アーカーシャの“器”
峰岸と言う男は探せば探すほど粗が出てきた。
いや、正確にはかなりしっかりと証拠隠滅がなされていたが、俺と美織の前には無駄なこと。
美織の報告からは過去からろくな人物ではないこと。柊のおっさんからはろくでもないことをしようとしている未来を教えられた。これでなにをしていたのか、なにをしようとしているのかわかった。
今は新島というクラスメイトを脅している。そして、あの女生徒―――高橋と言うらしいが。そいつが走らないといけないとまで言っていて、それは結果なんて残そうが残さまいが変わらない結末をたどる可能性が高い。
俺たちがどうにかしなければならない。
そうは思うが、今日はもう疲れてしまった。高橋の傷の治療は明日からだから。今日はもう休もう。腹が減っては戦はできぬと同じ。疲れていてはなにごともままならぬというものだ。
なんか言ってることがRPGみたいだ。
そんな冗談も誰もいないので言葉にするわけにもいかず、下に降りると玲羅と結乃がリビングでゲームをしていた。
「あ、翔一―――用事とやらはいいのか?」
「お兄ちゃん……」
「まあ、とりあえずこれ以上できることはないって感じかな」
「そうか」
「とりあえずさ、玲羅―――俺の部屋に来てくれないか?」
「ふぁっ!?」
俺がそう言うと彼女は驚い素っ頓狂な声をあげた。
……そんな変なこと言っただろうか?いつものことだろうに。
「ほら、行くよ」
「え、ちょっ、待って……!」
なんだかまだびっくりしているようだったが、俺も限界だったので玲羅をお姫様抱っこで自室に連れ込んでいった。
「お兄ちゃん、あれを無意識にやってるのかあ……客観的に見てると、なんとも言えない気持ちになるなあ……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ひゃぁっ!?」
私は翔一に部屋に連れ込まれたかと思えば、少しだけ粗雑にベッドに放られた。
もしかしてこれから私は翔一に襲われるのだろうか?最近は体育祭が終わってから、なにかあったのか疲れた様子でいたし、なにがとは言わないが、溜まってきているのだろう。それを受け止めるのは私の仕事だ。
彼には辛いこと。苦しいこと。大変なこと。いっぱいあっただろうし、私も彼に頼りっきりなところがある。そんな私が彼にしてあげられること―――それは己の身を彼にささげるくらいだ。だって、彼は家事はできるし、勉強もできる。私にできることは彼がそれ以上にできてしまう。
そうなったら男にはできないこと―――一人じゃできないことを差し出すしかないじゃないか。
そう思って私は覚悟を決めて目を瞑って拳を軽く握ったのだが……
「ふぅ……おやすみ……」
「へ、し、しょうい……っちぃ!?」
おそらく本当に疲れて脳がバグっていたのだろう。
彼は私を襲うわけでもなく寝た。しかも、ただ寝たのではない。添い寝したのかと思えばそうではない。彼は私の上に四つん這いになって上に乗ったかと思ったら、私の胸に顔をうずめて入眠した。
あまりにも唐突の出来事に私は驚いたが、私の覚悟していた展開よりは優しいものだったのでなんら問題はないのだが―――お預けを食らったようでなんだか釈然としない。
ただ、私の胸に当たる彼の吐息を感じると、どうにもこうにも気分が和らいでいく。
やはり翔一は私の心を満たせる唯一の存在なのかもしれないな。
そう考えながら私は翔一の頭を撫でる。
普段意外と撫でたことのない彼の頭は綺麗な髪をしていた。まあ結乃と同じシャンプーを使ってるし、同じ家族だし、結乃がきれいな髪をしてるから、半分普通のことなんだな。
にしても、翔一と結乃は仲がいいな。
普通の兄弟ならあんなに仲良くできなはずだ。同じシャンプーを使わないで!とか下着を見ないでとかあるだろうが、そういう話を今まで聞いたことがない。と言うか、私が来る前は洗濯物は翔一が出していたみたいだし、普通に結乃の下着を触っていたのだろうか?
……汗臭くないだろうか?
今、急に心配になったのだが、私まだお風呂に入ってないのだが……
え、大丈夫だよな?まだ夕方だからお風呂はまだ大丈夫だと思っていたのだが、まさかこのまま朝まで翔一が起きないとかないよな?さすがにお風呂に入れるよな?
そんなに学校で砂まみれになるようなことはしていないはずだからさほど汚れていないとは思うが、それでも汗はかいてると思う。えぇ、どうしよ。翔一に起き抜けでくさいとか言われたら死ねる……
そんな心配をするも、さすがに翔一に眠られていると、胸を通じてかは定かではないがつられて眠くなってきた。
だがお風呂に入りたい。翔一にくさいとか言われたくない。しつこいかもしれないが、それくらい大事なことなんだ。
「ふわぁ……でも眠い―――汗、大丈夫……かな……」
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「義姉さん、降りてこないな……寝ちゃったのかな?」
お兄ちゃんが義姉さんを連れて行ったあと降りてこない。
たぶんお兄ちゃんは疲れてたみたいだし、寝ただろうけど―――あー、もしかしたら義姉さんを抱き枕にしたのかも。
そう考えて私はゲームをしているが、正直いつものように高得点が見込めない。
なぜかと言われれば、あの時に聞いたお兄ちゃんの部屋から漏れてきた独り言。
「あや姉の仇……なんで私には伝えてくれないの……」
アーカーシャの剣の時もそうだった。
いつもお兄ちゃんとみお姉だけが知らないところにいってる。別にお兄ちゃんが私を巻き込まないようにしているのは知ってる。でも、私だって家族だよ?あや姉を失って悲しんだ一人だよ?
なんで教えてくれないの?
わからない。なんど考えてもわからない。
私だってあや姉を傷つけた奴らを許すつもりはない。
こうなったら私だってやるよ。お兄ちゃんの口調を借りるなら、ぶっ殺してやるってやつ。
柊のおじさんに聞けばたいてい渋々ながらも教えてくれるからなにをしようとしているのかくらいはわかる。なら私にだって殺す手段が手に入る。
もうお兄ちゃんたちだけで仇討ちはさせない。
ねえ、お兄ちゃんたちは知らないよね?私に―――
私、昔一度だけ持ったことあるから知ってるんだよ。
私がアーカーシャの器となりうる存在だってこと。