体育祭―――昼休みにて
時々不安になることがある。
翔一が浮気をしているかもしれないと思っているわけではないが、それでもいつか私は彼といられなくなるのではないかと考えてしまうときがある。もしその時が来たら、私は立ち直ることができるのだろうか?
ここまで彼に依存している私は、正直翔一を失ったら失意のどん底でろくに食べ物を食べられない気がする。
そう思ってしまう原因と言えば、やはり夏休みの時の夢―――彼はもっと別の世界にいる。
そんな気がしてならない。だが、今の翔一はどうなる?私は誰と付き合ってる?考えるだけで、自分が嫌になる。
それだけじゃない。
あの時、彼は私を助けてくれた。
嬉しくて、恥ずかしくて、その時は考えるに至ることはできなかったが、今にして思えば好きだからとできることではない。一歩間違えれば彼が孤立する可能性が―――
いや、翔一はそういう男だ。周りの声よりも愛する人を優先する。そんな男
だから私も彼に惚れて、すべてを許している。今の私なら、たとえ彼に胸を突然触られても、押し倒されて初めてを散らされても、学生だというのに妊娠させられても、許せる気がする。
たぶん、翔一はそのすべての責任を取ってくれる。彼は遊びで付き合うような男ではないし、責任感のないやつでもない。
でもだからと言って、あのお題で私を選ぶのは―――
―――恥ずかしすぎる……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
『自分の生きがい』
俺はそのお題に対して、玲羅を選択した。
もちろんものにすることだって選択肢にあった。だが、俺はほぼ即断で玲羅にすることに決めた。
理由はちゃんとある。
第一に俺も恥ずかしい思いをするが、玲羅の羞恥に満ちた可愛い表情が見れるかもしれないと思ったこと。そして―――
『天羽さん、選ばれてみての感想は?』
「は、恥ずかしくて、死にそうだ……」
―――自分に嘘をつきたくなかったから。
玲羅を連れてきたのはお題通りだ。彼女がいるからこそ、俺は毎日を笑えるし、戦える。だが、生きがいがそれだけかと聞かれればノーだ。
ちゃんと友人もいるし、趣味もある。最近はめっきりやらなくなったが、一応これでも元ランカーだ。
昔はストレスから逃げるために没頭していて、多分玲羅に会う前までは自分の生きがいは賞金を稼いで、早く家を出て綾乃と逢引することだったかもしれない。今はそんなことできないし、俺も玲羅にそんな無責任なことさせられないから、今は考えていないが。
たぶんその時は、綾乃を好きでいることに理由をつけていた。かわいそうだったからとか、同情の振りまでして。
でも、単純に好きだったんだ。あの幸薄そうながらも健気に笑う彼女が。
だというのに、気持ちに理由をつけて嘘をついて、彼女を殺してしまった。
たぶん俺はそれになにか思うことがあって、今回の借り物競争で玲羅を迷わずに選んだ。後悔はない。むしろ顔を真っ赤にして俺にしなだれかかる彼女の姿は可愛いものだった。
今はそれが見れただけで十分だ。
そうして借り物競争も終わり、うちの体育祭は午前の部を終えた。
通過順位は、2組が2位と言うことで折り返しだ。借り物競争は、俺以外の出場者が言うほど得点を伸ばせなかったのだ。
昼休みは、文字通り普段のものと変わらない。昼飯を食べて休憩する時間―――つまり生徒たちの自由時間。と言うわけで、玲羅は今クラスの女子たちに囲まれていた。
羞恥で死にそうになっている彼女だったが、俺のほうをちらちらと見るたびに顔を赤くしていく。
ずっと赤いな玲羅。もしかして、熱に浮かされてるだけじゃなくて、本当に熱中症とかないよな?
玲羅と一緒に弁当を食べることを楽しみにしていた俺だったが、現実となり隣にいるのは美織だった。
「不服そうね」
「俺は玲羅と食いたかったよ」
「うっさいわね。私も十分美少女なんだから文句を言わないの」
「美……少女?」
「なによ、なんか文句あんの?」
「いや、見てくれ美人に変えたほうがいいんじゃねえかな?」
「ぶっ飛ばす!」
「やってみろっ!」
突然殴り掛かってくる美織をなんとか制していると、いつの間にかクラスの視線がこちらに注がれていた。
スクラムみたいな取っ組み合いをしている俺たちは、その体勢から動けずに困る。
そうしていると、玲羅に詰め寄っていたクラスの女子が美織に尋ねた。
「条華院さんって、椎名君のこと好きなの?」
「なっ!?」
地雷だった。
彼女には言ってはならない言葉の一つ。
しかしまあ、美織もそこまで子供じゃないから、そういうあおりに対しても……
「そ、そ、そ、そんなわけないでしょ!わ、私がこんなやつ!」
「取り乱し過ぎじゃない?」
あ、あれ……?美織って、これ系の話でこんなに取り乱すやつだったっけ?
しかし、美織は俺の考える姿とは大きく違うものを見せてくる。
「いや、好きじゃなかったらそんな特定の異性と取っ組み合いとかできないよ?」
「ち、違うわ!こ、こいつが私のことを可愛くないとかいうからで……」
「それって、条華院さんが椎名君に可愛いって思ってほしいってことだとね?」
「ぬあっ!?」
言えば言うほどダメージを受ける。
それが美織の状況だった。いや、彼女の好意は知っていたが、もう振り切っているものだと思っていた。だが、今は他人に指摘されて明らかな動揺が出ている。
明らかにまだ俺に対して、想いがある。
それを彼女はひた隠しにして生きてきたのだ。
それを知ると、また彼女に対して申し訳ない気持ちになる。
「美織、なんかごめんな」
「黙りなさい!私はもうあきらめてるのよ!なに?私が婚約を申し込んだら、あなたは玲羅を捨てるの?」
「いや、そんなことはしない」
「わかってるわよ!私が好きになった男はそういう奴だもの!」
もうやけくそとばかりにそう叫ぶ美織。その男気があり過ぎる彼女の発言にクラス中が「おぉ……」とどよめく。
「すごいなあ、条華院さん―――私だったらもっと未練たらたらでその人の恋人とか恨むのに……」
「な、なんで私を見るんだ?―――う、奪ったつもりはないぞ!」
「これが被疑者の供述です……」
「ち、ちがう!翔一と会ったときは、本当に美織のことを知らなかったんだ!」
なぜかいじられてしまう玲羅だった……
まあ、午後も頑張りましょう