文化祭終了
これから全校生徒の前でキスをする。
それはもしかしなくてもかなりの覚悟がいる。
歴代の優勝者たちがどんな思いでやっていたのかはわからないが、俺たちのように多少の気恥ずかしさを覚えている奴らなどごまんといただろう。
しかも、ここでやらないと会場の雰囲気が壊れる。
空気の読めないやつだといわれるのもごめんだ。
「俺はもう覚悟ができた―――玲羅のほうは?」
「わ、私はもうちょっと待ってくれ……」
「恥ずかしい?」
「い、いや……みんなの前でしたら、私の中で歯止めが利かなくなるような気がして―――ほら、もうみんなに見られてるから、学校でも所構わず求めちゃうかも……」
「―――それくらいは全然かまわない。けど、そう言うってことはキス自体はしてもいいってこと?」
「そ、そうだな……ちょっと待ってくれ」
そう言うと玲羅は、少し顔を俯かせて俺に表情を見えないようにする。
すると、ぶつぶつとなにかを呟いてから、パン!と彼女自身が自分の頬を張った。
突然の行動に会場のみんなが驚いたが、玲羅はそれを気にすることなく俺の顔を見上げた。
急に来た強力な上目づかいに、俺もノックアウトだ。
『さ、さあ―――二人とも、キスをお願いします!』
「催促すんな!……待ってろ、すぐにしてやるから!」
司会のアナウンスに水を差されつつも、俺と彼女は正面を向き合った。
彼女の顔にかかったベールを上げると、会場内から「おぉ……」と謎の歓声が上がるが、無視だ無視。
「翔一……ん……」
「ああ……玲羅……」
そうして、会場の全員が待望していた俺たちのキスが実現する。
普段するようなめちゃくちゃにディープなやつではなく、あくまで人様の前でやることをわきまえて甘く、優しいものを落とした。
少ししてから唇を離すと、なにか彼女は名残惜しそうな顔をしたが、さすがにこれ以上はこの場ではできない。
彼女のほうは赤いとも桃色とも言える絶妙な色合いをしており、張ったせいで赤いのか、気恥ずかしさで桃色に染めているのか、判断がつかない。
「ふふ、玲羅、顔真っ赤だよ」
「そ、そう言う翔一だって耳まで赤いぞ……」
「え、マジ?」
彼女に指摘されると、なんだか顔が熱いような……
そんなことを考えていると、司会がごちゃごちゃと言い始める。
『すごいですね……見ましたか皆さん―――もう、恋人のキスじゃなかったですよ。長年、お互いを理解した玄人キッスですよ……』
「「「うんうん」」」
「どういう表現だよ!―――会場も納得すんな!」
『だってそうでしょう?私も前回優勝しましたけど、やっぱり人前でこんなキスはできませんよ。せいぜい、ちゅっと一瞬唇がぶつかるかぐらいしか……』
「くそっ!選択肢間違えた!―――もっと短くだったか!」
「し、翔一は、私とのキスが嫌か?」
『あーっと、ここで彼女さんの反撃だあ!』
「攻撃した記憶はねえ!」
司会の言う通り、確かに玲羅のこの行動は破壊力がすさまじいが、これに対してなにかを言うと、自滅にしかならない気がする。
『さあ、椎名さん。どうなんですか!キス嫌なんですか!』
「ど、どうなんだ……?ほ、本当は嫌だったか?」
「あー、もう!好きだよ!玲羅とのキス、何にも考えられなくなるくらいしてたいよ!」
『うわあ!言った!言ったよこの人!』
俺が叫ぶと、司会は聞きたいものを聞けたかのように跳ね、玲羅は頬を真っ赤に染めながら俯いていた。
だとしても、絶対司会は後でしばく。
その後、俺の言葉で会場はお祭り状態を迎えて、後夜祭最後のプログラム―――フォークダンスへと進んでいく。
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「盛り上がり、すごかったわね」
「うるせえ……まさかあんなに盛り上がるとは……」
「殺してくれ……」
表彰が終わり、我に返った俺たちは羞恥に悩まされていた。
会場でも恥ずかしかったが、半分アドレナリンが出た状態より、鎮まった今の状態は非常にまずい。
玲羅もドレスを着たあたりから羞恥によっておかしくなっていたようで、冷静になった今、彼女は両手で顔を覆いながら恥ずかしさに震えている。
綺麗だったドレスも今は脱いで制服にものどってはいるが、あの時の映像が脳裏に焼き付いて頭から離れてくれない。
今も、うっすらと彼女の顔にベールの幻影が見えてしまう。
しかし、恥ずかしくともくっつきたいもの。
俺は、彼女の頭を捕まえると、膝の上に誘導するように倒した。
「ふぇ……?」
「あ、あんなことしたけどさ。でも、やっぱり玲羅とはくっついてたいなあ……って」
「そうか……やはり翔一は―――なんでもない……」
「私を置いて、イチャイチャしないでくれる?」
玲羅を膝枕してお互いに話していると、置いてかれ気味だった美織がついに口を開いた。
「やめろよ。空気読めよ」
「ぶっ飛ばすわよ。私が、あなたのキスを見るのがどれだけ辛かったか……」
「なんだ?そんなキスしたいのか?キスフレでも作れば?」
「なによ、そのセフレみたいな響き―――あなた、わかってるの?これでも私は、あなたに告白してるのよ?」
「それは悪かったって。でも、俺とお前はそういうのになれない。お前もわかってることだろ?」
「そうだけどさあ……少しくらい慌てなさいよ」
「お前がそう言って困らせようとするのは、昔からのことだしなあ……」
別に美織が嫌いとかではない。ただ、今優先すべきことは、女男関係なく友情よりも愛情というわけだ。
美織も結乃も大事。でも、玲羅が一番大事というだけ―――そもそも、こいつらは俺よりも圧倒的に強い。心配する必要もないしな。
「私はこれでも乙女なのよ?わかってるのかしら?」
「ナチュラルに人の心を読むなや。気色悪いじゃねえか」
「なにが気色悪いのよ!あなたが読みやすいのが悪いわ!」
「しばく!」
「やってやるわ!」
「ふ、二人とも―――こんなところで暴れないでくれ……」
俺たちのやり取りに玲羅は困惑していたが、本当は本気でこんなことをしているのではないとわかっているのだろう。力づくで間に割って入ろうとはしない。
そんな姿も愛おしくて、俺はたまらず彼女を引き寄せて抱きかかえた。
「へ?」
「やっぱ美織より玲羅だなあ」
「ぶん殴るわよ」
「暴力的だし……」
「絶殺!」
「わ!やめろ!玲羅を巻き込むな!」
「うっさいわね!なら、玲羅を下ろしなさい!」
そんなこんなで、俺たちの文化祭は幕を閉じた。
ちなみに、俺たちのクラスが歴代でもぶっちぎりの売り上げを記録していたとのことです。