他種を謳って
種を超えた友情は存在するのか。
その問いに答えろと言われたら、俺は迷いなく存在しないというと思う。
犬と人―――ほかにも例は色々存在するが、その間に友情があって、ずっと一緒だということはよく聞くことだ。
しかし、それを俺は否定する。
それは本当に友情なのだろうか?相手には言葉が通じない。それでも、自分の意思が伝わっているのだと主張するつもりなのだろうか?
もし伝わっていたとして、それを確認するすべを自分たちは持っているのか?
その確認すらも必要がない関係性が、友情をはぐくんだ状態と反論されそうだが……
しかし、その状況にたどり着けるというのなら、それはおそらく友情ではなく―――愛だ。
愛さえあればなんとかなる。俺も種を超えた友情は否定するが、種の垣根を超える愛はあってもいいと思う。お互いが確認するまでもなく、一緒にいたいと思うのは、それこそ愛ではないのだろうか?
逆を返せば、愛のない関係では、種を超えた関係は結べない。
たぶん俺は、俺のことを愛してくれる玲羅しか、心の許せる存在は一生現れないんだと思う。
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ふりょ―――チンピラに絡まれてから、少しすると玲羅が目を覚ました。
「……翔一?」
「おはよう。そろそろ起きようか」
俺がそう声をかけると、彼女はゆっくりと体を起こし始めた。
だが、自分が目を覚まして目にした光景は―――俺に膝枕されて、数人のクラスメイトに目撃されているところだった。
そんな状況を彼女が受け入れられるはずもなく……
「ふっ……これは夢だな。こんなに恥ずかしいわけがない―――もう一度寝れば、現実に戻れるだろうな」
「おーい、寝るな寝るな!ここが現実だよ」
「すぅ……」
「ほんとに寝やがったぞ……」
そうつぶやくが、彼女の頬は真っ赤だ。たぶん、口で言っていても、ここが現実だということは十二分にわかっているはずだ。
それでも彼女が起きないのは、恥ずかしすぎて現実を受け入れるのが嫌だからだろう。
そもそも、玲羅は誰にも見られないところで眠りについた。それは、自身が恋人に甘えながら眠っていることを誰にも見られたくないからだろう。
そうなれば、狸寝入りをする理由もわかる。
店が再開するまで、おおよそ1時間半。準備の時間も考えたら、あと1時間以内には起きて、店に入ってもらいたい。
そう考えた俺は、玲羅をお姫様抱っこしながら場所を移動させた。
「す、すげえ……」
「よくあんなことできるよな……」
無視だ無視。
クラスメイトの視線にさらされながらも、俺と玲羅は屋上に移動する。
そこから彼女を横にして話しかけてみた。
「おーい……起きてるよな?」
「……」
「起きないと恥ずかしいことしちゃうぞー」
そう言うと、彼女は一瞬ビクッとしたが、一切起きる気配を見せない。俺は仕方ないとばかりに、玲羅の後頭部を持ちながら頭を上げて、一気に顔と顔を近づけた。
そのまま彼女のことなんか何も考えずに、唇を当てた。
当てたといっても、優しい子供のような甘いものではなく、呼吸すらも苦しくなるほどの、強く濃いキスをした。
「んぅ……!」
「はむ……れろ……」
誰もいない屋上の中、ただただ俺たちの湿っぽい音だけがあたりに響き、二人だけの空間に入っていく。
彼女はというと、キスによって完全に目が覚めたのか、もういいと胸をどんどんしてくるが、俺は一切手を緩めずに彼女の唇―――そして、心を貪り続ける。
彼女が俺のキスに対して抵抗をせず、受け入れるようになってから、ようやく唇を離す。
「んふっ……ばか」
「自分だって受け入れてたじゃないか」
「翔一はそういうところがずるい!私が受け入れることを免罪符にして好き勝手……わ、私だってたくさんしたいことあるのに……」
「例えば?」
「ち、長期休み中に―――二人きりで温泉に行ったり……二人きりでご飯食べたり……」
「いつでもできない?それ」
「で、できない!いつも、美織や結乃がいるじゃないか!私は……翔一と行って、翔一のことだけを考えて、翔一に抱きしめられながら―――そんな旅行に行きたいんだ!それに……翔一にはわからないかもしれないが、長い時間をかけての移動でも、寄り添いあいながら眠る。そんな良さもあるじゃないか!」
「うーん……わかった。どこかで一緒に温泉巡りに行こう」
「ひ、秘湯とか言わないでくれよ?私はこれでも一般人なんだ。一般的な温泉街で大丈夫だぞ?」
「いや、なんで山奥に行かなきゃいけないんだよ。それは俺もきついからどのみち却下だよ―――行きたかったか?」
「行かない行かない!」
言いながら彼女は首を振った。
だが、その顔はどうにも楽しそうで―――すごくきれいだった。
作中のクール美人を彷彿とさせるようなキリッとした顔立ちに、どう笑うのかよくわかっていないような控えめな笑顔。
まさに、俺の心を奪った表情そのものだった。
「翔一?」
「……あ、わりぃ。ちょっと昔のことを思い出してな」
「昔……?」
「いや、こっちの話。たぶん、聞いても面白くないよ」
「そう言われると気になるが……まあいいか。翔一は私を裏切ったりしないもんな」
「そうだよ。俺は一途だからな」
「ふふっ、私もだ」
原作の話なんかしても、多分彼女は楽しくないしどんな反応をすればいいのかわからないはずだ。
なら、話す必要もないし、知る必要もない。このまま彼女はなにも知らずに、俺のそばで笑ってくれさえすればいいさ。
その後、彼女はメイド服に着替えて俺の目の前にもう一度姿を現した。
「メイド服を着たのはいいが、結局らしいことはしていないな」
「仕方ないな。忙しすぎてそれどころじゃないよ」
「そうだな。まあ、一番大変なのはお前と鐘梨くらいなものだ。午後も頑張ってくれよ―――夜には後夜祭もあるのだから」
「―――そういえば、明津のカップル賞?ってのはどうなったんだろうな?」
「―――!?わ、忘れてた!」
急激にボン!と顔を赤くした彼女は、これからどうするべきがうろたえているようだ。まあ、学校一のカップルって言われるのも意外と悪い気はしないかもな。
「なあ、玲羅……」
「ん?」
「……いや、なんでもない」
「そうか?じゃあ、頑張るぞ―――ご主人様?」
「はいはい、お嬢様」
「メイド姿のお嬢様がいるものか」
「どっかで見たことはあるけどな」
玲羅、どうしようもない俺だけど、これからもよろしく頼むよ。
このことはまだ伝えられない。たぶん玲羅ですら受け入れられない真実だからさ。
―――俺も結乃も美織も……人と呼ぶには少々力が強すぎる上に歪だということを