籠の仮面
朝に続いて玲羅の様子がおかしい。
朝は俺を避けていたが、今は俺にべったりだ。先ほどのキスとかも相まって、少し平常心を保つのがきつい。
べったりといっても、玲羅が俺の服の裾をちょこんとつまんで後ろに付いてきている。すげえ可愛い。
しかも、それだけではなく少し速めに歩き始めてから急に減速すると、玲羅が加減速についてこれずに、俺の背中に全身でぶつかってくる。
ぶつかってくるときの柔らかい感触を感じれたり、「んみゃ……」という可愛すぎる声を聞けたりするので何回もやっていたら、6回目くらいで真顔で怒られた。
「……ったく、翔一は調子がいいんだから……」
「悪かったって。でも、可愛かったんだって」
「それはうれしいんだが……いや、もっと言ってくれ!」
「え?じゃあ、可愛いし、可愛いし、可愛い。とにかく可愛い」
「可愛いばっかりじゃないか!」
「それもあるけど、凛々しい顔立ちに、普段はクールなところ。たまに見せるデレデレな姿もすごくいい!」
「で、デレデレなんか……」
「いや、してるでしょ。天羽さん、椎名君を見るときだけ目がハートになってるよ」
「な!?」
玲羅が良いと言ったので、好きなところをどんどん挙げて言ったら、考えもしなかったところから助け船が出た。
それにしてもハートになってるのか?
ああ、それが恋する乙女の顔というやつか。
「や、やっぱりやめてくれ!恥ずかしすぎるっ!」
「えー」
「残念そうな顔をするな!……あんなこと街中で急にやられたら……」
「やられたら?」
「ああもうっ!」
俺の言葉に我慢の限界が来たのか、ものすごい形相でこちらに向かってくる。
本当に鼻と鼻がぶつかるような距離まで詰めた玲羅は、顔を赤らめながらも俺に言った。
「ふ、2人きりの時にいっぱい言ってくれ……そうすれば―――」
「れ、玲羅?」
「だ、抱きしめ合っても問題ないだろう?」
「玲羅……なんて可愛いんだっ!」
「なになにー、なんて言われたの?」
「絶対に教えない!」
「えー」
俺の態度に奏は不満があるのか、ぶーたれる。だが、教えてなどやらん。この可愛い玲羅は俺だけのものだ!
そんなことをしていると、メンバーのうちの一人が困ったようにしゃべり始める。
「あのー、そろそろ目的地に着くんだけど……」
「あ、ごめんね八重っち」
「いや、いいよ。問題を起こしたわけじゃないし……」
「でさでさ、最初はどこに行くの?」
「その……最初は京都らしく伏見稲荷大社に……」
「あー、千本鳥居の?」
「そう……学生らしく最初は神社とかに行きたくて……」
「いいんじゃない?お参りしよー!おー!」
相も変わらずテンションが高い奏は置いておいて、伏見稲荷は俺も行きたかった場所だ。
一回でもいいから、千本鳥居を見てみたかったのだ。
まあ、それ以外特に興味ないから飽きると思うけど……
てか、なんで俺ら京都駅から歩いてんの?やけに時間かかるな―と思ってたら……。
そう思い、八重に質問すると「節約……」とのことらしい。いや、修学旅行だし気にする必要なんかと思ったが、彼女の昨日の発言を思い出していうのをやめた。
家のせいか……。こいつも俺と同じで、家の厄介ごとに殺されているのだろう。
そんなことを考えつつ、俺たちは伏見稲荷大社に到着した。
「ついたー!写真撮ろう!写真!」
「いいね!」
というわけで、写真を撮る流れになったのだが、集合写真となるとカメラを使う人がいない。
だが、その逆境を奏はものともしない。持ち前のコミュニケーション能力で写真を撮ってもらえる人を探している。
「ヘイヘイヘイ!そこのお姉さん、ちょっといいかい?」
「あ?ナンパならよそでやんな」
「違う違う。写真撮ってほしいのよ」
「写真?悪いね。今は人を待ってるんだ。あんまりここを離れられないんだ」
「あ、すいませーん。ほかを当たりますねー」
「すまないね」
あ、帰ってきた。奏はもしや自称陽キャか?たかだか一人に断られただけでしょんぼりすんなよ。
と、思いながらもこちらに着くのを待っていると、奏に話しかける人がいた。
「写真を撮りたいのか?」
