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山の中の酒売り

「くださいなっ」


そこは御門みかどの鎮座する平城京よりもっと北側にある村から、さらにズンズンと北の山を登り海の国との境の道に小さな集落が塊り、旅人を相手に商売をしているところだった。


都から次の村まで歩くのちょうど夜になるあたりであり、客も少なくない。

 その集落の外れのあたりで一人、手製の酒を売っている酒売りの男がいた。


「なんだ、またあんたか。 毎年買いに来るな。」


「ええ。だってオジさんの酒とっても美味しいんですよ。」


酒を買いに来た客はニコニコしながら、酒売りの男の前に並べられた酒のかめをさすった。

酒売りは口の右側だけをあげ薄ら笑いを浮かべる。


「・・・そりゃ、ありがたいね。・・・でもあんた酒なら他にも米から作ったのとか、野いちごから作ったのとか、色々あるぞ。なんであんたいつも、この錨酒いかりさけなんだ?」


酒売りは瓶に張ってある布をぐるぐる巻きにしばった紐を解き始める。


「他の酒は他の地方でも売ってるんだけど、この錨酒はおじさんのとこしか売ってないし、これ飯とあうってわけじゃないんだけど寝る前に飲むと実に目覚めがいいというか・・・」


「ふーん。ま、いいわさ。ところで金は持ってきたのか?またあの変な薬で交換しろって言われてもさー。 あの去年持ってきた”髭が生える薬”っての

髭も生えてきたけど、いろんな所の毛まで伸びちゃって大変だったんだぞ。」


瓶の横の粗雑な箱の中には瓢箪ひょうたんが沢山はいっている。酒売りはその一つを手に取った。


「あーそれは本作用ですよ。 私の売ってるのは薬じゃなくて”毒”ですから。 ちょっと体に無理してでも副作用で病状回復とか願いをかなえるのが目的です。多少の我慢はしてもらわないと・・・・」


「ふはは 変な男だなあんた。 で、今年は何の毒をもってきたんだ? 」


酒売りは瓶から尺で酒をすくうと瓢箪ひょうたんの中に器用に移す。

一滴もこぼれない。

それを嬉しそうに眺めながら客は答えた。


「一刻だけ目が良くなる毒です。 遠くのものを見たければどんなに離れていても見えるしどんなに小さい物も形を把握できます。ただし、十日は目が敏感になり、まぶたを閉じても自分の体の中を見続けてしまいとても眠れない状態に陥ります。 そのため寝不足、イラつきの症状が出ます。」


客は重そうな袋の中から、黄色い竹筒を出しフタを取るとその中から紫色の丸薬が二粒ころころと手のひらに出てきた。

客の手はなぜか蛇の皮のようなうすい皮で巻かれている。いや、よく見ると首から下、全身を何かで巻いている。

だが何年も酒を買いに通ってくるので、酒売りはその不思議な客の様相に慣れて聞くこともしない。

にやけながら、その丸薬と酒の入った瓢箪ひょうたんを交換した。


「いらねーな ふははは」


酒売りは豪快に笑いながら、瓢箪とその竹筒を交換し一応胸にしまった。

客は酒を大事そうに脇にくくりつけ、ニコリとすると立ち上がりキョロキョロとあたりを見渡す。

もう、空は夕暮れに近い。 


「あんた、これから何処にいくんだい? それともここの宿のどこかに泊まりにきたのか?」


客は頭をポリポリとかいた。


「目的もなくブラブラしてるのが性分でして・・・ただこのあたりは賊も出るって聞きますからね。今日はどこかに泊まろうと思ってますが、知っての通り金はあんまり持ってないので・・・・近くにお堂でもあればいいのですが、酒売りさん。どこか程よい所知ってます?」


酒売りはもう店じまいとばかりに、荷車に酒瓶を載せはじめた。

いつも座っているから判らなかったが意外に大きい男だ。


「ねーなぁ。 まぁ あんた悪い奴じゃなさそうだし、一晩ぐらいならウチに泊めてやってもいいぞ。

つっても狭い掘っ立て小屋で母ちゃんと息子もいて土間くらいしか貸してやれんが」


酒売りはまた口をゆがめるように笑った。

客は嬉しそうに深々とお辞儀をした。


「ありがとうございます!! お言葉に甘えちゃいます えへへ じゃぁお礼に。」


客はまたカバンの中から皮袋に入った米を出して酒売りに見せた。


「北の国に寄ったときもらった黒米です。 これで、とっておきの”おむすび”なぞ、どうでしょう?」


酒売りはまた笑う


「ふははは お前 なんでそれで酒交換しないんだよ 変な男だな」


客はハッと気づいて恥ずかしそうに笑った


「すみません えへへ」


「ふっ こっちだ。ついてきな」


酒売りは、ガラガラと荷車を引きながらアゴで道を指した。

客は慌てて荷車を後ろから押す。


「そういやあんた名前は? 毎年来るのに一回も聞いたことなかったな」


カナカナと山の中をヒグラシが鳴き始めた。 陽の光がだんだんと橙色に変わっていく。


「みこと。 ミコトと言います。 酒売りさんは?」


「俺はアオ」


タプタプと波打つ音が聞こえる沢山の酒瓶と共に夕暮れの山道を都でも集落でもない方向に二人は進んでいった。


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