イチャラブホールドキス
「翔一は良かったのか?」
俺の恋人である玲羅が、俺に髪を梳かされながらそう聞いてきた。
おそらく、文化祭の出し物が喫茶店から料理ショーに変わって、俺の負担が大きくなったからだろう。
うちのクラスは、回転率を犠牲にして、集客や文化祭の出し物の校長賞を取りに行くスタイルになった。
それに変える決め手となったのが、俺の包丁さばきらしく、俺は2日間をほぼフルタイムで働かなければいけなくなった。もちろん、ショー自体もやらない時間を設けて、休み時間は作るらしいが、それでも俺だけが激務になることに変わりはない。
しかし、そんな悪条件を俺は受け入れた。
そこに特に深い理由はない。
「別にふざけんなとは思ったけど、みんな文化祭を楽しみたいだろ?」
「でも、それでは翔一が……」
「いいんだよ。できることを求められてるのなら、応える意味はある。それにな、誰かに必要とされるのは、意外と気分がいいんだ」
「むぅ……」
俺の言葉を聞いて、玲羅は少しだけ不機嫌になった。
さすがの俺もこれは予想できなかった。
まあ、不機嫌になっても、髪を梳かすのと頬を撫でるのは続行させる当たり、本気で怒っているわけではない。
むしろ、自分がしょうもないことで不機嫌になってると思って、自暴自棄になっているに違いない。
「どうしたんだ?」
「翔一が、誰かに望まれるの―――私は嫌だ」
「嫉妬?」
「そう、かもな。やっぱり、お前を必要としているのが、これまで私―――だけではないが、傍で求めてきた。だが、こうしてほかの人に求められてるのを見ると、モヤっとしてしまう……」
「ふふ、玲羅らしいじゃん」
玲羅のかわいらしい言葉を聞いて、俺は頭を撫でてあげた。
まだ照れ自体はあるのか、風呂上がりの上気した頬に加えて、少しだけ濃い赤になった彼女の姿が愛おしく思える。
「にしても、相変わらず綺麗な髪だな」
「そうだろ?なんせ、毎日翔一が梳かして、手入れしてくれてるからな」
「それを抜きにしても、玲羅ってかなり綺麗なんだよ。普段も化粧とかしないでしょ?」
「うむ、私がしてもガラじゃないしな。強いて言うなら、リップくらいしか塗っていない。どうだ?化粧品をせびることのない安上がりな女は」
「言い方……でも、玲羅のいいとこだけどさ。それって化粧したら、もっと可愛くなるってことでしょ?まあ、早苗さんが薄化粧しかしないから、玲羅もナチュラルメイクなんだろうな」
「そうかもな。さすがに人の結婚式とか、祝いの場ですっぴんと言うのは失礼だしな。それくらいはすると思うが、やはり恋人の前では自然体でいたいし、それを受け入れてほしい」
そう言うと、梳かすのが終わるのを確認した彼女が俺の腹によっかかってきた。
自然体を受け入れてほしい。
俺は、そんな彼女の要望に応えているつもりだ。だからこそ、こんなイチャイチャカップルでいられると思うのだが。
「そんなことできる男、中々いないぞ?」
「ああ、知ってるさ。だから、翔一は理想の王子様だ。優しくて、なんでもできて、私の心を丸裸にしてくる」
「玲羅はむっつりだからね」
「その話、いるか?」
「……いりません」
「でも、そう言うところも好き。ただ固いだけじゃなくて、頭も柔らかくて、いつも柔軟な考えで私を導いてくれるところも」
「道を踏み外してほしくないしな」
「それらすべてを当たり前のようにやれる翔一が好きだ。この気持ちに偽りなんてない。このまま時が進むのなら、私は翔一としか結婚できない」
そう言って、もたれかかっていた彼女は、体を反転させて俺と向かい合うと、間髪入れずに唇を塞いでくる。
体を動かした時点で、俺はなにをしてくるのかわかっていたので、それを受け入れて、彼女を抱きしめる。
長い時間、お互いを貪りあった後、口を放す。しかし、俺たちの顔はおでこをこすり合わせられるくらいの距離にある。
「本当は、翔一は私以外に優しくしないでほしい」
「それは無理だ」
「わかってる。だから、周りより甘やかしてほしい。みんなが翔一の優しさに心打たれても、私はいつもそれ以上のことをしてもらっている、と安心させてほしい」
「―――いいよ。誰でもない、玲羅の頼みなら」
そう言うと俺は、彼女の後頭部をしっかり掴んで頭が離れないようにしながらキスをした。
長時間舐るようにされたそれは、お互いの体温をわからせるような熱いもの。
愛し合うもの同士にしかできない心のこもった本気のキス。
―――俺も変わった。彼女の積極的な姿勢に心がほだされた。あんなに男女の交わりが苦しいものだったのに、今ではなんとなく快楽のほうが先に上がってくる。
「んむ……くちゅ」
誰も声を発さない空間で、玲羅の湿っぽい音が響き渡る。
こういうことをするとき、彼女はすごく積極的になる。男として、彼女に喜んでもらえるように頑張りたいが、いつも引っ張られている気がする。
日常で、彼女を辱めている罰かな?
そう思っても、やはり俺は彼女にベタ惚れなのだろう。
彼女になら、俺のすべてをささげても―――
「んふふ……翔一のキス―――気持ちいいな」
「お気に召してくれて嬉しいです」
「なんその喋り方」
言いながら彼女はデレデレと甘えてくる。
ほんと、作品中のクールな彼女はどこに行ったのか。
ポンコツなうえに、デレアマヒロイン。なのに、勉強もできて、家事もちゃんとできる。
彼女が俺のことを理想の王子様と言ったが、こちらからすれば、玲羅は俺の理想をはるかに超えるお姫様だ。
「んぁ!?―――な、なにをするんだ!?」
「いや、お姫様の可愛い姿を見たくて」
俺が玲羅の耳を甘噛みすると、彼女は声にならない悲鳴を上げる。
だが、俺にはわかる。彼女が本気で拒絶しているわけではないと。
むしろ、びっくりしただけで悦んでいる。
「ひぅ……し、翔一―――どうし、ひゃん!?」
「はむはむ……」
甘噛みをしながら、さらに首に手を置くと、ひんやりした感覚に驚いた彼女が、思いっきり俺に飛びついてきた。
うん、俺はなんて可愛い人を恋人にしたのだろうか。
「玲羅、好き―――大好き―――愛してる」
「も、もう―――翔一はすぐにそういうことを……だが、私も好きで好きで仕方がない。これからも末永く愛してくれ」
「ああ、俺にはもう、玲羅しかいないんだ」
きゅるる
そうしてイチャイチャしていると、腹の虫の音がする。
その音の正体は、俺でも玲羅でもない。
「お兄ちゃん、そろそろおなか減ったー」
―――うちの妹は、腹が鳴ったくらいじゃ恥ずかしがらないらしい。