混浴
時刻を確認すると、日付をまたいでおり、外も真っ暗になっていた。
これで明日が学校だったら、夜中に眠れなくて地獄を見る羽目になるところだった。
そんなことよりも、俺は玲羅の胸の中で目を覚ました。
寝たときの記憶がうっすらとしかないのだが、俺って彼女の上に乗っかって寝たんだっけ?彼女を部屋に連れて一緒に床についたのは覚えているのだが……
起きたときに感じたのは異常に柔らかい感覚。
それが彼女の胸の双丘だと理解するのに数十秒の時を要したのは言わないでおく。と言うより、彼女は俺が上に載っている状態でこんなにぐっすりと寝ているのか?
そう、玲羅は胸をゆっくりと上下させながら安らかに眠っている。
心なしかいつもより寝顔が柔らかい。いや、いつも柔らかいのだが。いつにも増してという話だ。
俺はそんな彼女を起こそうと肩を揺さぶる。
すると、玲羅はすぐに目を覚ますが、寝ぼけているのかはたまた疲れていたのか、明らかに開いた目を閉じてしまう。
「おーい……風呂入んないとダメだろ?玲羅も服着替えてないし、多分入ってないだろ?」
「んー……あと5分」
「そんな漫画じゃないんだから。ほら起きて」
「んにゃぁ……眠い……」
「そんなことばっかり言ってると、またキスしちゃうよ」
「んー……」
そんななんでもない脅しをしてみるが、いまいち効果は薄いようでもぞもぞと掛け布団を深くかぶろうとする。俺もそんなに時間をかけてられないので、脅し通りに彼女の唇にキスを落とす。
すると、彼女が目覚める―――と言うことはなく、寝ぼけているのか俺の背中に手を回したかと思えばがっちりとホールドし、そのままゴロンと俺と彼女が同時に掛け布団で簀巻きになるように回転した。
あまりにも唐突で驚いたが、それ以上にびっくりしたことは彼女がまだ寝ているということだ。
そう、今の動きはただの寝返りでしかない。持ち前の寝相で俺のことをホールドしてからの寝返り。彼女じゃなきゃできない芸当だ。
それどころか、俺をホールドしてキスの主導権を奪ってきたかと思えば、彼女は寝たまま舌をねじ込んできた。
さすがにそれは考えていなかったというか、さすがに俺からしなければ寝ている彼女からは来ないだろうと思っていたので、完全に俺の思考がショートしてしまった。
そんな俺がとった行動はというと……
「んちゅ……ぬふぅ……」
ホールドされた状態からどうにか関節を外したりして抜け出した手で玲羅の鼻をつまんだ。
我ながらイカれてると思うが、これが意外と効果てきめんだった。
「んぶっ!?」
キスによって口がふさがっていた彼女はもちろん鼻で呼吸をしている。それなのに、俺に鼻を塞がれて息ができなくなってしまったのだろう。
口から変な声を出して、玲羅はカッと目を開ける。
「な、なにをするんだっ!?」
「いや、玲羅が全然起きないからだよ」
「お、起きないからって鼻をつまむやつがあるか!」
「いやあ……そうでもしないと俺が危なかったんで」
「な、なにを言ってるんだ……」
と、まあ色々と言い合いはしたが、結局事の顛末を話したら玲羅が赤面して俯いたということだけを伝えておこう。
「そういえば玲羅は風呂入ったのか?」
「あ……も、もしかして臭かったか?」
「いや、服が昼と変わってないから。それに玲羅が臭いときなんてないぞ」
「そ、そうなのか?いや、服が変わってないというか、風呂に入れなかったのはもとはと言えば翔一が有無を言わさず、私をベッドに連れ込んだからで……」
そこまで言うとまた玲羅は顔を両手で覆い、耳まで真っ赤にする。
「どうした?」
「聞かないでくれ……」
(あんな卑猥なこと考えてたなんて翔一に言えない……いや、言っても大丈夫だろうが、これから数日間私がどんな顔をすればいいのかわからなくなる!)
そんな彼女の考えなどいざ知らず、俺は彼女に先に風呂に入ってくるとだけ伝えた。すると―――
「し、翔一が先なのか?」
「まあ、玲羅ってそこそこ長湯だろ?俺、5分ちょいで上がってくるし」
「別に文句は言ってないが……い、一緒に入るか?」
「―――好きにしたらいいんじゃない。まあ、一応学生同士だから恰好はわきまえてな」
俺はそれだけ言い残すと脱衣場に消えていった。
ああは言ったが、おそらく玲羅は俺の入浴中に入ってくるだろうな。
水着くらいはつけてくるだろう。さすがにマッパ同士では彼女の羞恥心が耐えられないはずだ。
俺のそんな予想は普通に的中し、玲羅が脱衣場に入ってきて服を脱ぎ始めた。
「翔一、入っていいか?」
「水着着たかー?」
「き、着てる!さすがに裸はハードルが高い!」
「ははっ、それでこそ玲羅だ」
「バカにしてないか……?」
そう言ってガラガラと扉を開けて入ってきた玲羅は、いつかの旅行の時の水着を装着していた。
「あれ?もう体洗ったのか?」
「そうだな」
「背中くらい流そうと思ってたのに……」
「そんなに大事なことか?―――そんなことより早く自分の体洗えよ。俺、壁見てるから水着取っても大丈夫だぞ」
「ふ、普通女子にそんなこと言わないものじゃ……いや、翔一だから言いかねないな」
なんか失礼な発言が聞こえてきたが、俺は玲羅相手だからなに言われても構わないと思って流す。
彼女も体はちゃんと洗いたいのか、「み、見てないだろうな?」とか言いながら恐る恐る水着を脱ぎ始めた。
「男ってのはな、脱いでる音だけでできるもんなんだよ」
「おまっ、今それを言うのか!?」
「さーて、なんのことかな?」
「し、翔一はしないのか?」
「おっ、と俺の思ってた返しじゃない」
その後、ザバァと体の泡を流す音が聞こえたと思ったら、俺の背の方向に彼女が入浴してくる。
「も、もうこっち向いて大丈夫だぞ」
「わかった―――そういえば、俺たち付き合ってまだ半年くらいしか経ってないよな?」
「まあそうだな。半年だが、本当はもう1年くらい経ちそうだが……」
「おっと、それ以上はいけない」
「だが、翔一と過ごしている間はいつも幸せな気持ちになれたな」
「そうか?俺は割とハラハラする時も多かったぞ?」
「それはそうだが……翔一の家のことはわからないが、美織や結乃、蔵敷たち。翔一は周りに恵まれているな。私なんか、中学の頃は友達らしい友達がいなくて、一人ぼっちに……」
「でも、今は違う。俺が玲羅を愛してる」
「そうだな。私には翔一がいる。なんだかそれだけでいい気がする」
そう言うと彼女は俺のほうに寄って来ると、しなだれかかってくる。
俺の胸板に頬を当て、少し恍惚とした表情を見せる彼女は幸せそうだ。
「なんかのぼせちゃったかも……」
「まだ入って5分だぞ」
「うるさい……のぼせたものはのぼせたんだ。このまま甘えさせてくれ……」
「はいはい……」