白い結乃
九条の死亡を確認した俺は、念のために頭を完全につぶしておく。こうしておかなければ二家の人間はどうなるかわからない。まあ、頭つぶしてもゾンビになる可能性は無きにしも非ずと言ったところだが、さすがにプライドの高い九条家の人間は間違ってもゾンビに死んでもなお恥をさらそうとは思うまい。
勝負に決着がついた後上を見上げると、穴の外から二人の陰から覗いてるのが見える。
―――ああ、あいつら、見てたのか。
そう思い、俺は穴を通って上の階に行く。
「よ、もう終わったぞ」
「あ、ありがとう……?って言ったらいいのか?」
「そ、その……椎名君はあれが普通なの?」
「うーん……本当は普通じゃねえんだけどな。まあ、これ以上は危ないから関わらないでおけ」
「でも……!」
「長生きしたけりゃ首突っ込まないほうがいい。今回の一件は俺たちが関わってる中でも、特に頭のねじが外れた奴が関わってる。だから、これ以上は深追いするな。お前たちに見せたかったのは、クズの最後はあんなもの。それを教えたかっただけだ―――おっさん」
「はい、なんでしょうか?」
俺は一声かけると、柊のおっさんがやって来る。
もう動作に異常はないのか、普通に跳ぶことはできるみたいだ。
「この二人を家に帰してやれ」
「わかりました」
「椎名、お前はどうするんだ?」
「俺はまだやることがある」
「その、お前の妹に伝えておいてくれ―――その、助けてくれてありがとうって」
「……わかった」
そう言い残すと、新島たちはその場を去っていった。
それでいい。あの時のこの場所から去ってくれるのがベストではあったが、知りたいという欲は時に人の口を軽くする。何も教えずに帰らせるよりも、恐怖の断片を見せたほうが、人は口を紡ぐというものだ。
さて、次は俺たちのことを済ませるか。
そう思い、俺は最後の立ち位置から動かずに座ってしまった結乃にところに行く。
「調子はどうだ?」
「うん……ちょっと気持ち悪いかも……なんていうか、全能感?私の知らない感覚が居座ってるから、ちょっと酔っちゃったかも」
「そうか、それはじきに慣れるしかない。それよりも、ウィッグとか買うか?」
「ううん、いいよ。学校に行ったら驚かれるだろうけど、先生たちも事情を説明すればわかってくれるよ」
「あー、じゃあその辺は俺が話しておく。とにかく今日明日はゆっくり休め」
「うん……ごめんね、お兄ちゃん。わがままばっかりで」
「いいんだよ。兄貴ってのは妹の可愛いわがまま聞くために生きてんだから」
「あはは、バッカみたい……でも、ありがと」
当たり前だ。お前は俺にとって最後の家族で可愛い妹だ。
どれだけシスコンだの言われても、俺はこいつが幸せになるのを見届けなくちゃならない。そうだろ、父さん母さん。
そんなとき、美織が声をかけてくる。
「それで、どっちがアーカーシャの剣の所有者になるの?」
「あー、そういやそんなことあったな―――つっても、結乃一択だろ?」
「そんなことないわ。あなたの完装―――今回は剣なしに使ってたけど、本来アーカーシャの力を制御するための疑似的な器の力。剣なしに使い続ければ、どんな弊害が出るかわからないのよ」
「逆に言えば、それは器である結乃も同じだ。いや、器という能力に直結している分、結乃のほうがそう言った被害は出やすい、あるいは顕著な可能性がある」
「……そうね。あなたがそう言うなら、それでいいわ。でも、これからはあんまり完装は使わないで。もう、なにが起こるのかわからないのよ」
「……善処はする」
美織にこういわれたが、正直できる気はしない。
なんだかんだ俺の唯一の能力と言ってもいいこれがなくなったら、ぼろきれみたいにされることはないだろうが、それでも勝つ見込みが少しなくなってしまう。これはすぐにでもアーカーシャの剣の代替品となるものを見つけなければならないか……
そんなことを話しながら、ぼちぼち立ち上がって出入り口のほうに向かっていくと、完全に存在を忘れていたやつのことを思い出す。
「あ、そういえば壁に貼り付けたままだったな」
「し、椎名……た、助けてくれ!俺が悪かった!」
「結乃、どうしたい?こいつがお前の殺そうとしていたやつの姿だ」
「……ちゃんと殺す」
「そうか」
結乃はただ一言だけ言うと自身の剣を峰岸の肩口に突き刺す。
「あぎゃあああああ!―――た、頼む!なんでも言うことを聞く!だから、頼む!」
「じゃあ、死んでよ」
「ま、待って!俺の知ってること全部話す!お願いだ!殺さないでくれ!」
そう言って剣が肩に刺さりながらも命乞いをする男。あまりのも哀れで惨めだ。
こんな奴に結乃は追い詰められたのかと思うと、ふつふつと怒りの感情がわいてくる。そして、それは結乃も同じこと。
「こんな情けないクズなのなら、死んだ方が世のためだよ」
そう言うと彼女は、無情にも権を握っていた手を思いっきり振り下ろした。
その瞬間、峰岸の体は真っ二つに割れ、そこら中を血まみれにしながらその命を地獄に沈めていった。そんな彼の死体のそばには、二度と目を開かなくなった男の生首があるだけだった。
「結乃、人を殺す感覚はどうだ?」
「なにも思わない―――あんなクズを殺すのは害虫駆除と変わんないよ」
「ははっ、美織、結乃を巻き込まない巻き込まないって言ってきたけど―――」
「この子が一番復讐に向いているのかもね」
「そうだな。でも、結乃はまだまだ未熟だ」
「二人とも、それは私のいないところでする会話じゃないの?」
言い合い、笑いあいながら俺たちは建物を去っていく。次の日、一夜にして消滅することになったこの建物はのちに霞のビルなんてアホな名前が付けられるのはまだ知らない。
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「「ただいまー」」
美織と別れた後、俺たちは無事帰宅する。
玄関で声をあげると、タッタッタッと中から足音が聞こえてくる。
その勢いのまま家の中にいた住人は俺に飛び込もうとするが、結乃の姿を一気に急ブレーキをかける。
俺は完全に受け入れる姿勢だったので、なんだか滑稽な格好になっている。
「結乃!?結乃なのか!?」
「そうだよ、義姉さん」
「な、なんでそんなに白く?」
「うーん、ゆっくり話そ?あと、お兄ちゃんを出迎えてあげないと」
「むっ、そうだな―――おかえり、翔一!」
そう言って玲羅は俺の胸に飛び込んでくる。本当に可愛い姿を拝ませてもらってる。外ではもうちょっとわきまえてはいる(?)のだが、やっぱりタガが外れた彼女は恐ろしい。
そんないろいろなことを考えるが、結局は俺の言うことは一つだけ。
「ただいま、玲羅」




