器の力
椎名君のおかげで大会までに調子は取り戻せそうだ。そう思った私の名前は中野恵―――体育祭でけがをしてしまった生徒とは私のことだ。それに、椎名君に陸上部のことを打ち明けたのも私だ。
彼と話すきっかけになったのは大したことではないが、それでもテロなど制圧した彼ならなんとかできるのではないかと相談した。すると、彼は拒否の感情なんか一つも見せずに了承してくれた。ちょっと怖い話も聞くけど、優しい人で良かった。
そんな彼に、私はいくつかの処置をしてもらった。
傷に聞いたことない薬を塗られて、どうやって手に入れたのかは聞かないほうがいいと言われた薬を飲まされて。色々不安な過程があるが、私のけがは見る見るうちに治っていって、部活にもすぐに復帰した。
なんだか監督が焦っているようにも見えたが、葵ちゃんを助けられる。
そう私は息まいて朝練に向かっている。
―――そんな最中
バサッ!
私がいつも近道に使っている人気のない道に入った瞬間に口をタオルで覆われたかと思えば、私の意識は暗闇に覆われてしまった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あれ、中野は?」
「ああ、今日は休みらしいよ。珍しいよね。というより、大会近いのに大丈夫なのかな?」
「新島もいないのか……」
「そうみたいだね」
俺は少し前の席替えで隣になった生徒に俺が今注視しておかなければならない二人のことを聞いていた。周りから見たらたまたま二人が同時に休んだだけに見えるだろうが、あの話を聞いている以上疑わざるを得ない。
そんなことを考えていると、スマホが鳴った。その瞬間に教室から飛び出して人目のつかないところに移動してからスマホを取り出した。
俺に電話をかけてきたのは、柊のおっさんだった。
「もしもし……?」
『翔一様……峰岸が学校へのルートから外れました』
「そうか。どこにいる」
『今、屋根伝いに電車を追っています。調べによると、おそらく目的地はあそこかと』
「わかった。美織に向かわせる」
『わかりました。先に現場を制圧しておきますか?』
「いや、なんだか嫌な予感がする。今は美織が来るのを待っておけ」
『わかりました』
柊との会話を終わらせて俺が教室に戻ると、美織はすでに教室に来ていて、玲羅と話していた。
そんな彼女たちに近づいて、俺は美織に言った。
「美織、計画を大幅に早める」
「……そう。やっぱり結乃が心配?」
「それもあるが、峰岸が動いた。予想通り、勝とうが勝たまいが二人を傷み物にするつもりのようだ」
「わかったわ。私はあの場所に行けばいいのね?」
「そうだ。玲羅、先生たちに伝えておいてくれ。俺たち、今日は欠席するって」
「あ、ああ、わかった。―――翔一たちは気をつけてな」
「「言われなくても」」
俺たちは学校を抜け出して各々準備を始めた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
私に隠し事なんて通用しない。お兄ちゃんたちの話から柊のおじさんもこの話を知っていることはすぐにわかった。
問い詰めて、嘘を全部看破したら全部教えてくれた。
峰岸とかいう男が女を連れ去るときにどこに連れていくのかとか。まあ、私はその男がどこにいるのかさえ分かれば何でもいい。
殺せさえすればなんでもいい。
私の目的はあや姉の仇を取ることだ。
「この剣さえあれば、私は誰にも負けない……」
そうつぶやく私の手にはお兄ちゃんとみお姉の生み出したアーカーシャの顕現体―――アーカーシャの剣。この剣の力の器である私が使えば、お兄ちゃん以上の力を手にできるはずだ。
お兄ちゃんたちは知らない。私があや姉が犯されている映像を見たことを。その時に抱いた怒りだってお兄ちゃんと同じくらいだ。
お兄ちゃんが恋人としてあや姉を愛していたのは知っている。でも、私だって義姉として愛していた。家に迫害されているところにどこかしらのシンパシーを感じて、お互いがお互いに対する同情だったかもしれない。そうかもしれないが、互いに慰めあって生きてきた。だからこそ、失いたくない人だった。
もちろん義姉さんも大事だし、ないがしろにしたつもりもしたこともない。
ただ、あや姉の共感性と大事さに比べたらと聞かれると、私はあや姉を取ってしまう。
それくらい大切なものだった。だから許せない。怒りに任せてすべてを破壊してやりたいくらいに怒りが満ち満ちてくる。
でも、相手を一人を殺したところで無駄だろう。芋づる式にあや姉を犯した犯人が見つかるわけではない。それでも、私はやる。そうと決めたのだから。
早くしないとお兄ちゃんたちが来てしまう。
剣を自分の力と完全に同化させるのにかなりの時間を費やしてしまった。剣と同化なんて死ぬほど怒られるだろうが、ここまで来たらこんな程度で怒られるのなんて気にならないし、これでお兄ちゃんたちにこの剣が使えなくなるわけではないので、最後にはちゃんと許してくれるはずだろう。
「待っててねあや姉。今からようやく仇討ちが始められる。ようやく、私なりの弔いができるよ……」
「あ?なんだてめえ……?」
「ここに峰岸ってやつが来てるらしいのだけど?」
「はぁ……お前みたいなガキが来ていい場所じゃ―――」
うるさいなあ……
質問してるのは私。あなたは拒否できる立場にも、今この場から生きて帰れる立場にもないの。あの男の関係者って時点で、ゴミなんだから。
「質問に答えないなら―――死ね」
「ぎぴゃっ!?」
私が手を前にかざして呟くと、見張りだったであろう男は頭が弾け飛んで絶命する。周囲に血しぶきが起き、返り血が私につくが、それをぬぐって中に入る。
殺してやる。―――いいや、皆殺しだ。
私の姿が消えていったあと、まさか私の姿を見られているとは思わなかった。
だが、それが籠を被った男でよかったのかもしれない。にしても、私は純粋な人間以外の気配を感知するのが苦手だ。まあ、もうどうでもいいことだけど。
目的はもうすぐ達せられる。こうなった以上はみお姉にも邪魔させない。
お兄ちゃんは来ない自信がある。
こっちにみお姉が来て、お兄ちゃんが峰岸の後ろ盾。ついでにギャング集団のほうに行く。そうであるのなら問題ない。今の私なら、みお姉なんか相手にすらならない。




