元神子
かなり前に学校で騒動を起こした島関連の組織―――麗しき夜空の会を名乗る集団が狙っていたのが、目の前にいるなにもしゃべらない少女だ。
この少女は、俺たちは昔、とは言っても数年前に生み出した生物。とでも言うのだろうか。呼称が難しい。
特徴は明らかに人間なのだが、彼女の出生がそれを否定しているようでならない。彼女の親は文字通り存在せず、身よりもいない。いや、あえてこの少女の両親が誰かというのなら、俺と美織だろう。無論、俺は美織と愛し合ったことはないし、そもそも俺と美織との間なら人工の命という言葉は選ばない。
妊娠して生まれたのなら、それは生物のプロセスを適切に踏んだ誕生だろう。だが、そういえない理由が彼女にはある。
言葉を選ばずに言うのなら、彼女はアーカーシャの力の根源に“いた”存在だ。
過去形の理由は後で話すとして、アーカーシャの力の実験の最終段階で偶発的に生まれた存在だ。最初こそなにがなんだかわからなかったが、調べるうちにこの子がアーカーシャの力の根源から生まれた存在であると同時に根源そのものであることが分かったのだ。
まあ、断じて刃を入れたりはしていないから安心しろ。彼女には傷一つついていない。
だが厄介なこともあった。
それは、彼女の脳が完全にアーカーシャのすべてを握っていたということだ。
つまり、俺たちがどれだけ研究資料を破棄しても彼女の脳に直接アクセスすれば、あの危険な力を手にすることができる。そう、解析さえできれば誰でもだ。
それだけは避けなくてはならない。そう目論んだ俺は、本当は彼女を保護し、柊とともに監視並びに守護をするつもりだった。だが、俺はすぐに島を出てしまった。ゆえに、守護の任は美織と柊の管轄になり、忙しい美織はほとんど面倒を見れず、実質柊一人で彼女を守り続けることになった。
そして、さらに厄介なことが起こった。
それは、結乃の器化だ。
目の前の少女のことを、仮にアーカーシャの神子と呼ぶことにしよう。彼女の仕事は、アーカーシャの力の受け渡す相手の選別。そして管理だ。
だが、それは結乃が器となりその神子としての能力はすべて結乃に引き継がれた。つまり、前の神子はその役割から外され、完全に自由の身となった。
神子とならなくなったら消滅する可能性も考えてはいたが、心配は無用なようだった。
「翔一、この子のことはどうするの?」
「まあ、これで晴れて本当の人間になったってことだ。本来は俺たちがこいつの人生に干渉する義理はない。だが―――」
「ええ、それでも頭の中にデータがある。それは確かのようね」
「だからこそ、まだまだ俺たちが見ておかないとだめそうだ。それに、脳容量の8割以上がデータに浸食されているせいか、言葉はおろか感情すら前に出てきていないからな」
「そうね。そこもどうしたものかしらね」
「翔一様……」
「なんだ、おっさん」
俺と美織が相談していると、柊のおっさんが話しかけてくる。
「この子を私に任せてもらえませんか?生まれて間もないとはいえ、彼女の年齢は推定でも結乃様と同じなのです。感情がない、言葉も出ない。私はそんな彼女を支える身内でいたいのです。家族を失い一人だった私を助けてくれた翔一様と美織様のように」
「……翔一、あなたの判断に任せるわ」
「俺はかまわない。ただ、逐一報告はしろよ」
「わかりました」
美織も、俺の言葉がわかっていたとでも言わんばかりの顔で俺を見る。
まあ、さすがの俺もこう言うおっさんのことを冷酷に遮断できるほど腐ってはない。
そうして俺はおっさんに神子を任せて、おっさんの家を去る。それは美織も同じで、同じ家から男女が出てくるという少し怪しい状況だが、気にする奴はいないだろう。
「あ、そうだ」
「……?どうしたのかしら?」
「名前、まだ付けてやってなかったな」
「ああ、そうね。いつまでも神子神子呼ぶのはなんか変よね。でも、慣れちゃったのよね」
「だよなあ……もういっそ、柊神子でいいいんじゃないか?」
「DQNネームだかわかりにくい名前ね。音はいいけど、当て字がね……まあ、ひとまずそういうことにしておきましょう。もしかしたら、柊が普通に名前を付けているかもしれないわ」
「かもな。まあ、二人で幸せになってくれればそれでいいさ」
そう言いながら俺と美織は歩く。
まあ、俺の思うに神子が人間らしくなるのは、そう遠くない未来じゃないかと、なんだかそんな気がする。
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「さて、名前をどうしようか……」
私の名前は柊。先ほど、引き続き目の前の少女の保護を任された身だ。
結乃様が器になられたことで、実質的に彼女は神子としての力から解放されたらしい。詳しいことはわからない。
翔一様たちは、こんな醜い私を拾って助けてくださった。そして、彼女とはもう2年にも及ぶほど一緒に暮らしてきた。父性のようなものも芽生えたし、愛情も持っている。翔一様達への恩に報い、彼女を救ってあげる。その二つのことを同時にするのなら、元神子を保護し、育てること。とは言っても、結乃様と同じくらいの年になる少女は、もしかしたらもう私の手はいらないかもしれない。
だが、私だって彼女の父となりたい。
少しくらい家族愛を持ってもいいではないか。それのなにが悪いという。
その思いを翔一様は組んでくださった。そして、それは美織様も同じ。
なぜ、島の人はお二方のように心優しい方のほうが、不幸な目に遭うのだろうか。
いや、理由はわかってる。
あの島が他を蹴落とし、快楽にのみ興味を示すゴミの掃きだめだから。
誰一人として守れない。守ろうとしない者たちの集まりだから。
逆に大事なものを守ろうとする翔一様たちは、島の者たちから見たら弱く見えてしまう。
私自身の怨恨もあるが、翔一様たちを苦しめる島が嫌いだ。
誰も幸せになれない島が嫌いだ。
この子を奪って、解剖して実験にかけようともくろむ組織が嫌いだ。
私は嫌いなものが多い。それは子供のように。
子供駄々をこねて、嫌って―――そして私は、すべてを壊す。我が敬愛する主とともに。好きなものだけを抱きしめられる時を迎えるまで。私たちは諦めることを絶対にしない。




