邂逅2
私の目の前では、一方的な戦いが繰り広げられていた。
なんども発砲し、なんども銃弾が男をとらえたと思っても、簡単によけられる。
人知では、到底勝てないような相手と、孝志たちは戦っていた。
どれだけの彼我の差を見せつけられても、立ち上がる姿は漫画で見たヒーローそのものだった。
ただ、過去にしでかしていなければ……
「楓花!」
「うん!―――せいっ!」
楓花が、閃光弾を投げて、目くらましを試みる。
目をつぶせば、どうにかなると考えたのだろう。
だが、結果は言うまでもなかった。
「ゴハッ!?」
「意味ないよ。現人類程度の浅知恵じゃ、僕に勝てない。君たちの運は、僕に歯向かった時点で尽きたんだ」
「きゃっ!?」
離れた場所にいたというのに、一瞬にして拳を入れられた二人。
男は、翔一や美織のように、高速移動で距離を詰めたり、離したりしてくる。
それのせいで、孝志のほうは照準が定まらず、楓花も爆弾を投げる位置をいまいちつかめていなかった。
翔一がいれば……
いやダメだ。翔一は、今は眠っている。
あんな本調子じゃないというのに、こんな相手と戦ったら……でも―――
「ごぷ……」
「孝志!」
だからと言って、二人を見殺しにできない。どうにか罪を清算しようとする二人を、殺したくない。
だから―――翔一、頼む……
「ふーん、君はあの男の助けを待っているのかな?」
「ひっ!?」
「それなら、期待しないほうがいいよ」
「そ、そんなわけ―――」
「あいつは、今朝から高熱を出してるんじゃないかな?」
「な、なぜそれを……」
「環血脳黒虫は、人に寄生すると、ある条件下の支配下における。だが、それは二家の者には通用しない。いわば、開発元に乗り込まないようにするために安全装置さ。じゃあ、虫たちは何に反応して二家を判断すると思う?」
私には、その話についていくことができない。恐怖で動けないのもあるが、なにより翔一の発熱の意味を理解してしまったのだ。
「二家と他の人間を隔てるもの。それは、法力の有無だ。二家の人間には、心臓や血管とは異なる、法力を流すための機関が存在する。それに法力を通し、身体の強化を図ったのが、武術宗家の起源。それに対して、あいつは、その器官を使わずに、外側を法力で『武装』するという技術を作ったのだから、もてはやされたものだ。―――話がそれたね。つまり、法力を持つ人間には、寄生できない。その代わりに、虫は法力に溶け込み、強力な発熱反応を起こす。強靭な体を持つ、二家の人間ですら耐えられないような熱を放出するようになる」
「お、お前のせいなのか……」
「違うな。虫を食べさせるように命令したのは、今僕に歯向かっている二人だよ―――どうだい?あいつらは助ける価値があるのかな?」
「う、うるさい!」
口では、反抗するような反応をしたが、内心どうすればいいかわからなかった。
あんまり苦しくなさそうにしていた―――いや、本当は苦しかったけど、強がってたのか?だけど、そんな状態にしたのは、まぎれもない二人。
私は、そんな二人を許せるのか?たとえ、私のことを好きだと言ってくれても、気分は良くない。
どうすればいいんだ……
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
僕の目の前で、アーカーシャの女が苦しんでいる。
原因は、言うまでもなく僕に逆らう二人を助けたいと考えていいか否か、決めかねているからだろう。
そうだ。もっと悩め。もっと苦しめ。あの男が大事にしているものを少しずつ壊してやる。
あの時もそうだ、あの女を抱いたとき、どうしようもない高揚感に体が包まれた。
さすが女であるというだけはあって、性処理の道具くらいにはなったあの女。
抱いてるときはいつも、女はあの男のこと思って泣いていた。
ほかのことは何でもする。中だけはやめて。もう、どうしようない。
そんな彼女の絶望の顔。それを知ったとき、あいつはどう思うか。それを想像するだけで、最高に気分がよかった。
だから、自殺なんかしやがったって聞いたときは、あの男を刺してやろうかと思った。
あの女をうまく扱っていれば、自殺なんてせずに、都合のいい雌穴になっていたというのに。これから、しっかりと調教して、心を壊そうというときに死なせやがって。
その上に、家からも逃げてんだ。たかだか、自分よりも無能な親が死んだところで、なにも思わないだろ?
ちっ、つまんない。
才能があるだけで、なにもする気がない抜け殻の出来損ないこそ死ねばよかった。
自殺するのが、女じゃなく椎名家の出来損ないならよかったのに。そうなったら、墓の前で女を泣かせながら抱いてやったのに。
だが、この女を抱けば……
そう思うと、僕の背筋にゾクゾクとしたものが走った。
そうだな。あの二人を無残に殺して、絶望してるところを犯すのも―――いや、この女を犯すのはリスクがあるな。
今は記憶そのものに混濁が見えるが、それが原因で覚醒してしまっては、すべてがパーになる。
クソ、あの男はなんでこう邪魔ばっかりするんだ。
バンッ!
そんなことを考えていると、またも発砲音が聞こえてくる。
「玲羅に近づくんじゃねえよ」
「驚いた。まだ動けるのか―――でも、君はこの女を助ける資格なんてあるのかな?」
「うるせえよ。資格とかそういうのじゃねえだろ……どれだけしでかしても、殺しちゃいけない命がある。少しでもそういう命を救わないと、俺は―――俺たちは、永遠に許されない」
「そうか。なら、死んで永遠になればいい。そうすれば、愚者としてあがめられ、人々の教示になれる。そうすれば、ある意味で感謝されるんじゃないかな?」
「屁理屈ばっか。あんた、そういうところ、本当に頭悪いよな」
「なんだと!キサマみたいな下等種がなにをほざく!」
「だから、あんたは俺たちの行動が読めないんだ!」
そう言うと、孝志は僕にとびかかるように突っ込んできた。
舐めているのか?そんな程度で、僕は―――
何度も肘を打ち付けた。もう、孝志の体は骨が砕けたりと、まともな状態じゃないはずだ。だというのに、一切放す気配がない。
「楓花!」
「うん!今しかないんだよね……―――ごめんね、孝志!私もすぐに!」
決意に満ちていた。涙を流していた。楓花は、孝志の目を見て、泣いていた。
そして、手には僕が作り出した、『粒子硬破爆弾』が握られていた。
「馬鹿な!なぜそれを持っている!」
「これがどんなに危険かわかってるよ。でも、これしかないよ」
「楓花!この距離なら、玲羅に命の危険はないはずだ!」
「じゃあ、さよなら、孝志……」
そう言って、楓花は爆弾を起動させた。
まずい!このままだと、さすがの僕も―――
そう思った瞬間、どこからともなく飛んできた刀が爆発寸前のそれを貫いた。
貫かれた爆弾は、爆発することなく、臨界状態から徐々に静まっていった。
「馬鹿な!それこそありえない!起爆途中で止めた?この爆弾は、臨界寸前に到達したのなら、環境データとコンマ数秒以内の操作が必要なんだぞ!」
だが、こんなことをできるのは、二人しか心当たりがない。
そして、そのうちの一人がこの田舎に来ている。
そうなると、おのずとやった奴は限られる。
そして、その男はもう僕にしがみついていた男を抱えて、自身の彼女のもとに立っていた。
「椎名翔一!」
「よう、久しぶりだな。偽神変鬼の石動東矢―――簡潔に言うと、殺しに来た」