大地が揺れ、砂が舞う!
『勝ってくる』
そうは言った。だが、我ながらこれを言うのはずるいし、ダサいかもしれないが、団体競技は俺だけでは戦力をひっくり返すことは難しい。
女子に問題こそないが、特に男子が厳しい。俺と元クラスメイトのグループのメンバーは問題ないのだが、ほか二人はほかのクラスの選抜と張り合えるほどの足がない。
もしかしたら勝てないのかもしれない。
だが、今の総合得点差は微々たるもの。2位以下で確実に優勝を逃す。
優勝するには、1位を取るかつクラスの運動能力は今までの競技で事故を起こしていない7組が3位以下になることが条件となる。
まあ後者はいい。ただ、メンバー的に俺が今まで以上の速さで走らないと勝てない。
自身の保身とクラスメイトの保身。どちらが大事かだ。
正直なことを言うと、薄情かもしれないが前者をとりたい。
まあ、多分俺は全力で走りはしない。そんなに差がつかなければ、危なげもなく勝てるくらいには早いとは思うが。
だからというかなんというか―――事故って、ぶっちぎりの最下位で俺に渡さないでくれよ。
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『これより、学級選抜リレー決勝戦、1年生の部を開始します。選手の皆さんは入場門に集まってください』
予選は普通に通過した。
まあ、結果は2位だったが。
さすがに鈍足二人のカバーは間に合わない。俺と美織がずば抜けているとはいえ、ほかは一般人だ。やはり全体的な身体能力は低く、先頭の玲羅のつけたリードをすぐに覆されてしまう。
さすがは選抜と言いたいところだ。
このままではうちのクラスの優勝はない。とは言っても、まだ玲羅は余力を残しているようだし、もしかしたら予選以上のリードが生まれるかもしれない。
そう思い、俺は玲羅と話す。
「玲羅、もしかして余力あるか?」
「気付いたか?予選は突破するだけで得点に関係ないから、決勝で全力で走れるように少しだけ手を抜いた。今度は、もっと差をつけてやるぞ」
「なら安心だ」
「翔一は本気を出さないのか?」
「俺は―――さすがに理不尽だろ。勝負の世界でそんな圧倒的な力は面白くないだろ?」
「そんなことはない。私は、翔一の本気の姿を見たい。すべてを置き去りにして、カッコいいお前を見せてくれ」
「カッコいい俺、ねえ……本気で走ったら、見えないと思うぞ?」
「いいんだ。完走した後の翔一のやり切った表情を見たいんだ」
「なんだそれ」
一体玲羅がなにを見たいのかわからないが、俺たちはそのままトラックに出ていき玲羅はスタートライン。俺は待機列に並んだ。
ちなみに、選抜リレーは1走から女子、男子と交互に編成することが決まっている。つまり、女子対男子の形はこのリレーで行われない。
第1走者は玲羅。その後に第5走者に美織。第8走者―――つまり、アンカーは男子で一番速い俺の担当だ。
ほかのメンバーはお世辞にも俺たちみたいに早いわけじゃない。強いて言うなら、俺の前の女子が陸上部で短距離の選手というくらいだ。第3走者の女子?帰宅部だよ。たまにいる、めちゃくちゃ運動できるのに部活やってない奴だよ。
『位置について!』
いつもの合図―――それを聞いた玲羅は、身を屈ませてクラウチングスタートの構えをとる。
他クラスの先頭選手は、どの人物も体育会系の部活でエース級の活躍を見せる者たち。それに対抗するのは、帰宅部の玲羅。まあ、この第1走を不安視はしていない。なんせ―――
パァン!
「ふっ……!」
―――玲羅なんだから。
彼女は号砲とともに走り出し、今までとは比にならないレベルの速さで後続を引きはがす。
安定した走りを見せて玲羅は後続を1/4周ほど離して次の走者に渡した。
次の走者はうちの中で比較的速いというだけで選抜入りしてしまったかわいそうな男子だ。退学者が出なければ、絶対に出場しなかったがために、どんどんと後続のクラスに抜かされていく。
その後は、差を詰めつつも抜かしきれない状況が続くが、ここでついに美織にバトンが渡る。
彼女がそれを受け取り、握ったとたん文字通り目にもとまらぬ速さで追い上げていく。
会場内が歓声を上げて盛り上がる中、美織はただ無心で前の選手を抜き去っていき、次の問題の生徒にわたる。
美織の次は、選抜で最も足が遅い選手だ。もちろん、うちのクラスでじゃない。全体でだ。
50メートルは7秒5―――まあまあ走れる方ではあるが、選抜では勝負にならないレベル。そうなると、美織のつけたリードは意味をなさない。特に、予選で俺たちを超えて1位になった5組だ。
あっという間にうちのクラスの走者を抜き、どんどんと差を広げていく。
だからと言って、ただで走者は済ませるわけなく。今までに見せなかったような速さを見せて、なんとか次のランナーにバトンを渡す。しかし―――
ドサッ
次の走者である陸上部女子が転んでしまった。
全力で走って走者のバトンの渡し方が悪かったのだろう。受け取った女子は、バランスを崩して走り始める瞬間に転んでしまった。
そのせいで膝から血が出ていたが、それを気にしないように彼女は再度走り始める。
だが、流血するほどのケガで万全の走りを見せられるはずがない。パフォーマンスを落とした彼女は後続にも抜かされて、徐々に差をつけられていく。
俺にバトンを渡そうとするときには、すでに先頭が半周を終えているころだった。
「ごめ、ごめん……」
そんな結果に走者の女子は泣きそうになっていた。と言うより、瞳から一筋だけこぼれていた。
はぁ……
確かにこの状況から普通逆転は無理だよな。そう思うよな。俺も、そんなに速くは走ってなかったし。
自分のせいで負けるのって苦しいよな。きっと、全員リレーのあいつも同じ気持ちなんだろうな。
―――悪い。自分のために手を抜こうだなんて考えて。
そんな泣きそうな顔を見せられたら、手なんて抜けないだろうが。
パシッ!
俺は力いっぱい手を伸ばす彼女のバトンをテイクオーバーゾーンの一番始めで受け取る。
そして、ケガをしながらも走り切った彼女に言う。
「よく頑張った……」
「ごめん、でもこれじゃあ―――」
「―――この勝負、俺を本気にさせたお前たちの勝ちだ」
「へ……?」
ドンッ!
彼女は呆けていて記憶がなくなってしまうだろうが、俺はバトンを握ってそう言った瞬間に、思いっきり地面が陥没するくらいに踏み込んだ。
俺が走り抜けた後は砂が巻き上げられ、風が吹き荒れる。
途中審判の女子の髪をたなびかせ、俺は誰の目にも止まらないような速度で駆け抜けて、ものの数秒でトラックを一周する。本当はもっと速く走れるが、これ以上は色々危ない。
今のが俺の出せる限界の本気だ。
まあ、もう結果は言わずもがなだ。