第???話 200万をどう使う?
「なあなあ翔一」
「なんだ?」
「200万あったらなにがしたい?」
「200万―――確かに学生にとっては大金だが、急にどうしたんだ?」
「いや、特に他意はない」
「えー、でもなあ―――200万の使い道なんて、玲羅に貢ぐしか……」
「お、お前はそれしかないのか?」
そう言って軽く引く玲羅。
惹かれてもの困るんだが、とは思うが正直仕方ない。今の俺にはさしたる物欲がない。野球をやっていたとはいえ、その熱は消え去り、ゲームは今でも十分できるし。ネットなんか美織担当だからあんま関係ないしで、俺にはほしいものと言えるものがほぼないと言っても差し支えない。
「うーん……ほしいものと言うか必要なものはそろってるしなあ……玲羅とうまいもん食いに行くための金とか?」
「わ、私以外に使い道はないのか?」
「強いて言うにも、最近はテレビも見ていないしで本当に新しいものとか興味ないなあ……家具も基本的に最近発売の新型ばっかりだし」
「あー、だからあんなに目新しい家具が……じゃなくて!」
「まあ何回も言うけどな。俺は玲羅が笑顔なら200万なんてなくても構わない。というか、そのくらいの金なら持ってるぞ」
「くっ……常識が通じない」
そう言って玲羅は少し悔し気に言う。ただ、面白くないというよりも自分にしかお金を使うつもりがないと言われて、申し訳ない気持ちになっているように見えた。
それも仕方ない。物欲が消え失せた俺に聞いた玲羅が悪い。
まあ結乃に聞けばなんとかなるんじゃないだろうか?
「これは質問の相手を変えるしか……」
俺の考えとタイミングよく彼女が発言すると、タイミングよく2回から降りてきた結乃が目に入った。
「結乃!」
「わ、なになに……?」
「200万あったらなにがしたい?」
「200万……焼肉食いたい」
「それくらい200万じゃなくてもできないか?―――いや、黒毛和牛とかか?」
「いや、どうせいの中に入ったら同じだしなんでもいいかな」
「本当にこの兄弟は大金に興味がないというのか?」
「まあ高い肉なんて死ぬほど食わされたからなあ……正直最近の安いけど質のいい肉ばっか食ってたら、わざわざ量の少ない肉より安くて多い方がいいってことだ」
「なんで二人はこんなに庶民的なんだ……もっとこう、お金持ちってパーッと使って、豪華なご飯をとか―――」
そう言いながら玲羅は俺たちのほうを見ると
「―――真逆じゃないか!」
「いや、家具家電を全部最新化してる時点で……」
「そんなものは努力すればどうとでもなる範囲だ!」
「そうか……?」
「お兄ちゃん、義姉さんが興奮してる」
まあ彼女の言いたいことはわからんでもないが、言っても俺たちに豪華な飯が出るのはたいていジジイのいる本家にいるときだけだ。分家の―――ましてや成り下がりなんて庶民より少々いい暮らしができるくらいだ。
それに俺と結乃は失ったものが多い。今あるものがそのまま残り続けることそのものが幸せだから、意外と求めるものはない。
それでも彼女はなにかないのかと俺たちに質問してくるが、特にこれと言って何かが出てくるわけじゃない。
「話は聞かせてもらったわ!」
俺たちがいろいろとわちゃわちゃやっていると、さらに場を面倒にしそうな女が入ってきた。―――言うまでもなく美織だ。
「……それで、翔一は欲しいものとかないか!」
「ち、ちょっとこの流れで無視するとかあるの?」
「いや、美織が入ってくるとややこしくなるし……」
「ねえ、これ一歩間違えればいじめよ。ねえ翔一」
「え、俺に振るの?てか、実際すでに面倒になってるし」
「ねえ玲羅!翔一が虐めてくるんだけど!」
「わっ、わっ!?だからって私の胸を掴むな!揉むな!―――み、見るな!しょうい……って、いない!?」
「あー、お兄ちゃんなら一瞬で自室に戻っちゃいましたね」
「なんで!?」
「なんでって、私が胸を揉んでいるのをあいつが見たら、あなためんどくさくなるでしょう?」
「そ、そんなことないぞ!」
「いいのよ。さあ、似た者同士溶け合いましょう……」
そう言って美織は玲羅の耳にフッと息を吹く。
その瞬間、背中になにか悪寒のようなものが走った彼女はすぐさま俺の自室に飛び込んでくることになる。
バン!
