訪問
今日は8月14日。
日本のお盆と言われている期間の日だ。
玲羅と、その両親と祖父母は、現在お墓参りに行っている。
俺は、今はなんら関係がないので家で待機中だ。未来の旦那としていくのもよかったのだろうが、俺たちの中でとどめているものを、そうやすやすと出すのも嫌だった。
今は、俺が一歩踏み出せたことをかみしめたい。
あれからというものの、玲羅の胸を触る機会が増えた。彼女も私の胸で少しずつ慣れてくれればいいと、容認してくれている。
まあ、いきなり触るとびっくりするからちゃんと言ってほしいそうだ。
許可とってから胸触るって、玲羅の痴女感がすごい。―――たまにお尻を叩いてほしいと言うあたりは、本当に目覚めてしまっているのだろう。
最近では寝室の布団の横に、彼女が履き替える用のパンツが置いてあるようになったのも、進展なのかもしれない。
そういうわけで、暇な俺は家の冷蔵庫にある食材で晩飯づくりをしている。
とんでもないことに、玲羅たちは朝から出かけて、夕方に帰ってくるらしい。昼ご飯は、また違う親戚の家で食べるとのこと。しかも、その親戚はここからかなり離れていて、車で2時間ほど走るらしい。
つまり、俺は一日中暇と言うわけ。ならどうする?―――玲羅のために晩飯を作ってあげる。
と言っても、あまり早くに作っても冷めたりしておいしくなくなるわけなのだが、まあ下処理くらいなら許してくれるだろう。
そんなことを考えながら料理をしていると、家のチャイムが鳴った。―――来客だ。
「はーい―――って、お前らか」
「そ、その上がらせてもらっても……?」
「家主がいないけど……まあいいか。聞かれたら説明すればいいか」
「お、おじゃまします……」
「おじゃましまーす……」
家に来たのは、件の二人。
孝志と楓花だった。
彼らはなにやら菓子折りをもってやってきている。
リビングに通し、お互いが向かい合うように座る。
「で、なんの用だ?」
「これを……」
「これは?」
「この地域―――というわけじゃないんですが、この地域を含めたここら一帯の有名なお菓子です」
「かぼちゃパイ?」
「はい……お土産としては有名だと思います」
「それで?」
俺が菓子折りが本命じゃないのだろう?という意味合いを込めて言う。
すると、彼らは頭を下げる。
「「この度はご迷惑をおかけしました!」」
二人合わせて同じ言葉を言った。まあ、打ち合わせと練習をしていたのだろう。
別に玲羅を手に入れるためにいろいろしたかったのはわかってるし、何より二家の奴に言葉巧みに操られていた。
そこを責めるつもりはないし、責任はどちらかと言えば、こちらの二家の監督不行き届きと言ってもいい。それに、俺の怒りの矛先は完全に石動に向かい、もはやこいつらに関してはどうでもよくなっている。
「そこまで気負わなくていい。やったことはやったことかもしれないが、結局お前たちも被害者と言えばそうなんだ」
「でも……」
「そもそもここが実験場になったことのほうがおかしいんだよな―――二家は本来家の技術を持ち出すはずがない……そこらへん、何か知ってるか?」
「俺は……」
「私も……」
使えねえ、とは言えねえな。だましてる相手にそういうことを言うほど、頭のキレないやつでもないしな。
「昼飯食ってくか?どうせ一人で暇だったし、話し相手くらいになってくれよ」
「あ、じゃあ私もお昼ご飯の用意のお手伝いします」
「俺も……」
「孝志は座ってて。料理とかおぞましいほどに壊滅的じゃん」
そう言って、立ち上がった彼女は孝志をその場に座らせて固定する。
孝志、お前―――壊滅的なんだな。
そういうわけで、今日はそうめんにしようと思う。
きゅうりと卵を備え付けにして、作り置きのだしでも使うか?市販のものでもいいが、あれ単体で使うのには、味が好みじゃない。
そう思いながら作業を進めていると、楓花の包丁さばきに見入るものがあった。
「包丁、うまいな」
「そう?まあ、うちの家で花嫁修業だなんだのって言われて、しこたま仕込まれてるから」
「ふーん、今時花嫁修業ねえ」
「古いと思う?でもね、この町の男たちってほとんど料理ができないんだよ。だから、男は仕事。女は家を守る。そんな考えがまだ根付いてるの」
「まあ、ポリコレとかフェミニズムとかが過激化していくよりマシなのかな。バカのせいでゲームとか映画の自由度がなくなってきてるしなあ」
「あー、都会ってそういう話もあるんだねー」
「ネットとか見んの?」
「うん、うちはWi-Fi通してるから」
「マジで?金払うから、俺にも使わせてくれない?連絡取りたい奴がいるんだわ」
「え、別にお金なんて払わなくていいと思うけど……」
そんな会話をしながら鍋を見ていると、ふと気になった。
「お前はあいつのこと好きなのか?」
トン……
突然包丁の音が止まる。
楓花のほうを見ると、わなわなと震えていた。
「そ、そんなわけないでしょ!」
「うおっ、びっくりした」
急に大きな声を出されてびっくりした。彼女は、俺の言葉を大きな声でかき消すように否定する。
しかし、それは完全に否定ではなく、肯定のそれだった。
「あんな家事もできない、ずぼらで適当な奴、好きなわけないでしょ!」
「そうは言ってもな、ちゃんと見てるんだな。としか言えねえぞ」
「ば、バカにしてるの!?」
「そうじゃない。後悔する前にやることやっておけってことだ」
「やること……」
「意味深なことでもいい。なんでもいいから、あいつとしたいことは全部しておけ。後悔してからじゃ何もかも遅い。相手は手の届かないところに行ってるかもしれないんだぞ?そして、お前は孝志が好きだから、思いとどまるように言ったんじゃないか?」
「それは……」
彼女と孝志は、玲羅を手に入れるために動いていた。孝志の好きな人を―――自分の好きな人を手に入れたい。
そんな気持ちがあったんだろう。その時には自覚がなかった。だが、事件が少しずつ深みに入っていって、玲羅を想う気持ちより、孝志のことを考えることが多くなり、最終的に彼女はあいつのことを傷ついてほしくないと思ってしまったのだろう。
ただ、好意そのものへの自覚がなく、俺の言葉で気づいたの形になる。
だが、そんなものだとしても俺のように後悔してほしくない。
「お前も見ただろ?あの映像」
「うん……」
「どうなるかわからない。ああはならないかもしれないが、好きな人が遠くに行って、かなわない恋になる。それは辛いことだ。それを乗り越えて、次に進むこともまた成長だが、人はそこまで簡単に割り切れない」
「私は……」
「今から全力を出せとも、俺と玲羅みたいな関係性になれとも言わない。でも、もう少し大胆に距離を縮めてみたらどうだ?」
「く……できる気がしない……」
それから俺たちはテレビを見ながら昼飯を食べるのだった。