「あ、はい!―――っ!?」
「ほら、カメラを渡してくれ」
「あ、あの……その……」
奏が挙動不審になるのも無理はない。話しかけてきた人物は、顔全体を籠のような仮面で覆い、手にも小手がはめられ、露出している部分がほとんど見受けられないような人物だからだ。
さすがにビジュアルが怖すぎる。
「どうしたのだ?」
「あ、いや……その……あはは……」
「?」
「奏、カメラを渡してやれ。その人は悪い人じゃない」
「そ、そう……?」
「む……そういうことか。私は見ての通り怪しい人物なのではない」
「見ての通り……」
いや、どこかだよ。と、言いたくはなるがスルーだ。こいつに容姿のことを言うのはタブーだ。いや、ほめる分には問題ないのだが、彼自身、容姿にコンプレックスを抱えている。
「はい、カメラ」
「おお……ありがとう。じゃあ、全員並んでくれ」
「「「は、はい!」」」
カメラを受け取った時、男は一瞬俺をいぶかしむように見たが、すぐに写真を撮るためにカメラを構える。
向こうも気付いたか
「はいみんな笑って笑って」
「(椎名君、笑えって言われても……)」
「(大丈夫。あいつは悪いやつじゃない)」
「(なんで知ってるのさ)」
「(色々あるんだよ)」
そう、色々ある。これ以上は、あまり触れられるような話じゃない。
「はい、チーズ!……うん、誰も瞬きをしていないな。では、翔一様」
「あ、お前……」
「「「え、様……?」」」
やろう、最後の最後に余計なことをぶっこみやがって……
しかも、その当人は早々に消えてしまった。
その後は、様呼びについて激しく言及されて、写真の確認どころではなかった。
だが、時間は過ぎれば、ひとまず騒ぎは収まるもの。少しごまかして時間が経つと、みんなお参りムードになっていた。
「翔一はなにを願ったんだ?」
「なにも願ってないよ」
「え?だが、しっかり頭を下げていたではないか」
「うーん……お礼みたいなものかな?もう、俺の願いはとっくに叶ってるから」
「願い?」
「誰よりも大事な人と幸せに過ごせますように、って。俺は今、すっごく幸せだよ」
「そ、それって……」
赤くなってる。可愛いなあ。本当に、この生活がいつまでも続くといいな。
でも、それは神に頼むことじゃない。俺たちがやっていくことだ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「はぁ……はぁ……はぁ……なによ、なんなのよ……」
近くの大社での騒がしさが完全に抜けた町の路地裏にて、1人の女性が逃げていた。
女性は、動きやすいラフな格好をしているものの、全身の服の一部分が破れ、転んだ時にできたであろう擦り傷があった。
「ほら、もう逃げんなよ」
「いや!やめて!近寄らないで!」
「そう言うなよ。なあ、一目惚れなんだ。だから―――」
女性の目の前に立つのは、なんてことのないスーツを着た男。だが、その男の手にはスタンガンが握られている。
護身用に女性が持っていたものが奪われたのだ。
「―――僕のハーレムコレクションになってよ」
「きゃあああああああ!」
バチバチバチバチバチ
女性の絶叫に合わせてスタンガンの音があたりに木霊すも誰も助けに入る気配がない。それは当たり前だ。なにせ、男がこの誰も通らない路地裏に入るように誘導したのだから。
「おい」
「あ?誰だよ!俺の邪魔すんなら―――」
「消え失せろ」
「―――ぴぎゃ!?」
突如として現れた人物に男は気絶させられる。
女性も、なにが起きたのか理解できずにパニックになっている。
そんな彼女に助けに入った人物は手を差し伸べる。
「大丈夫か、ご婦人。さあ、あなたを待っている友人がいるだろう?伏見稲荷大社で待っているぞ」
「は、はい……」
「まずはそれよりも服か……とりあえず、これでも羽織ってくれ」
そう言うと、女性の救世主は己の纏っていた上着を渡し、肩を貸しながらその場を去っていった。
のちに、事件が明るみになったことでこの人物の捜索が始まるのだが、情報は大きな体と“籠のような仮面”のふたつしかなかった。