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恨みつらみ

 俺の容赦ない一閃は、九条の腹を的確にとらえた。しかし、ここはさすが武術宗家の出身。致命傷にもなりうる攻撃を、見事に急所を外してダメージを最小限に抑えてきた。


 ダメージの通りが悪いとわかった瞬間に俺は大きくバックステップを踏んで後ろに下がる。

 本当はもっと殴りこみたかったが、仕方がない。


 油断すれば死ぬ。そんな世界で踏み込み過ぎは禁物というもの。ここはおとなしく引き下がるしかない。

 だが、九条家の幽覧浮術が法力を完全に透過する性質があるとは思わなかったな。そもそも、純粋な法力を飛ばすことは不可能じゃないのか?

 ―――ああ、結乃か。あいつはアーカーシャの剣を持ってるからなにをするかわかんねえもんな。もしかしたら、あいつは法力を飛ばすって、かなり無茶苦茶なことできるのかもな。我が妹ながら、その潜在能力は羨ましいぞ。


 そうこう考えていると、九条の復帰は早かった。いや、急所を捉えていない時点でそんなものか。


 「まさか……家を出た腑抜けが来るとは思わなかったよ」

 「一つ質問いいか?」

 「……なんだい?」

 「お前も、綾乃を輪姦まわしたうちの一人か?」

 「……?それがなんだ?使えない女が男のために役に立ったんだ。本望だろう?」

 「そうか……」


 知りたいことは知れた。

 まあ、綾乃を犯した場所は様々で、それは島も含まれていた。その時点で誰かしらが関与しているのはわかったが、こんなに簡単に犯人がわかるとは……


 俺たちが死に物狂いで調べてきたのは何だったのか……


 「そうか、お前が綾乃様を……!」

 「なっ!?」


 俺の質問に九条が答えると、突然現れた柊のおっさんがなにもないところに振りかぶった。しかし、俺が見ていた九条は霞がかり、消滅する。代わりに、おっさんが拳を振りぬいたところから頬を殴られた苦情が現れた。


 おそらく先ほどの手は連続で使ってこないだろうと考え、見破られるはずないという慢心が油断を招いたようだった。


 「翔一様、遅くなりました」

 「それはいい。見えるのか?」

 「はい、九条家のことはよく知っているので、赤外線ならはっきりと見えます」

 「有質じゃなくても、いいのか?というか、光は透過するのに、赤外線はダメなのか?」

 「熱を見てるからじゃないですか?」

 「わからん。そうかもしれんし、違うかもしれん。だが、それは都合がいい。このまま場所の特定をしながら攻撃を加える」

 「翔一様は?」

 「俺は、いくらでもどうとでもしてやる」

 「了解しました」


 作戦はない。各々が確実に相手をつぶす。

 そのために互いの動きを読んで、援護し、攻撃する。なにも難しいことはない。俺と柊のおっさんは美織と程じゃないが、一緒に過ごした期間は長い。やれるだけのことはできる。


 それに、綾乃のことでブチギレるのは、俺たちだけではない。

 おっさんだって、あいつのやさしさに絆された一人。これ以上、俺にとっての最強の布陣はない。


 「クソッ、落ちこぼれ腑抜けとポンコツ機械!ちっ、二人も―――面倒くせえな!」

 「こっちのセリフだ。面倒なやつが出てきて困ってんだよ」

 「綾乃様の仇、取らさせてもらいます……」


 そう言うと、俺たちは動き出す。

 最初に九条が姿を消すが、それを柊が追ってとびかかる。だが、宗家の持ち前の速さで避けていき、先ほどのような失態は重ねない。


 やはり、双方同時出なければ柊の拳は当たらずか。


 そう考えた俺もすぐに体を動かす。


 姿勢を低くして、左足を軸にしてコンパスの要領で右足を思いっきり地面にこすらせて砂を巻き上げる。すると、あたりは砂でできた霧がかかった状態になり、仮面をつけている俺、とある理由で目がつぶれないおっさん。相手の目くらましにも確かに使えるが、本命はそっちじゃない。


 見事に巻き上げられた砂。

 それは地面に落ちようとわずかずつに落ちていくのだが、不自然にできるなにもない空間。そう、先ほどと同じように、法力や気配で察知できないなら、物理であぶりだす。


 だが、先ほどの攻撃で気つけが効いているのか、俺の攻撃は当たらない。しかし、それを読めないほど俺はバカではない。


 「お前は1対多数の不利性を考えるべきだな」

 「……は?―――まずいっ!」


 ズガァン!


 柊に気付いた九条はその攻撃をなんとか食い止める。だが、それがなんだというのだろうか。

 受け止めて膝をつくというのことは、動けない証拠。殴ってくださいと言っているようなものではないか。


 「ふんっ!」

 「ごはっ!?」


 腹へモロに受けた拳からのダメージはすさまじく、九条は柊の攻撃から耐えていた腕すらも下げてしまう。

 すると、俺との攻撃に合わせて放たれていたおっさんの攻撃も見事に受けて、拳の下敷きになってしまう。


 だが、そこで終わるようなら、武術宗家など名乗れない。


 「っ!?まずい……!おっさん!」

 「くっ……」


 一瞬で痛みから復帰し、九条はおっさんの右腕を持っていった。

 バチバチッと切断面から火花を散らせるが、血は出ていない。


 「大丈夫か?」

 「いえ、内部パーツをいくつか持っていかれました。申し訳ありません……」

 「そうか。なら、できるだけ動くな」

 「わかりました」


 さて、どうしたものか……


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 やっぱりお兄ちゃんはすごい。

 私にできないことを普通にやってのける。


 頭ではわかっていても、体がついてこないことも、お兄ちゃんは難なくこなす。


 それは、昔からそうだった。でも、一つだけ気に入らないことがあった。

 何でもないこと。お兄ちゃんが二家の世界から私を遠ざけようとするところ。


 私は暴力は嫌いだけど、それ以上に大事なものが傷つく方が嫌。


 だから私は今剣を握っている。


 だというのに、お兄ちゃんがやってきて、私を差し置いて戦っている。

 昔からこれが嫌だった。あや姉が待たされてる時間が一番さみしいって言ってたみたいに、私にできることはないのかと思い続けながらお兄ちゃんたちの帰りを待つのは苦痛だった。


 「私だって……私だって!」

 「ゆ、結乃……どうしたの?」

 「私だって!お兄ちゃんと……一緒にいたい!」


 その瞬間、私の持っていた剣が強く輝き始める。それと同時に、空気中に飛ばされたわずかな九条やお兄ちゃんの法力が私に流れ込んでくるのを感じた。


 そして、この時の私も知らなかったアーカーシャの器の力を知ることになる。

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