不動の翔一
午後の競技―――午前の個人競技とは打って変わって団体競技が一気に増える。まあ男女別リレーは午前だったが、あれはノーカンだ。
そして、午後一発目の競技は、
「うおおおおお!引っ張れえええええ!」
「「「おおおおおおおお!」」」
綱引きだ。
今行われているのは、1組対4組の対戦カード。一応4組のほうが押している感じはある。いや、引っ張ているか。
「すごいな。さすが4組だ。脅威の運動部率60%を超える超肉体派集団なわけはある―――1組を圧倒してやがる」
「誰だ、おめえ」
俺の右隣には玲羅。だが、左には見知らぬ男がいた。いや、クラスメイトだとは思うが、今まで一切の出番がない奴は……おっと、これ以上はいけないか。
そして、俺の隣の謎のメガネはクイっと眼鏡をあげて言った。
「僕たち2組の相手も手強そうだよ、椎名君」
「お、おう……お前、誰?」
「僕たちの相手は、あの5組だ」
「あのって言われても知らねえよ」
「5組は、今年のインターハイを優勝し、レギュラー出場していたバスケ部の佐藤君率いる肉体派集団さ」
「肉体派集団2回目だな」
「とにかく油断はできない。僕は全く戦力になれないくらいに非力だけど、みんなの役に立てるように頑張るよ!」
「威勢はいいけど、なんか腹立つな」
そんなこんなで一回戦目の綱引きは4組の勝利で終わり、俺たちの番が回ってくる。
入場門からグラウンドに入っていき、綱の前に全員が並ぶ。
ちなみに、先頭―――つまり一番真ん中に近いのは俺と玲羅だった。俺はまだしも、女子に先頭やらせるのか?とは思うが、まあ玲羅はそこいらの男子より力も強ければ運動神経もいい。妥当な判断ともいえる。
「なあ、翔一」
「なんだ?」
「ぶっちゃけ、一人で勝てたりするか?」
「まあ、ぶっちゃけるとな」
「やっぱりか……」
俺と玲羅が周りに聞こえないように耳打ちするように会話していると、スターターの人が掛け声と号砲を構える。
その瞬間、俺と玲羅は縄をもって、すぐに引っ張れるようにする。
「位置について!よーい……」
パァン!
「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」」
爆発音とともに一斉に生徒たちが咆哮しながら引っ張り始める。
ここは肉体派の5組が有利かに見えた試合だったが、誰も想像しないことがおきた。力が拮抗していた。旗が初期の位置から全く動かない。
あんなにも5組の生徒が全力で引っ張っているのに、それに2組が応戦していた。そんな熱い戦いが―――
―――起きてないんだな、これが。
もうすでに玲羅は気づいたのか全然引っ張ってない。というか、俺に任せっきりだ。彼女がこんなことになるのも珍しいな。
「玲羅、引っ張らないの?」
「いや、少しは自分の手元を見たらどうだ?」
「んー、ノーコメントで」
縄は動いていない。それは正しい。ただ、正確に言うと、俺を起点に縄が動いていない。今の俺は直立不動でなにもしていないように見えるが、ある程度力を込めてこの現状を維持している。
なぜかって?
少しでも引っ張ったら―――
クイッ
俺が縄を少しこちら側に引っ張った瞬間、相手の5組はその勢いに飲まれて一気にこちら陣営になだれ込んでくる。
「え、えっと……2組の、勝ち……?」
こうなるんだよ。
まだ勝つだけならいい。今回はある程度手加減もしたし、大丈夫だと思うが、一歩間違えればけが人が出かねない。そう思うと、あんまり本気で引っ張りたくないのだ。
だったら今みたいに弱めに力入れればいいじゃんと思うかもしれないが、そういうわけにもいかない。
力を全力全開で振るうよりも、全力で手を抜く方が精神がすり減るし、疲れるのだ。
だから今みたいに直立不動でみんなが怪我しない程度に力を込められるようにしてから引っ張っている。
「うおおおお!これが2組の力だあああ!」
チガウ。これは俺の力だ……
「これがみんなの絆の力なんだね!」
すまん。絆もクソもない、俺だけの力なんだ……
「よっしゃああ!次の対戦もなぎ倒してやるぜ!」
すまん。そんなに理由なく人を傷つけられるほど、俺は残虐じゃないんだ。
俺がどう反応すればいいのか困っていると、玲羅が同情の視線を見せてくる。や、やめてくれ……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
競技終了後
綱引きの1年の部はうちのクラスの優勝だった。これで大量得点を得ることができたうちは、玉入れの失態を帳消しにできるくらいには活躍したはずだ。
それが終わったので、精神のすり減った俺はため息をつきながらベンチに座る。すると、隣の玲羅に声をかけられる。
「お疲れ様―――はい、水筒だ」
「ありがとな……はあ」
「みんなが盛り上がってる時になにも言わなかった翔一は、なんだか影の支え人みたいでカッコよかったぞ」
「俺はなんて答えればいいんだよ……」
俺はそう答えるが、彼女は俺を労わるように優しく手を握ってくる。
そして、なにかを言うわけでもなく、ただ肩に頭をのせてくるだけ。穏やかで優しい時間が―――
「すげええええええ!」
「わあああああああ!」
全っ然穏やかじゃねえわ。
「なあ玲羅」
「なんだ?抜け出すのはなしだぞ?」
「なんでわかったんだ……」
「ふふっ、どれだけの時間、お前と心をともにしてきたと思ってる。もう私にはお前がいないといけないのと同時に、お前には私がいないといけない。それくらいに心を通わせた私たちがの想いが通じ合わないはずがないだろう?」
「ははっ、そりゃそうか。なんだ、心を読めるのは俺の専売特許ってわけでもないのか」
「心を読むって、私限定だろう?」
「まあ、そうだけどさ」
「愛してる、翔一」
「俺も愛してるよ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『愛してる』
その言葉は人生でただ一人の男にしか言ったことがない。
好きだとはほかのやつに言ったことはあるが、上位互換である『愛してる』は使っていない。
いつからか、彼は私の心に居座り、ある意味、私を支配して調教した。
別に痛いとかそういうのじゃない。幸せと言う名の調教を私に仕込んできた。
おかげで、私は彼と一緒にいるだけで幸せになれる。傍にいるだけで幸福感で満たされる。
一緒に寝るだけで、感じたことないほどにおなかの中が熱くなって気だるげながらもすっきりしたような、そんな感覚に陥る。
それが狂愛だと言われても、彼は私を否定しない。むしろ、ウェルカムと言わんばかりに抱きしめてくれる。そんな彼が大好き。
でも、彼は家事ができすぎて、仕事もこなせそうなぐらいに頭がよく、容量もいい。私が彼のヒモになりそうで将来が怖い。
―――なんだか、彼に甘やかされるだけの人生も悪く……
いや、これでは彼に呆れられて捨てられてしまう。
なあ翔一。私はどうすればいい?どうすれば、お前のことを世界で一番幸せな男にできると思う?