帰宅したいけどできない件について
スーパーに横たわる人たち全員に、睡眠薬を飲ませて知らない人たちはその場に放置した。
ここで買い物をしようと思っていたが、さすがに危険だな。
経口摂取で入ってくるのなら、おそらく一昨日の飯に混ざっていたのだろう。
それ以降は、俺が作ったからな。
玲羅の祖父母の家の食材は、玲羅に寄生させないように、事前には入っておらず、あとから早苗さんたちの料理に混入させたのだろう。
ただ、なぜ俺も狙わなかった?
俺がそれを疑問に思っていると、玲羅は俺の手を先ほどより強く握ってきた。
「翔一は、寄生されてないよな?」
「されてないから助けに来たんだけど?」
「そう、だよな……孝志―――あの男の話を聞く限り、翔一の口にも寄生虫を入れたことになるんだ……」
「うーん……そうなのか?」
「私を助けたのも、安心させるための、あの男が仕組んだ行動じゃないよな?」
不安に満ちていた。
すごく悲しそうな、裏切られたら立ち直れないとでも言いたい目をしている。
確かに寄生虫を食わされたかもしれないが、そういう打算的な行動をとったつもりはない。単純に玲羅の安否が気になったからすっ飛んできたのだが……
この状況だと、俺がなに言っても疑心暗鬼になるだろうな。
「孝志―――さっきの男?は玲羅のこと好きなんだよな?」
「そうらしい……」
「なら、俺が命令されて動いてるなら、こんなことはできないよな」
「なに言って……んむ!?」
俺はうつむいている彼女が顔をあげた瞬間に唇を奪った。
さらに追撃でぐちゃぐちゃに舌を絡める。
彼女も急にされたことで理解が追い付いていないが、なされるがまますべてを受け入れてくれた。
「ぷはぁ!……な、なにするんだ!」
「あの男が玲羅のことを好きなら、こんな行動を許すはずがないだろ?」
「そういうものか……」
「じゃあ、玲羅は俺が美織とキスしてたらどう思う?」
「い、嫌だ……すごく……」
「そういうことだよ。だから、安心しろ。俺は玲羅のすぐ近くにいる。どうしても苦しい。つらい。そういう状況になってもならなくても、俺に甘えてくれ。俺なら、玲羅にどんなことでもしてあげられる」
「ぐす……あ、ありがとう」
そうやってしばらく抱き合っていたのだが、スーパーのど真ん中。それも人が大勢倒れている中でやっているものだから、非常にシュールだった。
彼女には特に言わずに触れなかったけど……
その後、帰ろうという流れになったのだが、すごく困る展開が俺たちを待っていた。
「どうやって帰ろう……」
「そうだな、歩いて帰るにはな……」
このスーパーから家まで歩いてざっと2時間はかかる。
さすが田舎。車がなきゃ生活ができない。
だが、その肝心の車を運転できる人が寄生されている。
どうしようか……
「とりあえず、商品はなにも買わずに早苗さんと善利さんを後部座席に突っ込むだろ?」
「あとは、誰が運転するかだよなあ……」
「さすがに免許持ってないし……」
手段がなくなった俺たちは、苦肉の策に出た。
「まあ、ATだし、俺が運転するわ」
「え?だいじょうぶなのか?」
「ああ、まあ田舎だし巡回の警察も少ないでしょ。あとは交通ルールにのっとって……」
「大丈夫なのか?」
「なんとかなるさ。この状況はほかにどうしようもないだろ。なんなら二人をおんぶして何時間もかけて帰った上に、またこのスーパーに何時間もかけて戻ってくることになるぞ?」
「むぅ……私としては翔一に法に触れることをしてほしくはないのだが……」
「今更だろ」
「それはそうなんだけども……」
「迷っても仕方ない。ほら、玲羅は助手席に乗って。安全運転で行くよ」
「免許ない時点で危険運転な気がするが……」
「余計なことは言わない!出発進行!」
と、言うわけで、俺が運転をして家に向かっていった。
―――警察に見つかったら、美織に頼んでなかったことにしてもらおう。
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翔一の異様さに恐れをなした孝志は、ある邸宅の一室に飛び込んだ。
その一室の奥にはパソコンのキーボードを高速で連打している男がいた。
「おい!どういうことだ!」
「どうしたんだい?」
「あんたの渡した虫のことを知っている奴がいるぞ!」
「へぇ……僕の研究が漏れているのかな?裏切り者を殺さないといけないね」
「それに寄生されてるはずなのに、操れないやつがいた!」
「ん?そんなはずはない」
「だけど、いたんだよ!」
孝志の必死の訴えに、男は耳を貸す。さすがに自分の生み出したものが聞かない人間がいるとなれば話は別なのだろう。
そう、この男がこの田舎に寄生虫をばらまいた孝志に虫を与えた男なのだ。
その男は、孝志にいくつかの質問を投げた。
「その人間はなにかおかしなことは言っていなかったかい?」
「言って……なかったと思う。でも、大人数を相手にしても無傷で戻ってくるような奴だった」
「強靭な肉体に、驚異的な精神力を持っていれば虫の支配を逃れられるのか?―――いや、そんなものは島でのモルモットを使って改善された問題のはずだ……だが―――名前は聞いたか?」
「その―――確か、玲羅に翔一と呼ばれていました!」
「翔一……まさかな」
「翔一という男に覚えがあるんですか!」
「ないと言えば、嘘になる。だが、あいつは脅威ではあるが、警戒する必要はない」
そう言うと、男は再びパソコンに目線を落とした。
だが、あの男が脅威となりうる可能性を見てしまった孝志は食い下がった。
「ですが!あの男は今後、必ず障害になります!」
「なら、時が来た時に僕が始末する」
「ですが、あなたの言う翔一だったときはどうするんですか!」
「口を慎め。僕があんな出来損ないに負けるわけはないだろう?」
「なら、教えてください!翔一とは何者なんですか!」
孝志がそう言うと、男は少しずつしゃべり始めた。
「椎名翔一。幼少時代は、天才的なセンスと圧倒的な潜在能力でみんなに期待されていた、武術宗家側の人間だ」
「武術宗家というと、あなたの技術宗家と対をなす―――」
「そうだ。そして、その男は小さき頃に『武装』という不完全なものを生み出した。だが、家のものは新たな可能性とちやほやした。その期待をあの男は裏切るというのに」
「なにが……」
「あの男は家から逃げた。宗家の人間でありながら、野球に逃げ、その上それからも逃げた。たった一人女が死んだくらいで。あいつはゴミ一つに感情を揺るがせる、不完全な出来損ないだったんだよ」
「でも、強いのは確か……」
「あんな出来損ないは心の揺さぶりで簡単に技が鈍る。だから、警戒する必要はない。満に一つでも、お前の言う翔一という男が、僕の知る男であってもこちらには、あいつの心を壊す方法がある」
この時の男は知らなかった。
玲羅の持つ秘密。そして、その切り札がすべてを終わらせる究極のトリガーになってしまうことを。
そして、この男はとらわれてしまう。
届くはずのない真理に―――