「うおっ、もう少し静かに開けてくれ……」
「わ、私と美織を二人きりにするな!なにされるかわからない!」
「いや、結乃もいたし……」
「あいつは面白がって助けてくれないんだ!実質二人きりだ!」
そう言って俺の胸を掴んでグワングワンと揺らす。
と、そこで俺は気になったことを玲羅に聞いた。
「つか、なんで玲羅は急に200万とか言ったんだ?」
「そ、それは……」
「玲羅は俺に隠し事するの?―――悲しいなあ……」
「くっ……こ、これだ!」
「通帳?」
俺が少しだけ卑怯な手を使うと、玲羅はすぐに観念したようにとある通帳を出してくるその中には預金残高200万の文字があった。
「なにこれ?」
「そ、その……母さんと父さんが―――世話になるのだったら光熱費、食費、その他諸々全部払うと言って、これを渡してきたんだ」
「あー、まあ大人としては―――って言いたいけど、娘の同棲に一括でこんな払うもんなのか?」
「そ、それは社会に出たことないからわからないが……それくらい私のことを大事にしてほしいと言っているのではないか?」
「うーん……だからって、こういうのは受け取りづらいしなあ。でも受け取ってくれって聞かないだろうし……」
「そうなんだ。だから、私としては翔一たちにスパッと使ってもらって、両親に納得してもらおうと思ったのだが……」
「わかった。じゃあ、200万は受け取るから。その預金、俺に渡してくれないか?」
「い、いいのか?」
「ああ……まあ3か月後くらいにはもう一回このことで連絡が来るとは思うけど」
そう言うと俺は玲羅に預金の200万を数日に分けて俺の口座に入れてもらうと、玲羅の持っていた通帳は彼女の両親に返却してもらった。
―――3か月後
プルルルルルルルル
「あれ、母さんから電話だ―――はい、もしもし」
『ちょっと玲羅なにこれ!』
「な、なんだ!?大声を出さないでくれ……」
『なんだじゃないわよ―――なにこれ……入金が2000万!?私の目がバグったのかしら?』
「ああ……それか……」
『しかも、入金したのは翔一君―――ねえ、ちゃんと受け取ってもらったのよね?』
「ああ、翔一は確かに200万は受け取ったぞ」
『じゃあ、なんなのこれは……これじゃあ200万渡した意味が……』
「いや、それは母さんたちが渡した200万を元手に作った金だ」
『へ……?』
「翔一は金を受け取った後、200万を全投資して、ちょっといろんなことして、株を売却して、それを何回か繰り返して、200万を2200万にしたんだ」
ゴトッとスマホを落としたような音がすると、母のが壊れたのか電話が切れてしまった。
その時に翔一が部屋に入ってきて―――というか、ここは翔一の部屋なのだが。
「どうした?」
「いや、母さんたちが度肝を抜かれたみたいでな」
「ふふ……玲羅の家族は、俺の義家族だ。幸せになってもらわないと、俺の気が済まないからな」
「ありがと、翔一」
そう言って私は翔一の胸に頭を落とす。すると、彼は私を抱きしめながら頭を撫でてくれる。それが嬉しくて、気持ちよくて。すっかり彼に惚れこんでしまったが、ずいぶん前からこんな感じだったしいいだろう。
―――私は今、すっごく幸せだ。




