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名前呼び

 食事中、基本的に楓花が異常なプレッシャーを放っていたために、言うほど会話が盛り上がらない。

 その圧の中、少しだけ孝志にくっつく彼女の雰囲気は到底好きだという感じはない。


 むしろ恐怖のほうが強い。


 そんな彼女に手を繋がれている孝志に、ほんの少しだけ同情をする。

 ―――だが、彼女はお前のことが好きなんだ。許してやってくれ。


 ガラガラガラ


 そんなキツイ空気の中、突然玄関の扉が開かれる音がする。


 誰だ?今の時間に帰ってくる人はいないはずだが……

 そう思ったが、その正体はすぐにわかることになる。


 「しょういちー、ただいまーっ!」


 そう叫びながら俺に抱き着いてきたのは、まごうことなき俺の恋人の玲羅だった。

 彼女は俺に抱き着くや否や、頭をすりすりとこすってくる。まーた、テンションがおかしいよ。


 「また、酒飲んだ?」

 「……翔一は、私が怒られたことを学ばない人だと思ってるのか?」

 「うーん、テンションがおかしいんだもん」

 「むぅ……せっかく甘えたのに……」

 「ああ、ごめんごめん。悪かったよ」

 「……キスして」

 「いいの?ほかに人いるけど?」

 「へ?……うわあ!?なんでいるんだ!?」


 今更孝志たちの存在に気づいた玲羅は、後ろに飛びのくとかではなく、ただ単純に顔を真っ赤にしながら、俺の胸に飛び込んできた。

 そういうところは、玲羅ってちゃっかりしてるよな。


 「……こりゃ勝てねえな」

 「そうだね。玲羅ちゃんがこんなに甘えてるなんて……」

 「ふ、二人ともその口を閉じろ……」

 「わー、玲羅幸せそー」

 「わー、玲羅ちゃんデレデレー」

 「その口閉じろっ!」

 「まあまあ」


 二人にあおられた玲羅は、あまりの恥ずかしさのあまりに暴れそうになるが、俺がクラッチして動けないようにする。

 彼女は体をよじったりして、どうにか俺から離れようとするが、俺はそれを許さない。まあ自分の恋人に長く密着できるからやっているというのもあるんだけど。


 しばらくそうしていると、彼女も抱かれていて怒る気も失せたのか暴れなくなった。


 「ふぅ……なんで二人がいるんだ?一応、私の祖父母の家だぞ?」

 「そんなことより、なんで帰ってきたん?いや、嬉しいけどさ。今日、墓参りに行く予定だろ?」

 「行ってきた。恋人ができたことも報告してきた。そしたら、恋人のところにいち早く言ってあげなさいって言われた気がした」

 「お、おう……」


 玲羅の好きすぎるが故の嘘?いや、幻聴?まあ、とにかくうれしいのは嬉しい。だが、どうやって帰ってきたんだ?


 「父さんに運転させて帰ってきた」

 「あんまり迷惑かけんなよ……」

 「い、いいだろ!私はどうしても帰りたかったんだ!」

 「そうか。まあ、帰ってきてくれてありがとな。正直、暇でしょうがなかった」

 「それならよかった……で、なんでいるんだ?」


 そう言って、最初の質問に戻るわけだが、孝志はそれを答えあぐねている。

 まあフラれたとはいえ、自分が頭を下げたと好きな人に言うのは、引っかかるものがあるのだろう。


 しかし、それを一切考えずに楓花が言った。


 「色々迷惑をかけたから、翔一君に謝罪をしに来たの」

 「し、翔一君!?」

 「食いつくとこそこなの?」

 「それで、翔一君に謝りに来たんだけど、暇だから一緒にお昼を食べないかーって言われたからここにいるの」

 「翔一君……」

 「ああ、楓花、聞いてないっぽいわ」

 「楓花!?」

 「ごめん、やっぱ聞いてた」


 俺たちの名前呼びがよほど気になったのか、彼女はすべての話をそっちのけで、それに絡んできた。


 まあ、言おうとしていることはわかる。だが、言い訳はさせてくれ。


 「ふ、二人はいつから下の名前を……」

 「いや、俺―――二人の苗字知らねえんだよ。と言うか、美織も名前で呼んでるし、よくない?」

 「な、なんか嫌だ!」

 「まあ、気持ちはわかるよ。玲羅が孝志って名前で呼んだ時、モヤっとしたし」

 「そ、そうなのか?なら、私は孝志のこと……あれ?苗字なんだっけ?」

 「「「うそでしょ?」」」


 苗字で二人のことを呼んでほしいのに、彼女自身が知らないだと?

 なら、玲羅が呼び方で文句言えないか?


 「まあいいんじゃないか?俺は誓って浮気はしないと言えるし……」

 「な、なに?」

 「楓花も俺には興味ないしな」

 「そうなのか?」

 「なんせこいつは―――」

 「言わなくていいでしょ!シャラップ!」


 楓花はそう俺たちを制止してくる。が、その隣には彼女の大声に当てられて耳をずっと押さえている孝志がいる。

 これでは楓花の恋路は前途多難だな。


 「なあ、孝志」

 「ん?なんだ、翔一」

 「お前、楓花のことどう思ってる?」

 「は?別に嫌いではないし、ずっと一緒にいるから……離れるっていう感覚があんまりわかんなくなってるかもしれないって最近思ってる」

 「キスできる?」

 「は?マジで何言ってんの?」


 俺の質問に孝志はガチの困惑をする。まあ、当たり前と言えば当たり前の反応だが。


 それでも俺はつづける。これがキラーパスになるとしても、楓花に一度だけのチャンスを与えるため。


 「楓花とキスできるか?もしくは、されても嫌じゃないか?」

 「うーん……本人の前で言うのはあれだけど、嫌じゃないと思う。別にしてきても受け入れられると思う。多少はびっくりすると思うけど」

 「だって」

 「うん!」


 俺が楓花に権限を渡すと、マッハに達する速度を出したんじゃないかと思うほど素早いキスを、孝志の口にした。


 当人もまさか本当にされると思っていなかったのか、息をのむ暇すらなく、少し苦しそうにしてる。しかし、楓花はそんなことお構いなしに攻め続ける。しばらくぐちゅぐちゅと水の混じった音が静かな空間い響き続け、玲羅にも影響し始めた。


 彼女は少し股のあたりをもぞもぞさせて言う。


 「私も、キス……したいなあ」

 「はいはい……じゃあこっち向いて。少し激しめに行くよ」

 「ああ、頼む……」


 しっとりとした玲羅の唇に落とすキス。

 柔らかくて、軽く湿っていて心地が良い。


 彼女の求めるような舌のしぐさ。首に回される彼女の腕。そのすべてをとっても、彼女のキスは最高だ。


 ドサッ


 たぶん、ほぼ同時だった。この場にいる男たちが、パートナーの女子押し倒されるのは。

 俺は玲羅に貪られ、孝志もなされるがままいつの間にか楓花の背中に手を回していた。


 たぶん、俺たちは似た者同士。ろくに普通の恋愛ができない恋愛弱者なんだろうな。

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