資格がない
「8番ライト、椎名!」
「……はい」
中学生活最後の大会。俺は、ピッチャーから降ろされた。さすがに、レギュラーを降ろされることはなかったが、ショックは大きい。
それに、ついこの間まで仲が良かったはずの部員たちは、俺に対してゴミを見る視線を向けてくる。
よく応援してくれたマネージャーも、「女の敵……」とか言って、露骨に俺を見下すようになった。
だが、1人だけ俺を庇う人物がいた。
「監督、納得できません!なんで椎名をエースから降ろすんですか!」
「レギュラーから降ろさないだけでもありがたいと思え!あんなことをしでかして、世間がただで許すと思うなよ!」
「なんでそうやって簡単に信じるんですか!椎名はそんな奴じゃないし、本人も違うって言ってるじゃないですか!」
「だが、証拠も出ている!」
「あんなの……っ」
「なんだ?反論できないのか?」
俺を庇う人物は、監督の言葉に反論することができずに、押し黙ってしまう。
そもそも、相手は監督だ。これ以上逆らえば、レギュラーを降ろされてもおかしくない。
「もういいよ。試合に出れるだけマシだ」
「椎名!」
「もういいって……無駄だよ」
「っ……クソッ」
―――――――――――――――
「ゲームセット!7-3で風葺の勝利!」
審判の掛け声とともに、全国大会最終戦を終えた。
結果はうちの学校の勝利。
だが、俺は素直に喜べなかった。
言わずもがな、俺がピッチャーとしてったっていないからだ。
プライドをズタズタにされた。誰もそんなことを言っていない。そんなことわかっているのに、どうしてもお前はもう必要ないと言われている気分だった。
実際、マウンド上で俺を除いたメンバーで喜びを分かち合っている。
「椎名……」
「なんだ」
「授賞式あるぞ……」
「いや、俺は帰るよ。俺がいても邪魔だろ?」
「そんなことない!お前がいなかったら、まず俺たちはこんなに強くなれなかった!」
「でも、用済みだろ?自分たちが強くなったから、もう俺は邪魔なんだろ?」
「そんなこと……」
「あるんだよ。じゃあな。もう野球はやめる」
その後、俺の親友がなにか言っているのは聞こえた。だが、俺には最後の「高校で戦うの楽しみにしてるから」という叫びだけだった。
もうやらねえって言ってんだろ。
こうして帰路についている途中、俺の携帯が鳴った。
画面を開くと、結乃の名前が書かれている。大会の結果でも聞きたいのかな?
そう思い、俺は出来るだけ結乃に心配をかけないように、元気な声で応答する。
「もしもし」
「お兄ちゃん!お父さんが!お母さんが!」
もうその先のことは覚えていない。ただ、もう生きている意味がないと感じていたのは覚えている。
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目が覚めた俺は、体を起こした。
目覚めが悪い。
隣に玲羅はいない。こんなに重苦しい朝は久しぶりだ。
重苦しい体を引きずり起こして着替える。
それが終わった俺は、リビングに行って、玲羅たちのもとに行った。
「……おはよう」
「あ、翔一、おは「お兄ちゃんおはよう」
「ああ、おはよう」
今、玲羅がなにかを言いかけたが、結乃がそれにかぶせて言う。
色々思うところがあるが、このピりついた空気の中、それを指摘するのもできない。
玲羅が、ものすごく苦しそうな表情をしている。
「玲羅、今日はどうし「お兄ちゃん、早く朝ごはん食べて学校に行って」……はあ、わかった」
なにやら、結乃が玲羅と話をしたそうなので、俺は早々に家を出た。
あの2人、大丈夫だろうか?
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「出て行って」
翔一が出た後、私は結乃にそう言われた。
「わかった……」
嫌だ。と、言いたい気持ちはあったが、私にそれを言う資格はない。それに、翔一は優しいから、なにがあっても私を住まわせてくれるはずだ。
だからこそ、結乃が言わないといけないのだ。
私は、知らなかったとはいえ―――いや、知らなきゃいけなかった。
でも、翔一は教えてくれなかった。それほど、私はその程度の存在だったのだ。
口では愛してる。好きだ。そう言っていても、心の中では、私を信用してくれていなかったのだ。
もしかしたら、なにか教えたくない理由があるのかもしれない。そう思いたいが、私は翔一の隣にいてもいいのだろうか?
もし、そんな資格がないのだとしたら、私は……
「ふーん、もう少し食い下がると思ったんだけど……」
「食い下がりたい……もっと食い下がって、翔一の隣にいたい。だけど……」
「そんな資格ないよ。玲羅先輩がお兄ちゃんのお嫁さんになるくらいなら、みお姉のほうがいいに決まってる」
「……そうだな」
そうだ。翔一には、美織がお似合いだ。
癪だが、彼女は私よりも翔一のことを知っている。だからこそ、翔一を心の底から愛してやれる。
好きな人が幸せならそれで……
「今日の放課後、家を出て行く」
「あっそ。これから先、お兄ちゃんに近づかないでね?もう、私の家族を傷つけないで」
「わかった……」
心が痛い。心が苦しい。
翔一ともっと一緒にいたい。キスもしたい。家庭を築きたい。
色々な思いが錯綜するが、思い出されるのは昨日の翔一。
翔一に、私の声が聞こえなくなったとき、結乃の声は聞こえていた。私はそこにいない。翔一にい愛されているようで、私は愛されていない。
そう思えば、自分の中で踏ん切りがついた。
私は、今日翔一の家を出る。まずは学校に行ってからだけどな。
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俺が学校についてから30分ほどして、玲羅が学校に来た。
俺は、結乃になにを言われたのか聞くために彼女のもとに行ったのだが―――
「よう、朝―――」
「っ……」
俺が話しかけた瞬間に、玲羅はどこかに行ってしまった。
避けられてる?なんで?
しかも、気付いたら玲羅はほかのグループに入っていっていた。そのグループの男子に気さくに話しかけられて笑っていた。
なんとなくその笑顔に違和感を感じたものの。昼休みに聞けばいいと思ったので、俺は席に戻った。
昼休みになって、俺はいつもの場所に行った。だが、待てど暮らせど、玲羅はやってこない。
時間も限界になり、俺が教室に戻ると、玲羅は朝のグループとともに弁当を食べていた。いや、弁当じゃなかった。うちの家の弁当じゃなく、購買のパンを食べていた。
またか……
俺はその日の放課後。家に帰るのも億劫になり、図書室で時間を潰すのだった。