第54話 スメルコントロール
柴咲さんは、最後の力を振り絞るかのうように俺のホールドから脱出を試みる。
ここで逃がしては元も子もないので、俺も油断はしない。
念のため、後ろから拘束している白鳥さんにもアイコンタクトを送る。
「はぅ~」
しかし、白鳥さんは白鳥さんで軽くトリップ状態になっていた。
どうやら、俺に抱きしめられている関係でダメになったらしい。
流石ポンコツ忍者である。
こうなれば俺が自力で耐えるしかない。
が、俺の体力と柴咲さんの体力では大きな差があるため、やはりもう一手必要だ。
(ニオイを、コントロールする……!)
ニオイを直接嗅ぐまいと顔を上げている柴咲さん。
俺が下を向くと、自然と目を合わせるカタチになった。
同時に、これでもかというくらい俺の好きだという気持ちを込める。
「っ!?」
効果は覿面だった。
柴咲さんの抵抗が緩み、足に力が入らなくなっている。
「柴咲さん、愛している」
「~~~~~!」
さらに、真剣な表情で愛を呟く。
ダメ押しというやつだ。
スメルコントロール……
段々とわかってきたかもしれない。
俺はニオイに感情を乗せるコツをマスターしつつあった。
これも一種の特殊能力と言えるかもしれない。
惜しむらくは、恐らく柴咲さん相手にしか有効ではないということだ。
柴咲さんの口の端から、涎が流れ落ちる。
あまりの効果に、流石の俺も罪悪感を感じざるを得ない。
柴咲さんは、俺のニオイからはある種の多幸感を感じると言っていた。
多幸感を任意で引き起こせるのであれば、それは薬物と言い換えてもいいだろう。
つまり俺は今、柴咲さんをヤク漬け――否、ニオイ漬けにしているようなものだ。
こう考えると、一気に犯罪感が増す。
ア屁顔状態の柴咲さんは、既に抵抗する力を失っていた。
俺はホールドを緩め、柴咲さんの口を拭ってやる。
美女の唾液は非常に魅力的であったが、鉄の意志で舐めたい欲を抑え込む。
「きゃん!」
ホールドを緩めたせいか、腰の抜けていた白鳥さんが尻もちをついた。
柴咲さんも腰を抜かしていたが、俺にしな垂れかかっているため落下は防げた。
白鳥さんには悪いが、今は柴咲さんを優先させてもらう。
「柴咲さん、意識はあるか?」
「ひゃ、ひゃい……」
「ならばもう一度言おう。俺と結婚してくれ、柴咲さん」
「…………」
流石にすぐには返事が返ってこない。
しかし、柴咲さんの表情を見るとまだまだ蕩けたままであり、目は完全に泳いでいた。
フッ……、堕ちたな。
「卑怯れすよ、こんらろ……」




