夫婦の時間
翔一が武装を超えるものを使った。
それは私の作った仮面越しに分かった。
私は彼が武装以上の何かを隠している―――いや、発動ができていないことには薄々感づいてはいた。
でも、翔一がそれを話さないのなら深くは聞かずに、それに対応できるように仮面を調節するのみ。
そうして作られた仮面が、さきほどリミットを外した。
おそらく玲羅の帰省先で何かがあったんだろう。
―――帰ってきたら、死ぬほど詰めてやるわ。
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どれほどの時間が経ったのだろうか。
俺が目を覚ますと、目元を真っ赤にはらした玲羅が俺の横で眠っていた。
おそらく泣きつかれたのだろうな。―――こんななんもない地面で寝てたら、風邪ひいちゃうぞ。
「お、起きましたか……?」
「お、おはようございます……」
「な、なんだその喋り方は……?」
その場には、玲羅だけではなく孝志とか楓花とか、今回の元凶ともいえる奴らがいた。
だが、二人とも石動にいいように扱われていただけだ。虫こそ使われていなくとも、洗脳に近い状態だったのだろう。
「今回の件、二家の人間が関わっているとなると世間に公表もできないうえに、被害者にも伝えることはできない。だから、今回の罰はお前たちに下らない」
「で、でも洗脳された人たちは」
「あの虫は、洗脳中の記憶を補完できないようにする。だから、巣を破壊したら元通りの人物に戻る」
「そんな……じゃあ俺たちは」
「自分たちで罪を戒めろ。人から与えられる罰も大事かもしれないが、人を殺したわけじゃない。ちゃんと反省して、この町のために生きろ」
俺は二人にそう言うと、玲羅を抱きかかえて施設の奥に消えていった。
ここに虫の研究資料があるはず……巣の場所を調べてから、すべての内容の破棄をしなければ……
そのまま施設の奥に存在する資料を全て閲覧する。
中には、虫以外にも様々な研究をしている痕跡があった。
そしてその中には、アーカーシャの理論を求めたもの存在している。
「『アーカーシャの摂理』……これも破棄だ。こんなものは―――『アーカーシャの鍵』?」
捨てようとした研究資料に、興味深いものを見た。まさか、ここまでたどり着いたというのか?
まずいな。摂理を握るだけならまだしも、鍵すら求めるというのか……
これはどうしたものか……
ちなみに、鍵の存在は俺と美織も確認はしている。だが、その存在の居場所がわからない。
俺たちも研究途中で発見しただけで、いつ、どこに現れるのか。そのほとんどがわからない。ただ確定しているのは、確かに『アーカーシャの鍵』は存在するということだけ
つまり、それに行きついているこの資料は存在してはならない。
「これも破棄だ……」
データの破棄。―――とにかく紙媒体の焼却。デジタル媒体のものはウイルスで破壊してから、もと機械を破壊する。
その前に虫の巣の場所を探らないとな……
―――しばらくして
「ふむ、心臓か―――なかなか難しいところに作るんだな」
虫の巣の場所は心臓にあると判明した。
正直、脳の中だと思っていたが、実行しなくて正解だった。もしやっていたら、無駄に脳にダメージを与えていた可能性もあるしな。
ともかくこれで知りたいことはわかった。ここは早々に爆破して終わらせる。
用事を終えた俺は、玲羅の友人二人を連れて施設を出ていくのだった。
―――ちなみに、建物は爆破した。住宅街から少し離れているのが幸いしたな。
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その後はとんとん拍子に物事が進んでいった。
翔一が巣の位置を特定し、破壊してくれたことで洗脳状態にあった多くの人たちを救うことができた。
最初の懸念にあった、老体が彼の法力に耐えられるかという心配もあったが、適切な力をもってやってくれたおかげで、特に後遺症もなく済んだ。
そうして、何十人に対して法力を注ぎ込んだかわからないが、それだけの膨大な作業を終えて、翔一は今私の膝で寝ている。
―――まあ、私が寝ている翔一の頭を持ち上げて膝の上に乗っけただけなのだが。
「すぅ」
「ふふ……かわいい」
翔一のあどけない寝顔。熱を抱いた時のあの甘えようを知ってしまうと、不謹慎ではあるが、もう一度発熱してほしい気持ちがある。
本当に嫌な女だ。私は……
「んん……あ、れ?玲羅?」
「む……起きたのか?」
「なに、してるの?」
「膝枕だ。翔一、こういうの好きだろ?」
「恥ずかしがってよぉ……」
「ふっ、私は、もうやられてばかりじゃないんだぞ?」
「むぅ……じゃあ、これはどうだ?」
ガバッ
一瞬上体を起こした翔一は、私の体を抱きしめながら、もう一度横になった。
これだと、私が翔一に抱きしめられたまま添い寝することになってしまう……
「こ、これは……」
「あはは、玲羅の顔が真っ赤だ」
「う、うるさい!―――もう、ばか……」
「玲羅の抱き心地最高……すぅ」
そう言って寝てしまう翔一。胸に抱かれて、彼の顔を見ることはかなわないが、それでもいいか。
こうして抱きしめられるだけで心が熱くなる。もっと一緒にいたいと、彼を渇望する気持ち大きくなる。―――ああ、大好き……
そうして私もその場で寝ようとすると、視線を感じた。
気配の先には、扉の隙間からひっそりとこちらを見ている親戚一同がいた。―――私の両親、祖父母がだ。
父さんは顔を真っ赤にして、ほかの三人は「あらまあ」とばかりにひそひそと何かを話しながら、父さんを押さえ込んでいた。
そんな状況に私は逃げ出したいとさえ思ったが、あいにくそれはかなわない。
なぜなら、今は翔一にがっちりとホールドされているからだ。
両手両足を私の体の後ろに回され、自由はきくが逃げ出すことはできないようになっている。
もう、どこから見られたとかどうでもよくなってきたな。
今はただ翔一と一緒にいられれば……
私はもぞもぞと体を動かし、どうにかして自身の顔を翔一の目の前に持ってくる。
こうして真正面にいると気恥ずかしいものだが、ここは勢いだ。
ちゅ……
部屋の中に静かに響いた水の音。それだけだというのに、部屋の外居る外野がうるさくなった。
もう、静かにしてくれ。ここは、私と翔一の……恋人―――いや、夫婦の時間なんだ。