雑談
その日の夜、風呂を済ませた玲羅が寝室に入ってくる。
しっとりと濡れた髪を俺に見せると、彼女はベッドに腰かける。これも今では当たり前になったことだ。彼女が入浴した後は、俺が髪を乾かす。好きでやっているわけだし、玲羅も終わったら感謝の言葉を伝えてくれているので、やること自体に大した不満はない。
大きな音を出しながら俺はドライヤーを起動させる。
「翔一、最近はずっと助かってる」
「ん?」
「私、髪が長いだろ?だから、一人でやるときとかはすごく大変で……」
「あー、確かにショートよりは時間かかるよな」
「朝の寝癖とかも直すの大変だし―――短く切ろうかな……」
そう言って彼女は俺にとって残酷な判断を下そうとする。
俺は頑として彼女が髪を切るのだけは反対したかった。
「俺は玲羅の髪は長い方が好きだ」
「そ、そうか?」
「もちろん似合ってるのが一番だけど、やっぱりこの時間が至福のひと時なんだ」
「そんなになのか?」
「もしかしたら玲羅にとってはそれほどじゃないかもしれないけどさ、俺は子時間がすごく好きなんだ」
「わ、私も好きだ―――勝手にそれほどでもないとか決めつけないでくれ……」
「悪い……でもな、それくらい玲羅にはショートにしてほしくない。珊〇宮〇海みたいに地面すれすれまで髪を伸ばせとも思わないけど、せめて背中くらいまではあってほしいかな。ちなみに、理想の長さは腰のあたりくらいまでかな」
「腰って……結構長いぞ。も、もちろん毎日翔一が乾かしてくれるんだよな?」
「ああ、もちろん」
「な、なら―――今は背中くらいまで伸ばしたら切っていたが、今度から腰のあたりまで伸ばしてみる。だ、だから、ちゃんと責任は取ってくれよ?」
言葉にするまでもなかった。
俺はそれを示すように彼女の頭を撫でる。すでに乾いて、切り替えられたドライヤーの送風によってなびいている彼女の髪を押さえ込むように優しく撫でる。これが俺にとっての至高の時間ともいえる。誰にも邪魔されず、ただ玲羅の綺麗な髪を乾かして梳かす。触れているだけで幸せになれる。
そして、玲羅より後に入浴する時は汗とかそういうのを気にしてできないが、今日の俺は玲羅よりも前に入浴は済ませている。つまり、今日は少し特別なことができるということだ。これ自体はまだ数回もやったことないから、彼女はまだ俺がしようとしているなんて思いもしていないだろう。
だからこそ、俺は彼女の意表を突くように彼女の脇に手を置いて持ち上げる。
「ひゃっ!?」
急な出来事に彼女は驚くが、抵抗はしない。危害を加えられるとは考えていないのだろう。
そんな彼女を持ち上げて俺の膝の上に座らせると、俺はそのまま彼女を後ろから抱きしめる。
こうすると、愛おしい彼女との密着度が上がって、より幸福感を得ることができる。
「久しぶりにやってきたな。もしかして、翔一がお風呂に入った後ならやってくれるのか?」
「そうだな。さすがに、風呂上がりの玲羅を汚すようなことはできないからな」
「なら、これからは翔一が先にお風呂に入らないとな」
「それは、なんでかな?」
「決まってるだろ?私が抱きしめてほしいからだ!」
そう言うと、彼女は自身の首に回されている腕に手を添える。腕越しに伝わる彼女の手は、真冬とは思えないほど温かく、心地よいものだ。
それからしばらくは互いに抱きしめあって、温もりを感じあうようにゆっくりしていた。その後は、そのままベッドに横になったり、キスをしたりイチャイチャとしていたが、ここで玲羅が気になったことを口にした。
「そういえば、結乃の好きな人って誰なんだ?話しぶりから、私たちと同い年みたいなのだが……」
「うーん……まあ言っても大丈夫か。矢草だよ」
「え?あの、ひ弱そうな?」
「ひ弱そう―――確かにそうだな。俺とか蔵敷とかに比べたらひ弱に見えるが、気概はある奴なんだよ。そうだな、好きな子がいるって兄の俺に相談して来るくらいにはな」
「り、両思いなのか!?」
「そういうことだ。矢草は結乃に一目惚れ。結乃は、矢草の良いところを見て、守りたいって思ったらしい。後者はともかく、前者は本気で結乃に惚れてる」
「そ、それで……?」
「当の二人が鈍感すぎて互いの行為なんか伝わってすらない」
「翔一が相談相手になったのに?」
「いや、俺も言ったさ。お前ならどんな告白しても成功するさ、って。暗に両思いだからさっさと付き合えって言ってるのがわからないのかな?」
「それじゃあわからなくないか?」
ダメだ。そういえば玲羅も元メインヒロイン。
恋愛系の感情にはあまりにも鈍感なキャラだった。俺が好意を露わにしすぎるせいで、彼女は正常だと錯覚してしまっていた。
原作通りならば、玲羅ももう一人のヒロインの八重野も主人公の豊西も好意を隠せないくせに、それに気付けない。鈍感の集まりだった。
俺から見れば、結乃たちもその枠に入るのだが、もしかしたら玲羅たちの格を上げないとならないかもしれない。
「普通はわかるもんだよ。よっぽど女子に騙されたとかじゃない限りそんなことはならないと思うんだけど……」
「豊西や私たちは異性に騙されたことは……」
「普段から距離が近いからバグってたんだろ?ちなみに、玲羅の恋愛歴って全く参考にならないからね?」
「そ、そうなのか!?」
「うん、鈍感すぎ」
「ちょっと待て?翔一、お前って転校してきたのは3年の夏だよな?」
「それでな、クリスマスパーティーに矢草を呼ぼうと―――」
「は、話を変えられた……まあいい。翔一が私に害をなすとは思えん。いつかその時が来れば話してくれ」
「そこの察しはいいんだな」
「うわあ!?急に来るな!」
そんなこんなで俺と玲羅はこれからについて、そして今月の25日のことについて話し合うことにする。
とりあえず、矢草を呼ぶことは決定し、蔵敷カップル、美織も呼ぶことになった。
今年は初めてのことがたくさんあったが、今月はそれがもっと増えそうだ。
これから年末にかけてイベントは少ないわけじゃない。期末テストもあるし、結乃の恋愛もある。そんな一つ一つ、玲羅と一緒に乗り越えていきたいなと思う今日この頃だ。
「玲羅……」
「なんだ?もう、おやすみはしただろ」
「……愛してるよ、玲羅」
「ふふっ、私もだ」




