束の間の焼肉
無事に家に到着した俺は、車のエンジンを止めて、玲羅の両親を家に運んだ。
ついに、二人まで―――と、思うところだが、虫の研究をしていた人物に心あたりはある。確かにあいつなら二家ではない人を人と思わない節があるからな。
もしかしたら、今回は殺すための大義名分ができるかもしれない。
「翔一、怖い顔してるぞ」
「ん?マジで?」
「ああ……あんまりそういう顔はしてほしくないな」
「……わかった。もう少し気を付けてみる」
布団の中に祖父母両親ともども突っ込み、家の中には俺たちだけになり、寂しそうな彼女を抱きしめた。
だが、思考の中には先ほどと同じように、あいつを殺したいと―――どうやって殺すか考えている自分がいた。
ダメだ。彼女が腕の中にいるときは、穏やかに素直に彼女のことだけを考えていたい。
だが、どうしても奴の思想が俺の頭を駆け巡ってくる。
『ゴミ一人が自決したって世界は変わらない。しかも、次女だろ?次女が駄目なら長女と籍を入れればいいじゃないか。どうせ無駄な性欲を処理するだけの道具なんだから』
あいつの考えは俺には理解できない。いや、奴らにとって俺のような考え方はしない。
だからこそ、嫌なんだ。あの家にいるのは。
「い、痛い……翔一、痛いよ」
「あ、悪い!」
「けほ……なにかつらいことがあるなら言ってくれ。私でいいなら、相談に乗るぞ」
いつの間にか玲羅を抱きしめる強さが、強くなりすぎていたのか、彼女が苦しそうに俺に訴えてきた。
しかし―――相談に乗るか……
一つ、聞いてみるか。
「玲羅はさ、クズが自分を否定してきたらどう思う?」
「―――どういう相談なんだ?……だが、関わりたいとは思わないな」
「なら、そいつが人を殺そうと―――実験のためになんの躊躇いもなく人を殺していたら、どうする?」
「―――すまない……相談に乗るとは言ったが、答えかねるな」
「だよなあ……じゃあさ、そいつが殺さなきゃ止まらないって言ったら?」
「殺さないといけないんだよな……私には人を殺すという経験がない。だから、それがどういうものなのかわかりかねるし、でもそれを恋人がやるっていうのなら―――私も一緒にその罪をそっていこうと思う」
「……?」
「む、無言はやめろっ!だから、翔一は殺さなくちゃいけない相手がいるのだろう?だったら、一人で苦しむな。私も翔一と悩みたい。もっと心を共有したい。だから―――んむ!?」
気づけば、俺は玲羅に最後まで言葉を言わせなかった。
わかりきってた。たぶん、彼女は俺がなにをすると言っても、俺のそばに居続ける。
俺たちはもう切り離せない関係だ。
「くちゅ……ありがとう玲羅。できることなら、これからずっと俺のそばにいてくれ」
「うむ。そのつもりだ」
「じゃあ、早速にごはんにしよう。と、言いたいところだけど、あそこで買い物できなかったから、この田舎の外で買い物してくる。30分待ってて」
「え?あそこのスーパー以外だと、車でも1時間はかかるぞ?」
「大丈夫。なんせ俺だぜ?」
「もう、なんでもありだな」
そう言うと、玲羅は玄関まで俺を見送ってくれた。
最後にかけてくれた「いってらっしゃい」がとても新妻感があって最高だった。
―――30分後
「ただいま」
「本当に30分で帰ってきた……」
「ちょっと大阪まで行ってきた」
「え?」
「肉が安かったから」
「いや、質問してもいいのか?」
「ん?」
「わざとなのか?それとも天然なのか?」
「あえ?もしかして、牛肉嫌いだった?」
「そうじゃない!牛肉は好きだ!―――違う!大阪まで行ってきたの!?ここ東北だよ!」
「いやあ、行ってきたものはそうとしか……」
「―――私じゃなかったら、こんな話信じられないぞ……」
「へー、信じるんだ」
「そりゃ、翔一の本気の速さを知ってるからな!」
「なんで、逆ギレされてんの?」
俺は遠く離れた大阪から肉を買ってきた。正直、二家にいたときはこれが当たり前だったし、引っ越してからもたまに地方限定のものが食べたくなったらやってる。
今回もちょうどいい機会だから、やったのだが、ダメなのだろうか?
「あ、そうだ。言ってなかったな―――ただいま」
「おかえり……本当に今更だな」
「まあ、挨拶がお互いのコミュニケーションの基本だって言うし、遅くてもちゃんとしないとね」
「そうか……」
「それが夫婦円満の秘訣だ」
「なっ!?」
「どうした?早く準備しろ。晩飯用意するぞ」
「……もう」
つかの間の安息。おそらく、また巻き込まれる。いや、玲羅を巻き込んでしまう。本来なら、家の問題は俺一人で片付けるべきなんだろうが、今回も……
まあ起こってしまったことを悔やんでも仕方がない。
今回のことで、俺に虫による洗脳が効かないことが分かった。それに、もう俺の名前は割れてしまったはずだ。もしかしたら、俺専用の対策を講じている可能性が―――ないな。あいつは俺を警戒するような奴じゃない。
強くもないくせに、異常に慢心する癖があるからな。
「翔一、肉焼けたぞ!」
「ん?玲羅が先に食べていいぞ」
「わ、私は翔一に食べてほしいんだ。私が焼いたんだ……」
「……わかった。じゃあ、玲羅もこっちの肉食べて」
「ああ」
そうして、俺と玲羅は二人で一緒に肉を食べた。
「おいしいな」
「ああ、すごくおいしい」
「寂しいな……」
「そうだな……」
「四人が正気に戻ったら、お祝いするか―――お祝いって何だろうな……」
「翔一、一人で完結するな……」
そう言って、段々と静かになっていく俺たち。ついには、箸を動かすだけでなにもしゃべらなくなってしまった。
いつもなら、こんなことないのだが、やはり彼女も両親すらもやられたいたことがショックだったのだろう。
だからかはわからないが、玲羅がある提案をしてきた。
「翔一……」
「ん?」
「……一緒に、お風呂に入らないか?」
「んん!?」
提案の内容はとんでもないものだった。
正直なところ、まったく予想してなかった。―――もっと、添い寝してくれとかそういう系のほうだと思ってた。まさかリアルにお互いの裸を見るようになるようなことを提案してくるとは思わなかった。
いや、さすがにそれはないだろ……
「水着―――着るよね?」
「は?お風呂に入るんだ。プールに入るんじゃないんだぞ?ちゃんと、お互いありのままの姿で入るんだ」
「顔、真っ赤だよ?」
「う、うるさい!お湯、張ってくるから心の準備をしておけ!」
「俺には玲羅にも必要な気がするんだけど?」
半分キレながら玲羅は浴室へと向かっていった。
(だ、大丈夫だよな?わ、私も大人なんだ。恋人に裸を見られるくらい……ええい!ままよ!)
俺は玲羅が心の中で叫び散らしていることを知る由もなかった。
次回、唐突のお風呂回!?