休憩時間
休憩時間が始まってそれなりに時間が経った後、ようやく俺と玲羅は疲労から回復し、少しだけ校舎内を回っていた。
「はあ……まさか、あそこまで客が来るとは思わなかったな」
「あれ?玲羅はSNSとか見ないの?すごいことなってるよ」
「へ?―――あ、ほんとだ。これ、翔一か?」
「そうだ。まさかの事態だよな。学校の公式アカウントがバズってんだぜ」
地獄の作業時間が終了し、あそこまでの客がうちのクラスに集中した理由を探した。
基本、期間中は手荷物検査を突破すればだれでも入場可能なうちの文化祭は、客層が一定というわけではない。
JK目当てのおっさんもいれば、イケメン目当てのおばさんもいる。
そんな客層を選ばないやり方をするものだから、うちの店にも当然のごとく人がやってきた。そして、それに一役買ったのが、うちの学校のSNSアカウントだ。
よりにもよって、うちのクラスの出し物を動画にしてネットにあげやがったのだ。
こうなるのなら、入学式の時に渡されたSNSへの顔出しについての紙に、完全NGにしておくべきだった。
SNS上で拡散されたうちの映像は、瞬く間に拡散されていき、一時トレンド入りするくらいにバズっていた。
俺の手さばきやらなにやらとオムライスの完成度がどうのこうのらしい。もうネットはなにがバズるのかわからんな。
「これは明日も忙しくなるだろうなあ……」
「そうか……でも、青春って感じ―――いや、たちの悪いブラック企業に入った気分だ」
「それな。これは俺たちの望む青春じゃない」
そう言いながら、俺と玲羅は先ほど購入したたこ焼きを持ちながら、お互いに寄り添いあう。
そうだ。これが俺の望む青春の形―――好きな人となんでもない場所でお互いを触れ合う。
これこそ、幸せで青春というものではないのだろうか?
「今回のことで、翔一がちょっと女子からの評価が上がったみたいだな」
「そうなのか?別にあんまり興味ないんだけど」
「本当か?」
「本当だよ。俺が気にしてるのは玲羅の思いだけで、それ以外は傷つかない限りはどうなってもいい」
「もう……平気でそういうことを言うんだから」
「だって、玲羅が赤くなってるところが見れるんだぞ?」
俺の言葉に、彼女は無言で胸にどんと拳をぶつけてきた。
自分で遊ばないでほしいと抗議しているのだろうか?
俺はその彼女から出された手をつかんで、玲羅の体をこちらに寄せる。
「なっ!?」
「玲羅がこんなに可愛いから悪いんだからね」
「―――んむ!?」
そして、間髪入れずに彼女の唇を奪った。
それらしいことを言ってはみたが、結局のところ、俺が彼女とキスしたかっただけだ。
今日は彼女からする前に、俺が先んじて彼女の口内を舐るように舌をねじ込み味わった。
「ぷはっ!―――ふ、不意打ちは卑怯だぞ!」
「玲羅って、結構自分でしてること気づいてないよね」
「ふぇ?」
「ほら、そういう表情とか。玲羅って、そういうなんでもないときに可愛い姿を見せてくるから大変なんだよ?」
「わ、悪い……と、言えばいいのか?わからないな……」
そう言いながら俺の恋人は混乱していた。
そんな状況も安心させるように、俺は彼女の頭を胸に抱きよせて、玲羅が何も考えずに幸せを享受できるようにする。
「あ、たこ焼き冷めちゃった……食べる?」
「た、食べる……」
「はい、じゃあ―――あーん」
「あ、あーん……」
きゅるる
俺がたこ焼きを彼女の口の直前まで運ぶと、誰かの腹の虫が鳴った。
その音が聞こえてきた瞬間に玲羅の顔が真っ赤になったから、彼女で間違いないのだが……
「お腹減ってたんだ」
「し、仕方ないだろ!今まで何も食べていなかったんだ!」
「ふふっ、そんな玲羅も好きだよ」
「どんな私だ……」
「幸せそうにご飯を食べるところも、性格も体もどっちも素直なところとか」
「くっ……いったん口を閉じてもらわないと、私の心が……」
「絶対に黙らないよ。玲羅は、幸せで心をいっぱいにしてもらわなくちゃ」
「も、もう十分なんだ!―――幸せすぎて死んでしまう!」
「―――っ!?」
俺と面と向かってそう言う玲羅。手で顔を覆って守ってはいるが、俺にはどうしようもない不意打ちにしかならなかった。
そうか。幸せすぎなのか……死んじゃうくらい幸せなのか。
なら、現実にしがみつきたいと思えるほど幸せにしないとな。
「そんなことも考えられない。俺が隣にいないと幸せになれない体にしてあげるから、覚悟しな?」
「ひゃ、ひゃい!」
それだけ言って、俺は玲羅の口にたこ焼きを放り込む。
はむはむと咀嚼する姿も愛くるしいものだな。
それから俺たちはその場から動くというわけでもなく、ただただその場でまったりと過ごしているだけだった。
俺の膝の上に寝そべってゆっくりする彼女の髪を梳いたり、撫でたり。玲羅の気持ちの良いことは、俺の心地よいことだとばかりに、二人でイチャイチャし続けた。
すると、そんな何もない空間に機械音が鳴り響いた。
カシャカシャ
それは明らかにシャッターを切られた音だった。まあ、そいつの接近に気付いていないわけがなかったんだけど。
「撮るなら、玲羅に許可とれ―――明津」
「これは失敬……ですが、やはり恋人の写真を自然体で撮るには、何も伝えないほうがいいんですよ」
そう言いながら、明津は自身のカメラに入っているデータを確認する。
それなりにいい絵が取れていたのか、満足したような表情で電源を落とした。
「明日の―――後夜祭の時に、新聞部主催のベストカップル写真賞が開催されるんですよ。優勝写真撮影者には、ス〇バの商品券が贈呈されるんですよ」
「被写体になった人たちは?」
「マ〇クの商品券が……」
「なんか、格差ねえか?」
「失敬な!どっちもおいしいんですよ! 」
「ああ、悪い。それで、その写真賞?に出すために、俺らを撮ったのか?」
「はい。画になる恋人の二人と言ったら、あなたたち以外に思いつかなくて」
そう言うと、彼は両手を資格にしてカメラのジェスチャーを作って、俺たちをその枠の中に入れた。
「というわけなので、コンテストに写真を出してもいいですか?」
「玲羅、どうする?―――って……」
「見られた……見られてしまった……あんなべたべたに甘えてるところを……うぅ、生きていけない……」
「全然話聞いてないな」