体力測定
「はぁ……はぁ……」
50メートルを張り切った玲羅は少し息を切らしていて、肩を大きく揺らしながら空気を肺に回していった。
今日は延期に延期を重ねた体力測定兼、学級選抜リレーの出場者を決めるために50メートル走が行われている。
「天羽さん、6秒3!」
「え、はやっ!?」
「り、陸上部に入る気ない?」
と、彼女の出した記録でクラスは大盛り上がりだった。―――確かに、ただの女子高生が出すようなタイムではない。6秒前半というだけでも早いのにだ。
ちなみに、うちのクラスの男子カーストが、見事に入れ替わった。
文化祭で見事にボイコットをかました男子たちは一様に女子から無視されて、その分頑張って参加した男子たちがよく話しかけられるのを見るようになった。
異性に話しかけられてタジタジになる姿が可愛いとクラスギャルの間でブームが来ているようだが、それがいつまで続くのか……
まあ、俺の知ったことではない。
「速かったわね」
「そうだな。まあ、一般人の枠は飛び出してるしな」
「そうね。私たちほどじゃないけど、玲羅は十分一般人離れしてるわ」
俺と美織は計測が終わっていない。
というか、玲羅が1発目だ。出席番号順だと、『天羽』は強すぎる。
逆に、椎名と条華院は連番だ。
だいたい、俺と美織は10何番目―――それまで、玲羅とはゴールに行くまで話すことはできない。
一人、また一人と順番が進んでいき、ようやく俺たちの番が回ってきた。
選抜リレーの選考は男女4人ずつ。
タイム的に見て、玲羅は確実に出場だろう。ならば、俺も出よう。彼女にいいとこ見せたいからな!
だが、まあ本気を出したら測定不能になる未来しか見えないから―――いい感じに手を抜いて……
「位置について!よーい……」
パン!
開始の合図を出す人がイージースターターを鳴らした瞬間、俺は地面を踏み込んで走り出し、50メートルを駆け抜けた。
現在男子の最高記録は6秒6―――それを超えて、なおかつ後続に抜かれない程度に……
「よ、4秒2……」
「速すぎでしょ……」
「逆に引くわ……」
「えぇ……」
―――いや、やり過ぎたよ。さすがに5秒切るのはやり過ぎたよ?世界記録抜いちゃってるし……
俺の出した速度にみんながドン引きする中、俺に駆け寄ってきた玲羅は違った。
「やっぱり翔一は速いな―――と、言いたいところだが、手を抜いたな?」
「まあ、計測不能になるよりはマシかと……」
「かまわないのだがな。まあ、なんにせよこれで一緒に体育祭で走れるな」
「うっわ、イケメンすぎでしょ」
「ど、どういうことだ?」
一緒に走れる。そう言った時の彼女の爽快な顔やたるや―――イケメンすぎて笑う。こんなところで原作設定とかいらねえよ。まあ、めっちゃいいけど!
そうこうしながら玲羅と話していると、クラスの集団のほうから歓声が沸いた。
「条華院さん、よ、4秒1!」
「すごっ!」
「やった!これでうちの2組が優勝だ!」
「おい!さっきと反応がちげえじゃねえか!」
「翔一、負けを認めなさい。これがあなたと私の差よ」
「ぶっ飛ばす!」
「ま、待て!翔一、落ち着くんだ!」
玲羅が羽交い絞めで俺を止めてくれなかったら、おそらくだれも止められない乱闘騒ぎが始まっていただろう。だが、そんな俺をあざ笑うかのように美織は、俺を煽った。
「あらあら、これがコンマ1秒の差よ?この差がカリスマの差なのよ」
「マジ殺す!てめえが後出しでやったから、驚きが若干薄れてシンプルに賛辞の声が大きくなっただけだろうが!」
「それでも私は、あなたよりもモテモテね」
「……」
「落ち着け!喋ってるうちはまだいいが、無言で殴ろうとするのは絶対マズい!」
俺がいよいよ無言で殴ろうとし始め、玲羅が必死に止めてくる。
いまだに溜飲は下がらないが、これ以上は玲羅に迷惑をかけてしまうため、俺もここで暴れるのをやめる。
その後はなにごともなく測定は進んでいき、ようやく全員の測定が終わった。
その時点で学級選抜リレーのメンバーが決まった。
女子は、ぶっちぎり1位の美織と玲羅と新島と横田だ。新島は一瞬だけ会話をしたことがある。―――それだけ。一番後ろの横田に関してはなんも知らん。
男子メンバーは、俺と干され組3名だ。どうせこいつらは真面目に走る気はないだろうし、期待はしていない。
俺以外の男子が原因で、俺と玲羅と美織がいるというのに勝負が五分っぽいのがまた面白い。
これは本番が楽しみではあるな。
まあ、選抜以外にも学級リレーも男女リレーもある。
体育祭が延期になった分、生徒会が躍起になって種目づくりにいそしんでいるが、倒れないか心配だ。
しかも、種目数を作り過ぎて2日に分けようとか言っている始末である。かまわないのだが、その場合の振り替え休日は2か与えられるんだろうか?
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50メートル走が終わった日の夕方
俺は結乃が料理を終えるまでの間、玲羅を膝枕に寝かせて甘えさせていた。
とはいうものの、結局は玲羅の頭を優しく撫で続けているだけなのだが……
「翔一の手つきはやっぱり気持ちいいな」
「そうか?それならよかった」
「本当、私はいい人に拾ってもらえた」
「自分で言うのもなんだけど、中々いないぞ。俺みたいな優良物件」
「そうだよ、義姉さん―――お兄ちゃんは料理もできるし、一通りの家事もできる。それどころか、育児にもある程度の教養があるから、義姉さんは寝てても生活できると思うよ?」
「そ、そんなことするわけないだろっ!夫婦なら、お互いに協力していくものだろ。だというのに、片方に押し付けてばかりでは、可愛そうではないか!」
「お兄ちゃん、義姉さんめっちゃいいお嫁さんになるよ!」
「そうだな。これで素なんだからな。可愛い以外なんもないだろ」
「ふ、二人とも、私をからかってるのか?」
リビングとキッチンを往復するような会話なので、何の躊躇もなく大きな声で会話する。
そんな状況と、俺にほっぺをぷにぷにと弄られているのに耐えられなくなったのか、彼女は頬を真っ赤にしながら顔を伏せてしまった。
だが、俺が彼女を逃がすはずがない。
今度は、玲羅の胴を抱え上げて俺の膝の上に座らせて、バックハグをする。
「玲羅は俺のもの―――だから、こうやって抱きしめると幸せになれるんだ」
「わ、私も―――抱きしめられると……ぽわぽわする……」
今日も玲羅は絶好調だ。