですけど・・・」
ゆっくりと荷物をおろすミコトだが、奥で苦しんでいるミツキを見ておどろいた。
アオはミコトの手を握った。
「頼む。この子を助けてやってくれ。 あんたも旅の途中で気づいただろ。 あの黄色い雲が通り過ぎてからというもの
都やこのあたりの人間はほとんどこんな調子なんだ!! 医者も役にはたたない様子。 もうあんたの不思議な毒に任せるしか
思いつかなかったのだ。」
必死の頼みにミコトは焦りの表情を見せる。
「えー む・・無理ですよ。私医者でもなんでもないのに・・・買い被りすぎですよ」
「頼む!! この子が治れば酒でもなんでも好きなだけやる。頼む!!」
「え? 酒? 好きなだけですか?」
ミコトはアオの言葉にすこしやる気が出てきたのか、荷物の中の”毒袋”を漁った。
沢山の竹筒や竹の皮で包まれた毒が出てくる。
しかし、どれもこれも不思議な効能のものばかりで役にはたたない。
「うーん・・・」
ミツキのまえで正座し腕組みをしたまま首をかしげた。
「黄色い雲っていうのはこの間の突風の日のことですよね? 」
「ああ やはりそれと何か関係しているのか?」
ミコトはアゴのところに手をやって必死に考えた。
「あれはね この国のはるか西側、海を越えた大陸のもっと先におっきなおっきな砂漠があるんです。それが毎年この時期になると起こる大きな風にのって沢山の砂を巻き込んでこの国までやってくる。言わば砂嵐のようなものなんですよ。 普通はここまで届くことはほとんどないんですが・・・・今年のは大きかったようで・・・」
「大陸ってあんた、海まで渡ったことがあるのか?」
「えーたまに・・・」
その時、ミコトの目には部屋の中に転がっている瓢箪が映った。
「いかりさけ・・・・」
ミコトは小さく呟くと、すこし笑い始めた・・・
「ふふ・・・・まさか・・・・」
アオはミコトの笑みに少し怒りぎみでミコトに近づいた。
もしかしたら、この男を頼ろうなんてとんでもない勘違いかもしれない・・・そう思った。
ミコトは立ち上がり着物の裾を荷物の中から出した紐でしばり両腕が使いやすいようにした。
「錨草の畑。ありましたよね? あれどうなりました?」
「いかり・・・ああ。あれなら使うぶんだけとって、放置してあるが・・・」
ミコトはアオと奥さんを横切り、草履を履いた。
土間に置いてあった籠を持ち外に飛び出した。
アオも訳もわからずミコトの後を追った。
そして錨草の畑までやってきた。
「おそらく、あの黄色い突風に含まれる砂は空気中に漂っていられる位ですから相当に小さくなっている。
それを大量に吸い込んだ人間の胸に入ると中でその微細な砂が体内を傷つけて起こる病ではないでしょうか。
実は大陸であの砂がある砂漠の民にそういう病になると聞いたことがあるのです。そして直す薬草のことも聞いた事が・・・・」
もはや花は枯れ草だけになっている。
ミコトは一枚、一枚錨草の葉を摘んでいく。
「淫羊藿。 錨草のことです。 この草は血流を良くしアッチの方が元気になるのですが、その効能がこのような息をする管の病気にも効くらしいのです。」
アオはその話を聞くとすぐにミコトを手伝った。
あっという間に、葉を籠いっぱいにあつめ、飛んで帰り煎じてミツキに飲ました。
夜に一度、早朝に一度、昼前に一度、念入りに飲ませた。
そして、ミツキは段々と楽に息をするようになり始める。
奥さんは安堵でしくしくと泣き始めた。
★
その間もアオとミコトは畑に出てできるかぎりの葉を集めていた。
少しでも集め都や旅館の集落に配るためだ。
「ありがとう ミコト・・・・ミツキもなんとか持ち直したみたいだし・・・本当にあんたのおかげだ」
アオは葉を摘みながらミコトに礼を言った。
ミコトは照れながら頭をかいた。
「でも、偶然なんですかね・・・・」
アオは一度立ち上がり、腰を伸ばしながらミコトの言葉を聞き返した。
「なにが?」
「知ってました? 羽根突きっていうのも、元々陰陽道の一つなんですよ?」
「?」
「古来、蚊による熱病が流行ったことがあって、そのとき偉い陰陽師の方が考え出したのは蚊をたべる蜻蛉を見立てた羽根を作り
それを陰陽師同士が板で飛ばしあい、蚊を追い払おうとしたのが始まりなんですって。」
「へー。 それが・・・・?」
「だってこの錨草にしても、私は好きですが一人が一年に飲むにしたって普通はいくら何でもこんなに要らないでしょう。」
ミコトも立ち上がり腰を伸ばしがなら、あらためてその広い畑を見回した。
アオはまたしゃがみ葉を摘みはじめる。
「もしあの黄色い雲を予見してこの畑をあなたに作らせていたとしたら・・・・」
ミコトはアオの方を見た。
「もしかして、アオさんのお父さん本当におんみょ・・・」
「やめてくれ!」
アオはミコトの言葉をさえぎった。
「・・・・む・・・無駄話は止めてくれ。 この葉を必要な奴がたくさんいるんだから。」
「・・・はぁ・・・」
そういわれミコトは再び作業に戻った。
そして2人で摘んだ錨草の葉で何人もの民が救われた。
★
ミコトは、好きな酒を瓶ごともらうことにした。
しかし、持ちきれないので無くなったら再び訪れると約束して去った。
その年の秋。
アオの息子ミツキは羽根突き大会に出た。
やはり大人に負け、悔しそうに泣いたらしい。
どうやら祖父ほどの羽根突きの才能はないようだ・・・
その観客席に、アオと奥さんの姿があったという。
(おわり)